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五話 血潮と棍棒と電撃と

この話に限り、残酷な表現が含まれます。

苦手な方はおもどりくだされ。

「ううっ。ケツ痛ぇ……」


 城門を出た俺達は、さらわれた市を追って東へと向かっていた。もちろん馬で。


 出発の準備をしていた際、信長が俺のために馬を用意してくれた。最初は乗ったがことないから無理だと断ろうかと思った。しかし、連れてこられたそいつは背が低くて、小さく、ずんぐりとしていた。少し大き目のポニーという感じだ。つぶらな瞳がなんとも可愛らしい。


 信長に、「子供用か?」と眉をしかめながら尋ねたら、「馬鹿をいえ、自慢の名馬の一つぞ!お主が大きすぎるだけじゃ」と不機嫌そうに怒鳴られた。

 

 俺の身長は普通より少し高いかな?くらいのものだが、この時代は背の低い人が多いようで、俺がよほど大きく見えるらしい。

 なるほど、次々と城門の前に集まる人たちの馬を見るに、どれも小柄で、むしろこいつが大きく思えたくらいだった。

 そういえば城に来る時にも藤吉郎たちが馬を引いていたが、あれはもっと小さかったかもしれない。あのときはその存在自体に驚いてしまって、良く見ていなかったが。

 俺は、これなら乗れるわ。と借りることにしたのだ。


 馬取りと呼ばれるおじさんが、乗り方、曲がり方、止まり方を早口で教えてくれた。実際にやってみると想像以上に簡単で、思うように走ってくれたのはいいが、これほど上下に激しく動かれては尻がもたない。


 舗装されている街道は道幅が狭く、隣を走る信長の馬と何度かぶつかりそうになった。

 この愛らしい名馬は、見た目からは想像がつかないほど速く、俺と信長だけが軍団から頭一つだけ飛び出した形になっている。


「それにしても信長さん、これだけの人数で大丈夫ですかね」


 集まったのは槍や刀を持った男が三十名と、鉄砲を背負った男が五名ほどだった。


「兵は少ない方が速い。それに市が人質になっておる。奇襲をかけるにも大勢で行って感づかれては厄介じゃ」


「なるほど、ごもっともです」


「こちらは織田軍の精鋭ぞ。盗賊風情にこの数は多すぎるくらいじゃろう」


 自信たっぷりに馬上で鼻をふっと鳴らしていたが、これはたぶん俺を安心させようと思い、あえて付け加えたのだろう。


 月明かりの中をしばらく無言で走る。




 一時間ほど経っただろうか。街道が少し開けてくると、長い下り坂の先に明かりがポツポツと見え始めた。


「あれは?」


「この街道の宿場町じゃ。しかし、この夜更けにあれだけの火が見えるとは奇怪きっかいな」


 信長が馬を止めて手を上げると、全軍が静かに停止した。

皆馬を降りて、街道脇の林の木にそれを繋ぎ、町の入り口付近の藪に息を潜めた。


 しばらく様子を見ていると、町の中から小さな子供を片手に抱えた女性が着物の乱れもそのままに、真っ青な顔をして走ってきた。

 信長は女性の手を藪の中から掴み、無理矢理に引きいれて抱き込むと、すぐに両手で親子の口元を塞いだ。驚いた女性が声にならない声を上げる。


われは清州城が主、織田上総助信長である!」


 クワッ!と表情を作って大声で自己紹介をしやがった。家臣たちが揃ってしーっと指を立てる。もちろん俺もだ。すまんすまんと苦笑した後で、親子に小声で囁く。


「町で何があった、申せ」


 信長がそっと手を離すと、親子は正面に向き直って膝をつき、涙ながらに訴えた。


「賊が、賊が町を襲ったのです!男どもを殺めて宿を乗っ取り、女達を囲って宴をしております。私共は命からがら逃げ延びましたが、中にはまだ大勢……」

 

