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反復練習

作者: 王蠱

「・・・っよしっ!」

これからの一世一代の大勝負を前に最後の活を入れなおし。俺はまっすぐに前を見据えた。

煌々と静かに燃える篝火の列が左右に並ぶ石段を登り切った場所、

神社の境内の最上部で俺は彼女を待っている。

この神社の祭りの夜だというのに人気(ひとけ)が全く無いのは

花火大会用の打ち上げ台が設置されているからで、目線を少しずらせば

下の方では賑やかなお囃子の音色や人々が動き回っている気配がありありと感じ取れた。

そんな中、なぜ俺という男はわざわざ立ち入り禁止になっているはずのこんなところに

彼女を呼びだしたか。そんな野暮(やぼ)な質問にはこう返させていただこう。


誰の邪魔も入らないこの場所で、ロマンチックに愛を告げたいのだと。


そう、俺はこれから一世一代の大プロポーズをする。

彼女にはただ『穴場スポットを見つけたからそこで一緒に花火を見よう』としか

伝えていないがあの可愛い天然のことだ。

本当にそれ以上深くこの状況の意味を考えたりはしないだろう。

そうやって素直に楽しんでいる彼女に一気にガツンと

「愛してる!結婚してくれ!」とこういくわけだ。

考えるだけで握った手の中に緊張の汗が滲んできているのが嫌というほど感じられる。

大丈夫だ、と俺は自分を励ます。そうだしっかりしろ俺。

何度も何度も、告白を決めた時からこの日の為にもう数えきれないほど

脳内シュミレーションという名の反復練習をしてきたじゃないか。

だから絶対大丈夫。あいつがどんなに愛らしい格好で来ようと、

どんなに抱きしめたくなるような甘い声で話しかけてこようと、

そしてなにより俺の告白にどう応えようとクールに乗り切れる自信がある!

(まぁダメだった場合のシュミレーションはしてないけど・・・

ってこんな弱気でどうするか!)

パン!と手で両の頬を打つ。と、それを合図にしたように


タッタッタッタッ・・・・・・


足音。シュミレーションしていた通り、軽く乾いたサンダルの音。

胸が高鳴る。意識がぐるぐると回る。

妄想という名の反復練習のおかげか、まるでこの時この瞬間を

もう何十回も体験したような錯覚に陥る。

そして


タンッ・・・


ひときわ大きい音。最後の石段を上がりきり、

俺に満面の笑みを向けてくれるあいつの姿を見た途端、

俺には世界のすべてが神々しい光に包まれたように見えた。




「今年も現れましたねぇ、彼と彼女」

「えぇ。もう今年で三十年目になりますか」

神社の境内の最上部、木陰の古ぼけたベンチに並んで腰かけ、

二人の老人はどこか寂しげに話していた。彼らの見ている視線の先、

石段の近くで一人の青年が先から誰かを待っているように

そわそわとした気配を醸して立っている。

隠れているわけでもない老人たちの存在に少しも気付いていないらしい彼の体は、

うっすらと透けていた。

「まさか遠隔操作式の花火が爆発するとは、しかも彼女がこの場に着いた途端にとは

彼も全く予想もしていなかったでしょうな」

「それももう毎年言っていますねぇ。えぇ。その事故のせいで彼と彼女は即死、

以来こうして毎年花火大会のあった日になると、自分が死んだことに気付かない二人は

約束通りここにこうして会いに来る、と」

「一種の地縛霊、いやもっと正確に言えば時空縛霊とでも言いましょうか。

この日この時この空間に囚われたあの二人は、何回も何十回も、

なにかのきっかけで死んだことを自覚できない限り永久に繰り返すのでしょう。

この終わりのないプロポーズを、それこそ反復練習のように」

その格好付けた台詞も毎年ですね。ともう一人の老人が笑った。

二人の耳に石段を登って来るサンダルの足音が聞こえてきたのは、ちょうどその時だった。


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