セルフ・ネガティブキャンペーン
主人公は、あなたでもどなたでもないと思います。
「あなたの小説、無料のままでいいんですか」
はい、むしろお金を払いたいくらいです。
「そぉんなこといってると、本当に請求が来て凹んじゃいますよぉ」
「うるさいぞネガキャン」
そう言うと、やつは急に枕に顔をうずめてじたばたし始めた。作者とシンクロしているに違いない。編集をかまして「わざとミスらせましたよそうなんですよ」的なテイストにしてみたりしたのだろうが、腹水盆に帰らず。ざまあ見やがれ作者。
いや、その前に。
「枕どこからとってきた?」
「自前です」
「そうか。ここお店、お前店員、わかるかな?」
「?」
ボクナニモシラナイヨ的な面でわざわざクエスチョンマークを頭に浮かべるという、いかにもな彼女のツラを殴りたくなった。
「・・・・・・はぁ、どうせこんなとこに客など来るべくもないし、」
さらに言うなら、この文の、そんなところを気にする読者の方が、一体何人いるというのか、と聞かれると、
「いないと思いますぅ」
「うるさいぞネガキャン」
「うわああああ」
とまあこうなるわけだが。
「あああああすっきりしない!
きみ、言葉の使い方を間違っているぞ、なおしたまえよ。」
客が唐突に現れた。あまりのまぶしさに、急に太陽が顔を出したかのように見えた。しかし、やたら黒点が多いな。何かの前兆だろうか?
「なんですかぁこの禿げたおっさん
あぁ!レジ打ちですかぁ?おにぎり温めはよろしかったですかぁ??」
間髪いれず挑発をかます、こいつの姿勢やメンタリティはある意味賞賛に値する。ちなみにここは本屋である。
「あああああ!!
なにが「よろしかったですか?」だあ?敬語の使い方が間違ってるんだよ。なんで過去形入れてるんだよ。俺の髪の毛は、まだ過去形にはなってないんだからな!!絶対だからな!!
しかも改行時の句読点の故意的な欠落!わざとやったねきみ!」
ああ、大丈夫ですか。そんなに頭をお振りになられたら、数少ない同士がお散りになられてしまいますよ。
「君、それはどう言う意味だ?」
「おっさん、なんでかぎかっことじの前に句読点入れてんですかぁ?」
「これが、正しい文章の書き方だからだよ。最近の若いものは、例えばさっきみたいに、文法の間違いにも気づかずに平気で使っているんだよ。正しいものを知ろうともせずに、非行ばかり続ける。だから相手に正しい礼儀も使えない。これだから最近の若いものは困る。」
うわあ、とてもわかりやすい説明ありがとうございます。私生活でこれほど文語的に話す人間など、そうそう出会えるものではないので、とても貴重な体験です。
「おっさんが困ってどうすんですかぁ?日本は、もうおっさんみたいなオールドタイプのものじゃぁないんですよぉ?セマーい時代は終わって、たよーせいとじゅーなんせいを持って、変わっていくものなんですよぉ?」
「そうやって新しいものにばかり目を向ける。一つのものに一点してのめり込むことができないんだ。しないんではなく、できなくなっているんだろ。
移り気すぎるのが、現代人の悪い癖だな。飽きやすい。だからすぐに非行に走るんだ。」
うわあ、まずいな(棒読み)。このままではこの書店の売上にかかわってしまうぞ(棒読み)。ここは大人な対応を見せないとなあ(鼻ほじり)。
「おい、それ以上煽るなよ。おっさんにネガキャンされて店の売上落ちるだろ、今更遅い気もするけど(髪も店も)」
まあ言いふらされるのは決してネガティブでもなんでもなく、事実であるが。
「お前はお前で失礼なんだよ。大人の対応をしろよ!あと何どさくさに紛れておっさんと、」
「ぇえ~?でも、おっさんの頭はすご~くポジティブっぽく光ってますよお」
まあそれは決してポジティブでもなんでもなく、事実であるが。というかネガキャンがなんの略称かは知っていたのか。
「はいっ」
「はいはい」
なぜか満面の笑みをたたえている。
「おい・・・・・・」
俺と彼女の間に広がるフィールドに、太陽の光が差し込んだ。その太陽は、まるで猛暑日の陽炎のように揺らめいていた。
やばいな。遊びすぎたかもしれない。いやまあ、ネガキャンが煽った時点で何らかの致命的な不利益を被ることは承知していたし、毒を食らわば皿までという気持ちでやっていたから後悔は一切ないが。
「人が独身だからってイチャイチャやってんじゃないよ!!」
その言葉を聞いた瞬間、やった!そう思った。我が世の春ktkr!