「……酷い事を。はっ、まさか、信長さん!」


「間違いなかろう。市をさらった連中じゃ。おい、奴らは変わった着物を着た女子おなごを連れておらなんだか」


「存じませぬ、兎にも角にも飛び出して来ました故」


 震えた声、地面に落した視線は焦点が合っていない。よほどの地獄を見たのだろう。まだ歯も生え揃っていない小さな男の子が、地についた母親の手の甲を何度も撫でていた。


「そうか、憂き目に会うたな。後はわれに任せよ」


 優しげな目でそう言い、家臣の一人に親子を守るようにと命じて下がらせた。

 町の方向へ向き直った信長の横顔は静かに熱を放っていた。




 それからすぐのことだった。えらく慌てた様子で、刀を片手に持った男が二人、町の入り口の方へと走って来た。


「くそ、どこにいきやがった!」


「外に知られたら厄介な事になる。探せ!」


 さっきの親子を探しているのか。ごくりと俺が喉をならす一方で、


「これはいい」


信長がニヤリと微笑む。


饗談きょうだん共、おるか」


 信長が小さく呟くと、後方の林の闇の中からひと組の男女が姿を現し、膝をついた。二人とも鎧などは身につけておらず、深い紺色の着物と袴に、脇差一本だけを差していた。

こんな人たち軍団の中にいたっけ……もしかして、アレか!?


「捕らえよ」


 信長が命じた次の瞬間には既に二人の姿は無かった。

 街道をきょろきょろと見回していた男二人が声を上げる暇もなく地面に突き伏せられる。


 に、忍者だこれー!不覚にも生忍者を目の当たりにして心が躍ってしまう。

 うつぶせになった男達の片腕を締め上げ、短刀を首に当てがって体を起させながら、押し殺した声で脅しをかける。


「鳴かば首が飛ぶ」


 男達の表情が固まり、そのままこちらの藪の中へ連行されてきた。信長が二人の前に立ち、息を大きく吸い込む。


われが織田……」


「それはもういいです」


 すかさず俺が口をはさむ。今度はやらせなかった。信長は不満げな顔をしてぷいっとそっぽを向いてしまった。代わりに俺が尋ねる。


「市をさらったのはあんたたちか?」


 男達は引きつった表情で首を縦に振った。「市」と名前を出してすぐに理解したところをみると、信長の妹だと知った上でさらったのだろう。


「いま市はどこにいるんだ」


「い、一番奥の大きな屋敷だ。頭領と一緒にいる」


「無事だろうな?」


「わ、わからねぇ。頭領は女癖が悪いからな、はは」


 何が可笑しいのか。こんな連中の中に市が一人でいると思うと気が気では無い。


「信長さん、急いだ方がいいらしい」


「うむ、居場所も知れた。まずは馬の所へいくぞ」


 そう言って歩き出した信長の後ろから、盗賊の喉笛に短刀を構えたままの忍者達が声をかける。


「この者共は如何なさいますか」


「殺せ」


 信長が凍りつくような目で、そう言い放った瞬間、生温かい、どろっとした感触が俺の頬を襲った。

 草の茂る地面に顔を埋めてピクリともしない二人の体を、忍者達がずるずると運んで、どこかへ連れ去った。

 心臓の音が速くなり、息をするのも忘れた。

 下半身が丸ごとどこかに行ってしまったような感覚に襲われ、意思とは無関係に崩れ落ちた。


「何も、殺さなくても」

 

