~第13章 大切なこと~
私たちが席に戻ると、秋紀と彼の友人は、心配そうに話しかけた。
「夏緒里・・・大丈夫?」
「桐谷、何か・・・飲むか?」
そんなふたりに私たちは、デッキでの大まかな経緯を話した。
すると・・・
「はぁ・・・」
秋紀と彼の友人は、同時に大きなため息をつく。
「心配かけて、ごめんね」
私たちは、こちらも同時に謝った。
「ほんと!心配して損した!ふたりは結局最初からずっとラブラブなんだからさ~」
そう言うとニヤリと笑い、秋紀が冷やかす。
「そうそう、桐谷なんてほんと魂抜けてたもんな。夏緒里さん、まだまだ子どもな桐谷をどうぞ見捨てないでやってください」
彼の友人もまた、おどけてみせる。
そんなふたりに、私たちは顔を見合わせて笑った。
最後の晩餐になるはずが、思いがけず始まりの晩餐になった。
やっぱりこの店、良い思い出の場所。
「なぁ、桐谷」
「ん?なぁに?春樹」
1月も半ばを過ぎたある日。僕たちは、次の講義に向かっているところだ。
「桐谷・・・機嫌良すぎて、お前の取り巻きが退いてるぞ」
春樹は、周りを気にしながら歩く。
「そう?そんなに機嫌よく見える?」
僕は、そんな春樹に聞き返す。
「ああ。すごいニコニコ顔だよ・・・気持ち悪いぐらい」
そう言う春樹は呆れ顔でため息をつく。
「ねぇ、春樹」
「ん?何だ?正気に戻ったか?」
「僕、春樹が友達で良かった。本当にありがとう・・・大好きだよ・・・」
そう言って僕は、春樹をぎゅっと抱きしめた。
その瞬間、たちまち周りにいた女子たちのキャーという黄色い叫びが廊下中に響き渡る。
そして、石のように固まったまま動かない春樹。
「あれ?春樹?どうしたの?ちょっといたずらが過ぎたかな、ふふっ」
僕は、そんな春樹を見て可笑しくなって吹き出してしまう。
「桐谷・・・俺・・・」
と、春樹が何か呟いた。
「え?」
僕は、よく聞き取ろうと春樹に体を近づける。
「俺も・・・お前のこと・・・」
そう言うと、春樹はぐいっと僕を引き寄せ、そのまま力強く抱きしめた。
その瞬間、僕の体に悪寒が走る。
そして、再び聞こえる黄色い叫び。
先程の春樹同様、体が動かない僕に、春樹はニヤリと笑ってこう言った。
「仕返し!そらみろ、気持ち悪いだろ!?」
「うん・・・僕にそんな趣味はないよ、春樹ごめん・・・」
僕は、さらにいたずらっぽくそう言って泣き真似をした。
「いや、俺にもないから!紛らわしいこと言わないでくれる?」
春樹は、笑って答える。
最近僕は、珍しく心から笑えるようになってきた。
夏緒里さんと出会ってから、当たり前になっていて気づかなかった物事に色々と気づかされている。
そのひとつが、いつも僕を支えてくれる春樹。
春樹も僕とさほど環境は違わない。それなのにいつも前向きで、明るく生きている彼に、僕は尊敬の念すら抱いている。
だから、春樹には冗談でなく大切な存在だと伝えようとしているんだけど・・・なかなかうまくいかない。もちろん恋愛感情ではないが、僕にとってなくてはならない存在なのだ。
「ねぇ、春樹。」
僕は、ちゃんと伝えようと呼んでみる。
「ん?次は何だ?唇を奪うのだけはやめてくれよ」
春樹は、未だ警戒しているようで、いたずらっぽく笑う。
「春樹・・・僕は春樹のこと、冗談でなく本当に大切な存在だと思っているんだ。夏緒里さんに出会って、当たり前になっていたことに気づかされた。こんな僕をいつも支えてくれてありがとう」
また気持ち悪いと言われるかな・・・そう思い少し緊張していると、春樹は、ふいに僕の頭の上にに自分の手のひらをのせ、そのままポンポンと優しく撫でてくれた。
「そんなこと・・・言わなくてもわかってるよ。でも・・・ちゃんと自分の本当の気持ち、伝えられるようになったんだな」
そんな春樹の優しい言葉に僕は、嬉しくなってまた抱きついてしまった。
不意をつかれ再び固まる春樹。再び響く女子たちの叫び。
そんな何気ない日常も、何だか楽しい。