つまり、アレだ。『イチャイチャやっているように見られる』ということは、つまり、『フラグが立っている』ということではないか。やっとハーレム系小説の道を歩み始めたのか・・・・・・いやこんなネガキャンとで本当にいいのか俺、いやいや選り好みしている暇はないんだ。いろいろ好き勝手やってたら、高校の女子(俺は高校生という設定だ)には引かれ気味なんだからここで安牌を踏んでおくほうがいい。幸いこいつは顔は可愛いし。いやいやいや、いざこういう時になってお高くとまってしまうのが俺の悪い癖だな。よし、ここは喜びを表現するためにいつもより描写を多くしてやろう。
ライトノベルとかにいる(いけ好かない)主人公の特徴をあげてみよう。
・たいてい鈍感。かつ高確率で難聴を起こしている。正直耳鼻科か脳外科か精神科に行けよと思う。
・かつ自分を普通だと思っている。もしくは平凡に生きたいと思っている。モナリザの手を見て勃起してしまった男もそんなことを考えていた気がする。
・さらには性欲が極端に薄い。別にすべての人間が性欲丸出しとは言わないが、何かを悟っているのか、修羅場でも体験してきて心が擦り切れたのか、それとも絶倫なのか、とにかく性欲に対する耐性が高い。
と、こんな感じである。(これを全て満たすのは悟りの境地に至るより難しい気がするが)つまり、このあと
『え?』
とでも返し、互いに顔を赤くしながら『そそそ、そんなんじゃないですから!!』『そうです~!!こんな(ry』的なやりとりを繰り返し、おっさんは絶望し、俺たちは青春の残滓を噛み締めながら、その甘ったるさに二人悶々とするのだろう。そしておっさんは苦し紛れに『硬派な愛がどうのこうの』というのだろう。ざまあ見や
「え、うわ、え~おえ」
彼女は、まるで「ゴキブリを常食としてるって本当ですか?」とアシダカグモに聞かれたような顔をして言った。それから彼女は、「いやー僕もなんですよ」と、アシダカグモに詰め寄られたような顔になって、それからアシダカグモに、「これから一緒に行きません?」と、前足を酒を煽るようにクイッとやられたような顔になって、アシダカグモとかアシダカグモとかなんだとかなんだ
「あの、やめてください、変なこと呟くの。全部聞こえてます」
え?
「ずっとナレーションでもしてたつもりだったんですか?筒抜けです。気持ち悪いです。本当に」
あ?
「いままで、こんな辺境の店を手伝ってくれる人がいなかったから、あなたに頼るしかなかったけど、最初は人付き合いとかわからなかったから、あなたの望む、きゃらくたー?でやってきたけど」
ど?
「もう、私には、あなたは必要ないんです。ていうか気持ち悪いです。いえ気持ち悪いです。やっぱり気持ち悪いです。
特に、さっきの・・・・・・おぇ、もう限界」
俺はドリンクを仕入れに行くとかわけのわからない事を言って、トイレに逃げ込んで、そして泣いた。ここは本屋だ。夕方だったが、周りが森だらけだったので日の光を感じることもなかった。虚しかった。あとゴキブリがいたが、ほうっておいた。むしろゴキブリがいないと、誰も来てくれないことや、慰めに来るどころか、寄ってさえ来てくれないもうひとりの店員の存在を考えてしまいそうだった。
「一応、幼馴染っていう設定じゃなかったっけかなー・・・・・・キャラも破綻してたよね。え、ご都合により削除?『彼女、本当は君のこと大っ嫌いなんだけど、ていうか、君にドン引きしてた女子の一人だったんだけど、その設定思いついたの最近だったから急にあんな態度になったんだよごめんごめん』って?
『いやでも、努力値って振った後に振った分だけ一気に来るよね』って?何を言ってるんだ?」
いや仕方ないじゃないか、誰も来ない店で、男女二人が共同作業。割と仲睦まじい。ほら、勘違いだって起こるさ。フラグ。フラグが、確かに見えていたはずだったのに。そう思ったとき、鏡が見えた。鏡に映った俺の顔が見えた。
『いや、イケメンだったら見えてたかもだけどね』
異世界からの電波を受信していた俺の肩に、手が置かれた。
「設定って、大事だと思わないか。」
「・・・・・・そうですね」
このおっさんは何を言っているんだ、とか、なんでトイレに入ってきてるんだとか、お前の日本語にうるさい設定生かせなくてごめんねとか、思うのも面倒くさかったので俺はそのままでいた。
刻の涙を見た気がした。
その後、なぜかおっさんはコンビニのネガキャンを行ったりせず、別段文句も言わなかったらしく、営業は平常通り(客があまりにも少ない状態で)進んだ。まあ辺境の常連らしい常連もいないしょぼい書店のことなど、ネガキャンされても「そもそも知らない」と言われる結果は見えているのである。あのおっさんをいじっておいて良かったなあと思った(無論、性的な意味ではない)。
あと、書店のバイトはやめた。彼女は、まるで目の前に現れたクモを偶然父親が踏み潰してしまった時のような、歓喜と嫌悪が入り混じった複雑な表情をしていた。