 蒼白の顔で信長の背中を見つめる。


「うぬはあの下衆共が憎くはなかったのか」


「……憎かったさ。殺したいくらいに。でも!」


「奴らは藤吉郎の体を斬り刻み、市を(さら)い、町の男を殺め、女を襲い、先程の女房と子供の口さえも封じようと刀を抜いておった。奴らを生かす道理がどこにあろうか」


 返す言葉が無かった。信長は俺に失望した様子で再び背を向ける。

 そうか、ここは戦国時代なんだな。俺がそれを実感したのはこの時が最初だった。





 馬に乗るために坂道を登り、街道へと一旦戻ってきた。


「よいか、半数はわれに続け。一番奥の屋敷まで一息に突破する。残った者は各宿の中に入り女こどもを助け出せ。邪魔する者があれば斬り捨てよ」


 気迫を込めた声で兵士たちにげきを飛ばす。

 いざ、という時になってから俺が手を挙げた。挙げてしまった。


「ええい、なんじゃ!臆したか」


「はは、そうかもしれません。……信長さん、ひとつだけ頼みがあります。敵を殺さずに済みそうなときはなるべくそうしてくれませんか」


「はは、この期に及んで戯言を申すな!」


 ですよね~。

 案の定、顔は笑っていても目が笑ってない。

 だが俺にも思うところが有る。


「例えば、相手が武器を失って丸腰になった時や降参した時だけでもいい。お願いです」


「くどい!」


 馬に乗った信長が、手にした長槍の先端を俺の鼻先に向ける。

 というか当たってない?これ。


「市の命がかかっておる。それ以上言おうものなら、うぬとて容赦はできぬぞ」


 松明の火が写り込んだ瞳は赤く燃えている様に見える。本気、なんだろうな。

 俺は鼻先の槍の柄を掴んで自分の首元に持っていき、放した。


「やればいいさ。けど、市の目の前では人を殺して欲しくない。あいつはたぶん悲しむ。命を奪われた奴のことを、奪った奴のことを」


 信長が少し力を入れるだけで俺はさっきの男達と同じ様に地面に横たわることになるだろう。

 手が震えてる、偉そうなこと言っておいて、かっこわりぃ。


 信長が槍を振り上げる。俺は覚悟を決めて目を閉じた。


 バキィ!!


 音を立てて何かが地面で弾け飛んだ。びくびくしながらそっと目を開ける。


「ふむ、なかなかよい」


 先端が折れてもはやただの棍棒になってしまった槍を何度か上下に振りまわすと、そう呟いた。


「おい、われは今より、この棒きれで賊共を蹴散らしてみせようぞ!」


 信長がそう叫ぶと、家臣たちも次々に真似をして矛先をへし折り、「おっしゃる通り、棒きれで十分ですな」と軽やかに振り回して見せた。

 刀を持つ者は、「では拙者は峰打みねうちで!」「なんの、わしなんぞさやで!」などと張り合っていた。

 その様子があまりにも可笑しかったのと、急に緊張がとけたのとで俺が笑いだすと、信長は不機嫌そうな顔を取りつくろって、


「勘違いするでない。これで我が武勇もより一層広まると思いついただけじゃ。それにうぬを殺さば市がなおの事悲しむであろう」


 と横顔のまま呟いた。

 男のツンデレなんて見たくない。けど、ありがとう。

 そんな気持ちで笑顔を向けていると、ちらっとこっちを見てからさらに眉をしかめた。




「ところで、うぬはどうする。われについてくるか」


「もちろん、俺も市の奪還部隊に入りますよ」


「何を持って戦う」


「ご心配なく、これがあります」


 そういって肩にかけた筒状の黒いバッグから金属バットを取り出すと、それを片手にひょいっと馬にまたがった。


「ファッハハハ、それはさぞ痛いであろうなぁ」


 信長は、馬上でおでこを押さえながら盛大に笑っていた。


 そんな馬鹿騒ぎをしているうちに、盗賊達が何事かと武器を手に町の入り口付近まで集まってきていると、忍者の男が囁いた。信長は松明の明かりを消すように指示をすると、


「これはまた都合が良い。大勢出てきてくれたぞ」


 と膝を叩いた。盗賊達の姿は入り口の篝火のおかげでぼんやりとだが見えた。やつらは右往左往するばかりで、俺達の位置は分かっていない様子だった。

 忍者の男が言うには十五名いるらしい。この遠目から良く数まで分かるものだ。


「しかし奇襲をかけるにはちと遠いのぅ。馬蹄ばていの音に驚き、再び屋敷内に籠られると厄介じゃ」

 

