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私に普通の恋愛を  作者: 月並 一葉
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~第10章 慈愛~

「葉月くん、なにやらイケメンの彼氏ができたと噂に聞いておるが・・・本当かね?」



「は・・・はい・・・」


「なに!噂は本当だったのか・・・私は悲しいぞ。最後にどうだ?私のここへ座らないかね?」


そう言って自分の膝を指差す社長。


社長室に呼ばれた私は、今日もこんなやり取りをする。


「・・・はい・・・」


もう疲れてしまったのか、ふられたからなのか、私は、そんな返事をした。



「今はい、と言ったかね!?やっと私の思いが伝わったようだな。では、座りたまえ」


嬉しそうな社長の言葉。それを邪魔するかのように、次々と社長室に入ってくる上司たち。


「なんと!葉月くん!社長ではなく、わしのところに来なさい!」


「社長、お言葉ですが、葉月くんは私のことを一番好いておるんです!」



私の目の前で、おじさま方の大乱闘が繰り広げられている。私が、どうすべきか迷っていると、急におじさま方に腕を引っ張られる。



「いたっ・・・」


その時、突然背後から、私は何者かに抱きしめられた。




「夏緒里さん・・・遅れてごめんなさい。僕は・・・今ここで誓う。僕と結婚してください」




えっ・・・!!!???





えぇっ!!!!????



私もおじさま方も突然現れた彼、桐谷冬真の台詞に唖然とする。


そんなことはお構いなしの彼は、正面から私の手を取ると、ひざまづきこう言った。





「僕の愛しい姫・・・愛しています」


そして、そのまま私の手の甲に口付けた。



「あ、あ、あ、あの、桐谷くん!!」



心臓が爆発しそうなくらい鼓動が速くなった私が、そう叫んだ瞬間、自身の体に突然ドシンと強い衝撃が走った。




え・・・???





私が受けた衝撃。それは、ベッドから落ちた衝撃であった。



「あ、あれ?夢?はぁ・・・なんだ夢かぁ・・・」



私は、ほっと胸をなで下ろす。



「夢かぁじゃなくて。そろそろ手離してくんない?」



その声に、私は驚き言われたままに手を離す。



「お姉ちゃん、もう、おせち、できてるよ。寝ぼけてないで早く起きて」


その聞き慣れた声に、私は初めてしっかりと顔を見た。


「あれ!?海紗都!!なんでここに!?」



「なんでって、さっき来たとこ。元旦はいつも家族みんなでおせち食べるの忘れたの?」




確かに・・・色々ありすぎて忘れてた・・・。



海紗都(みさとは、私のただひとりの妹。

早々と嫁いで、今は実家の近くに住んでいる。


そして今日は、年も変わり、1月1日。元旦の朝である。


あれから彼とは、未だに音信不通になったままだ。それで私は、毎年のことながら、実家に帰省している。



それにしても、新年早々変な夢見た・・・。

私は、着替えながら彼からのプロポーズシーンを思い出し、赤面した。



「愛しい姫・・・か・・・。絶対に、有り得ないな・・・」



そんなことを考えながら、私は家族の待つ居間へと向かった。





「明けましておめでとうございます!今年もよろしくね」



みんなでお屠蘇を飲み、母の作ったおせち料理を食べて、なんだか新しい気持ちで頑張ろうという気力が湧いてきた。


だいたい私が、あんな綺麗な年下の子に好かれるってのが何かの間違いだったのだと、今ではそう思える気がする。



そう、ひとりで思い巡らせていると、海紗都がこんなことを聞いてきた。


「で、桐谷くんって、誰?まさかお姉ちゃんの彼氏?」



その一言に、家族一同に一瞬沈黙が走る。




「か、彼氏!!!???夏緒里、本当なのか?どんな男だ?」


意外にも、そう一番に口を開いたのが父。

慌てた様子で私に迫る。


「もしかして、あの電車のイケメンかい!?」


そこに母がさらに駄目押し。


「なんだ!?母さん、知ってたのか!?」


「いえね、こないだうちに来た時、電車で寝過ごした夏緒里を起こしてくれた親切な人なんだって。しかも年下のイケメンだって話だよ」


「年下!?夏緒里、どうなんだ?」



私が説明する間もなく、両親の会話は進み、父はさらに白熱する。



「あ、あの・・・彼氏だったけど、もうふられたみたいだから、大丈夫だよ」


笑顔で私は、そう説明する。


と、なぜだか場の空気が一変する。



「あれ?どうしたのみんな?」


私は、みんなに問いかけた。



「夏緒里、そんな悲しい思いをしてたなんて、母さん知らなかったよ。ほら、夏緒里の好きな栗きんとん、まだ沢山あるから、たんとお食べ」



「お姉ちゃん、ひとりの男に固執してたら次は現れないよ。さっさと忘れて、次いこ、次!」



急に励まされる私。父に至っては、言葉を失ったようだ。


「大丈夫、大丈夫!私、もう吹っ切れてるんだから!きんとんも、おかわりどんどんするし」



私は、本当に吹っ切れたのか、もうちっとも悲しくはなかった。これが家族愛ってやつ?と、ひとり温かい気持ちで、久しぶりにゆっくりと家族団欒を楽しんだ。





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