俺の幼馴染がパンを咥えてあいさつしてきたから注意してあげたら通行人が轢かれていたと思ったら、別に俺に幼馴染はいなかった件
うーん、今日はいい朝だなあ。俺は、目を天井に固定したままそう決めつけた。
決めつけたとは言うが、別に根拠もなくそんな妄言を吐いているわけではない。カーテン越しに降り注ぐ日光の加減で予想はできるのだ。カーテンごしなので控えめな光だが、外に出ればきっとちょうどいい明るさで俺を出迎えてくれるんだろうな。今日は紛れもなくいい朝であ
「いつまでパン咥えてんだよー紗奈」
「ふぁいふぁあふぉっふぁいふぁいふぉー」
フォイ。急に光が弱くなった。きっとあの声のせいである。誰があの言葉を発したかなんて無粋な質問をするんじゃないぞ。無論、俺には朝から呼ぶ女はいないし、就寝前にパンを口に詰め込んで寝るような健康法は実践していない。
あれは俺の近所のリア充の声だ。
「朝から吐いてるとこなんて見せるなよ?」
「ほほうはえひあい」
「始業式しか無いのにそんなまとめて荷物を持ってくからだろ」
「あい」
「・・・・・・まあ、いつものことだしな。ほれ」
「あいあおー!」
「さっさとパンを外せよ」
あれだろ?どうせ『紗奈のパンは、彼女が塞いだ時はしおれ、開いたときは(開いた時とは一体なんなんだ)ピンとありえない角度で立っている、いわばバロメーターなのである』とか誰にともつかないナレーションしながら話してるんだろ?わかってるわかってる。
そういうもんなんだ。この世界は。
だから、俺がこれからいうこともわかってるだろ?モブのテンプレセリフだもんな。言うよ言うよ言っちゃうよ?あーでもどうしよっかなーせっかく言いたかっ
「葉くんありがとー!!」
「はいはい」
「リア充爆発しろ」
今日は午後から雨らしいことを、ニュースで知った。生きているのが辛くなった。
どうして人は、『イケメン』とか、『美人』とか、そういった概念を生み出してしまったんだろう。どう考えても生殖に不利だろ。効率悪いだろ。
「じゃあ何。自然淘汰の本能を突き詰めていったらそうなったの?遺伝子が命じてんの?俺は絶対的に劣勢なの?馬鹿なの?」
自転車をこぎながら、進化の原理に文句をつけていたら・・・・・・いても、当然誰も寄ってこない。ドン引きである。主人公でなければ往々にしてそんなものである。
そんなことを考えながら自転車をこぐ。太陽は、誰彼構わずその有り余ったエネルギーを振りまいている。耐えられない奴は死ね、と言わんばかりの熱量だが、リア充の発する特殊な放射能に比べればだいぶましである。
ここで第一関門。電車に乗ってきたらしい、大して縁もないような学生どもの荒波に揉まれる。うちの学校は、道も人間の器量も駅の通路も狭いくせに数だけは多い、何につけてもその法則が適用されるという悪魔の黄金率を誇る地域に存在する。道に関してはとくに、ただ狭いだけならいいのだが、無駄にカーブが多い上、交差点が『ずれて』いるせいで、死角のバーゲンセールとなっている。つまり、
「痛っ」
「ごっ、ごめん!」
「ちょーっと、気をつけてよね・・・・・はっ!!」
やだ、トム・クルーズ似のイケメン・・・・・・!なんてロマンスが起こりやすい
「あ、あのー・・・・・・本当にだいじょギエァアアアア
訳が無く、やっぱり事故が起こりやすい土地である。主人公だったら結ばれて即ハ○だったのにね。残念。そう思いながら自転車を飛ばす。ほかの連中も、事故など素知らぬ顔をして、むしろ事故で交差点が止まっている隙をついて渡ろうとする豪胆ぶり。その横顔に、憐憫など一切なし。もはや世紀末の行軍である。