一人も逃がすことなくここで片づけるのが理想的と信長は判断し、誰かが囮として奴らをもう少しこちら側に誘い込むように指示すると、家臣たちが我こそはとこぞった。

 もちろん危険な役である。追いつかれれば後ろから真っ先に刺される。この人たちの勇気には感動させられたが、俺は反対だった。

 何かいい作戦はないものか。頭をひねって、ふと思いついた。


「叫べばいいんじゃないかな。さっきの男達のふりをして」


 俺が一通り説明しおわると、全員がこちらを指さして「それだ!」と目を丸くした。




 準備が整うと街道脇の林の中に潜んだ忍者の男が、手はず通り声を上げる。


「女こどもが逃げたぞー!」


 続けて反対側の林の中から信長が叫ぶ。こういう芸は得意だと自ら嬉々として買って出たのだ。


「探せー!外に知られるぞ!」


 いいね。鬼気迫る感じがする。目論見もくろみの通り、目下の盗賊たちが慌てて林の中に入る。

 忍者の男と信長がすばやく街道上にもどってくると、


 最後に忍者の女がこの芝居を締めくくる。


「あーれー、ご勘弁をー。恐ろしいから街道を逃げまするー!」


 ひどい大根が混じっていた。忍者ってこの手のだましはお手の物じゃないのか。


「台無し……ですね」


「台無しじゃな」


「台無しですな」


 皆が口々にそういうと忍者の女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。忍者の男に至っては、

饗談きょうだんとしてどうなの」と相棒を冷ややかに批判した。

 

 しかし、意外なことに盗賊達は目下の街道上にばらばらと集まってきた。


「まさか、かかりおったのか。酷いうつけ共じゃな……。まあ良い!」


 あきれながらも信長が合図をすると馬に乗った奪還部隊が、一気に坂を駆け下りる。


「桶狭間を思い出すのう!」


 先頭を走る信長が、後続にそう叫ぶ。家臣たちは真剣な表情ながらも、愉しそうに、


「おおお!」


 と声を上げた。

 やっと気がついた盗賊達が慌てて身構えるが、奪還部隊はこれを飛び越したあとでひるがえり、馬を降りて、盗賊達に飛びかかる。ほどなくしてもう半分の部隊が坂の上から到着し、挟撃ちにした。


 粗方あらかた蹴散らすと、奪還部隊は再び馬に乗り、後を任せて町の入り口へと向かった。


 町に入ると、通りに四、五人の盗賊が、留守を預かって見張りをしていたようだったが、信長は馬上から棍棒を振り回してそれをなぎ倒すと、一度も止まる事無く駆け抜けていく。

 町中を走る間、いくつもの亡骸が横たわっていた。恐らく殺された町の男達だろう。俺はぐっと前を向きなおすと、信長の後を必死で追った。


 見えた。恐らくあれだろう。防護柵に囲まれたひときわ大きな屋敷。俺達はそこで馬を乗り捨てると、武器を構えた。

 

 二十人程がその屋敷から槍や刀を手にぞろぞろと出てきた。他の建物からもまだ出てきやがる。総勢で四十人はいるだろうか。いままでに倒した数も含めると、藤吉郎の予想より多い。

一方こちらは半数を町人の救出にあたらせているため、二十名に届かない程度しかいない。すっかり囲まれてしまった。

 屋敷から最後になたの様な刃物を持った大男がでてくると、


「兄上ー! せーいちぃ! 兄上ー! せーいちぃ!」


 その男の脇に抱えられた市が何度も叫んだ。体は縄で縛られていた。

 男は「黙れ!」と恫喝どうかつすると、市の髪の毛を無理矢理に引っ張り上げながら、喉元に鉈の刃をあてた。蝶々のバレッタが音を立てて地面におちる。


「あぅ、ああっ……!」


 市が声にならない悲鳴を上げる。

 この野郎……!


