表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

二人で立つマウンド。

作者: 澤田しずく






人には、できることと、できないことがある。

人とは、生まれつきある程度のスペックが決まっていて、

向いていることと、向いていないことがあって、


大半のことは努力でカバーできたとしても、それでも、

どうあがいてもできないことがある。

必ず、ある。




それを悟ったのは、高校に入ってからだった。

少々、遅かった。


小学校から少年野球をしていた。

中学校でも、当然のように野球部に入った。

だから、高校でも野球部を選ぶのは当然の流れだった。

甲子園に行ったことは数えるほどしかないが、自宅から通えて、そこそこ野球部が強い、学力もそれなりの名門校。




スペックの違いに気付いたのは、高校1年の夏だった。


中学ではありえなかった厳しい上下関係。

圧倒的な実力の差。

朝も、晩も、暗くなっても、休日も返上して、

できない自分と向き合うという作業。



やってもやっても、追いつけない。

中学までの俺はなんだったんだろう、

あの自意識過剰な俺は、何様のつもりだったんだろう。


絶対的な実力の差を思い知ったから、

早々と野球部を辞めることにした。



おかげさまで放課後も土日もスケジュールはがら空きになった。

おかげさまで勉強に身が入ることとなった。進学校に入ってよかった。


なんたって俺は、県下でもトップの偏差値。

野球をやめたおかげなんだぞ。

野球をしていたら、勉強する時間なんてまともにとれないんだぞ。

だから俺は、後悔なんてしていない。






森本も、スペックの違いに気付いた奴の一人だった。

同じ中学から高校に来て、同じ中学の野球部から高校の野球部に来た、森本。

同じように、中学までと違う世界に打ちのめされた、森本。



だけど、俺と森本の違うところは、

諦めなかったところ、だ。


中学ではありえなかった厳しい上下関係にも耐え、

圧倒的な実力の差にひるみながらも、

ただひたすらに、朝も、晩も、暗くなっても、休日も返上して、

野球に打ち込んできた。






結果。

我が高校の野球部は、今夏の甲子園に出場することになった。

森本はチームを副キャプテンとして支える。もちろん、レギュラー。



甲子園出場が決まってからというものの、テレビ局だの地元の新聞だの近隣高校の女子だのが押し寄せているが、

受験を前にした高校生にとっては自習の邪魔だ。

いい加減にしてくれ、と怒鳴りに行きたくなる。




問題集が一向に進まないまま、終業のチャイムが鳴った。

参考書を片付けて、自習室をあとにする。



下駄箱のはるか上には、「甲子園出場おめでとう」の垂れ幕が下がっている。

首のストレッチになるとしても、見上げる気になれない。

正門を出て、左に曲がり、グラウンドを横目に家路に急ぐ。



野球部に未練はない。

甲子園に行こうが何をしようが勝手にしてくれ。

俺はもう、関係ないんだ。

家に帰って勉強するんだ、

高校3年生は、受験生なんだぞ。人生が変わるんだぞ。






「高木!」

塀をはさんでグラウンドの向こうを歩いていたのに。

どうしてあいつに見つかってしまうんだ。

今いちばん、会いたくないのに。



「…森本」




「高木、観にこいよ、甲子園」


森本がにらんでいた。

塀の向こうで、仁王立ちしていた。



夕日をバックにするな、後光が見えるだろうが。

いまどき坊主頭の高校生はモテないぞ。

なんて冗談を言えるような表情ではなかった。


「俺、遊んでる暇ないから。来週また模試あるし、忙し…」

「勉強に逃げるな。来いよ。

甲子園に行こうって誘ってくれたの、お前だろ」



ずきんと、心臓に突き刺さる。


高校でも一緒に野球をしようって、

一緒に甲子園に行こうって、誘ったのは、

馬鹿で身の程知らずで、チキンな俺だ。

バッテリーを組んでいた森本に、一緒に甲子園に行こうと言っておいて、

逃げ出した投手は、この俺だ。




「辞めたお前もしんどかったんだろうけど、俺だって苦しかった。

お前と野球がしたかったから。

俺、本当は、高校では部活せずに勉強しろって、親に言われてたんだ。


だけど親の反対を押し切って、野球部に入ったのは、

お前が誘ってくれたからなんだからな」


森本はどこか涙声だった。

嬉しいだけだろう?

甲子園に行けるから、有名になって、うれし泣きしたいだけだろう?

途中で挫折した俺を蔑み、きれいごとを言って、

俺にも泣いてくれと、そう言いたいんだろう?


「俺、もう野球は辞めたから。

続けた森本は偉いよ、甲子園出場おめでとう」

はき捨ててしまった。



「俺…、お前とバッテリー組んで、甲子園に行きたかった。

俺とお前は、ふたり一緒にマウンドに立つんだからな」



それは、中学のとき、野球を辞めたいと言い出した森本に、俺が言ったことば。

そっくり、そのまま。

同じことを言ったのは、5年前。

この高校が、甲子園に初出場した年だった。




「…ああ」



俺は家路に急ぐ。

角を曲がったところで、参考書でいっぱいのカバンを探り、プリントを引っ張り出す。

雨天順延にならなければ、初戦は模試の翌日。

行ける。




夕焼け空を見上げながら、ちょっとだけ涙がにじんだ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