「兄上ってことはあんた、織田信長か……!?」


「いかにも、われが織田上総助信長である!!」


 ビリビリと空気を揺らす声。相当怒ってるのが自己紹介から伝わってくる。盗賊達は思わず耳を塞いだ。


「な、なんでこんなに早く織田軍が……おい!あの糸目の男は確かにったんだろうな!」


 大男が手下を怒鳴りつける。


「た、確かに体中を槍で突いて藪に放り込みましたぜ!間違いねぇ!」


「どうなってやがる……」


 糸目の男とは藤吉郎の事か?

 あの人、腕は大怪我をしていたが、その他の所はそんなに傷ついてなかったはずだぞ。誰か他の奴のことをいっているのだろうか。


「へへっ、けど運がいい。たったこれだけの数で乗り込んでくるなんてよぅ。姫さんより、こいつの首の方が高く売れるぜぇ」


「ほぅ。われの首を欲するか。ならばかかってくるが良い。うぬの相手は戦国そのものぞ」


 鋭い眼光に盗賊達が一瞬ひるむ。


「や、やっちまえ!」


 月並みな掛け声とともに、一斉に襲いかかってくる。

 信長は棍棒を軽快に頭上で回すと、構えなおして敵陣の中へ走り込んでいった。忍者の人たちがそれに続く。

 家臣たちは俺を取り囲むようにして陣を構えた。円の中心で困惑しながらバットを構えている俺に、


「あなたを死なせては。殿と姫に叱られる」

 

 そういってニコッと笑うと、盗賊が突き出した槍を「おっと」とかわしながら、さやで頭をゴツンと叩いて簡単に悶絶させてしまった。

 

 信長の言っていた、「精鋭」という言葉はまさにその通りだった。盗賊達とは鍛え方や戦闘経験に大きく差があるのがよくわかる。


 信長のいる方からは盗賊の悲鳴だけがよく聞こえてきた。

 わあっと奴らの体が吹き飛ぶ様子は、まるでカンフー映画のようで、苦笑いをしてしまった。


 とはいえ、相手は数で勝る上に、こちらは俺の申し出のせいで武器が武器のていを成していない。盗賊達は起き上がっては再び襲いかかってくる。

 家臣達にも疲労の色が見え始めた。


「俺もやりますよ」


 陣を割って、前に進み出る。皆は止めたが、


「大丈夫です。濃姫からもらったお守りもありますから」


 と笑ってみせると、やれやれといった顔をこちらに向けた。


 早速、刀を持った男が斬りかかってくる。なるほど大振りだ。

 ふっ、これなら!


 ガキィイイ


 なんとか受け止められるぅ!ひー、心臓止まる!

 

 背筋のぞくぞくするような金属音を立てながら、ぎりぎりと刀を押しこんでくる。

 体がくの字に曲がりそうになる。


「さっそく使わせてもらうぜぃ、濃姫さん」


 腰のベルトにひっかけていたお守りを素早く取り出し、金属バットの側面に当てる。

 バリバリという音がすると、盗賊が刀を地面に落として、自分の両手をまじまじと見つめていた。


 隙だらけだった。

 今度はお守りを直接相手の体に押し当てた。盗賊は短く鳴くと、地面につっぷしてしまった。


「お守りの効果は抜群でしたよ」


 そう言って濃姫に感謝しながら、左手のスタンガンを眺めた。

 

 出発の前に、濃姫のところへバットを借りにいったときに、「父がくれたお守りだ」といってホルダーごと渡してくれたものだ。

 濃姫自身は使い方がよくわからず、というか、お守りを開封してはいけないものだと思い、ホルダーに入れたままずっとしまっていたようで電池が切れかけていたが、替えの電池はダンボールの中に大量にあった。

 電池と一緒に入っていた布テープをみて閃いた。布テープをバットのグリップ部分に巻きつけて絶縁ぜつえんし、即席のスタンロッドを作ったわけだ。

 その他にも催涙スプレーや防犯ブザーなどが一緒に入っていた。こんな時代だ、道三さんはよほど娘が心配だったのだろう。

 もっとも、それらを必要としないほど強靭にお育ちになられたご様子だったけど。


 今度は催涙スプレーをポケットから取り出して、振り巻きながら走り、たまらず顔を押さえた盗賊達に次々と電撃を叩きこんでいった。


 家臣達が、「妖術を使いなさるか!」といいながら目をキラキラとさせていたのが可笑しかった。


 こっちが大体片付いたので、家臣達と一緒に信長の応援に回る。

 信長達も流石に息を切らせており、髪がほどけ、その黒い甲冑かっちゅうはすでにボロボロになっていた。

 それでいて、なおもギラギラとした瞳で頭領をにらむその姿は、鬼神のようだった。


「うぬだけは容赦せぬ……」


 信長は肩で息をしながら、じりじりと頭領に詰め寄ると、尚更に睨みつける。


「お、おい、何してる、かかれ!ここで仕留めねぇと、俺達の命はねえぞ!」

 

 頭領が手下たちをけしかける。


「やめておくれ、後生ごしょうじゃ、兄上達に酷いことをせんでくれ! ……あうっ!」


 頭領は泣き叫ぶ市の頬を力いっぱい叩くと、肩に担ぎあげて街道の奥へと連れ去ってしまった。


 俺達の前にまだ無傷の手下達が十数名、立ちはだかる。


「どけい!どかぬか!」


 信長が力を振り絞って棍棒を振り回す。俺達も奮闘するが、流石に体の動きが鈍い。このままでは頭領に逃げ切られてしまう。


 信長が膝をついて崩れた。「もらった!」と盗賊の一人がその首に刀を振り下ろそうとした。

 間に合わない、誰もがそう思った時だった。


「うあああああ」


 盗賊が何物かに押し倒されて地面でもがいていた。


「シロ!」


 思わず叫ぶ。シロはその男から飛び退くと、前足を開いて雄々しく立ち、鼻先を月に向けて吠えた。

 

 間もなくして他の盗賊達も悲鳴を上げることになった。どこからともなく飛び出してきたのは狼の群れだった。たぶんあのとき山でシロにやられた連中だろう。あそこからシロと一緒にひた走ってきたのか。

 放置されていた馬たちが怯えて暴れ始め、わけがわからなくなっている。

  

 シロは俺の所にきてふふんと鼻を鳴らした。

 いつもおいしいところを持っていくなお前は、と頭を撫でると、くすぐったそうにまばたきをしてたが、何かに気づき走り出すと、屋敷の前で止まって俺を呼んだ。

 市のバレッタだった。俺がそれを拾い上げると、シロは猛然と町の出口へと駆けて行った。


「ふふ、犬ごときに助けられるとはな」


 なんとか立ちあがった信長は足を引きずりながら自分の馬の所へ行き、なだめた。


 別働隊が町人の救助を終え、援軍として参上したことで形勢は完全に逆転した。信長は馬にまたがると、家臣にこの場の収拾を任せて走り出した。


 町の出口付近で隣に俺が並ぶと、信長は「急ぐぞ」とだけいって鞭を入れた。

 

 走り出す。


 わずかに残った温もりを手の中に感じながら。

初めてお気に入りいただきました。狂喜乱舞しております。


忍者は国によって呼び方が色々と違ったようですね。「饗談」は、信長のつくった忍者チームのことらしいです。勉強になりました。


馬の背丈は悩みましたが、歴史に忠実な方向でいきました。

だってポニー可愛いですよね。


忍者さん達に名前を付けるか悩んでます。

当時の忍者って意外と普通の名前だったのかな。半蔵とか、小太郎みたいに。

悩みます。

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