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二話 カキツバタとビーチサンダルと咆哮と

「こっちじゃ、はよう、はよういこう」


「おーい、そんなに走ったら転んじまうぞ」


 本当は、今にもこの小高い丘から転げ落ちそうなのは俺の方なのだが。

 いや、小高いという表現は訂正しよう。丘というよりも山に近い。

 道らしいものはあったが、それは余りにも粗末なもので、進むたびに左右から草木がちょっかいを出してくる。


 あいつ、よくあんなビーチサンダルで歩けるもんだな。

 歩きやすいようにと履かせたスニーカーはなんとも落ち着かない様子だったので、下駄箱を開いて好きなのを選ばせたのだが……。


「この辺りじゃ~!」


 随分小さくなってしまった少女の大きな声が届いてきた。

 俺は蚊の鳴くような声で返事をして、重々しく歩き始めた。



「前に来たときは日が暮れておったからよく見えなかったのじゃが」


「へー、これはすごいな」


 たどり着いた先にあったのは一面の緑。

 いや、ずっと緑ばかりだったんだが、頂上付近と思われるこの辺りだけ、紫色の小さなつぼみをつけた何かしらの花がひしめき合っている。


 壮大な光景に目を奪われている間に、少女は嬉々として花園の中へと駆けていった。


「あはっ、うふふ~」


その後ろ姿には、スローモーションとキラキラのエフェクトがかかっているような気さえした。


 直後。


「へぶっ!」


「おい、どうした!?」


 少女の姿が消えた場所へ慌てて駆け寄る。


「へぶしっ!」


 何かに足を取られて、漏れなく顔からダイブしてしまった。

 困惑しながら立ち上がると、頭からつま先まで水が滴っていた。


「ぺっ、ぺっ。なんだってんだこりゃあ……」


 ところ狭しと立ち並ぶ草花が覆い隠していたのは、浅く広大な湿地。

 地面だと思って踏みしめたのは、水面だったようだ。


 やっと起き上がり始めた少女の肩を支える。


「ぶわっ!……しゅ、しゅまない、着物を濡らしてしまった」


 口に入ってしまった水を吐き出しながら少女が言う。


「いいから、取り合えず上がるぞ」




 どうにか湿地から抜け出した後、少女は訝しげな目で花のつぼみを睨んでいた。


「これは……。カキツバタじゃな。こやつらは水底に根を張るからのぅ」


「あの、いずれがアヤメかカキツバタ~ってやつか。見分けがつくのか?」


「アヤメは乾いた土を好むのじゃ」


「へー。お前意外と物知りなんだな。」


 世間知らずの癖に、と付け足すのはやめておいた。


「ふふーん。カキツバタはそこにおるから、ア……アヤメは私かの」


 慎ましやかな胸を得意げに張り出している。が、言葉の最後はえらく小さな声だった。

 恥ずかしいなら言わなくてもいいのに。


「そんなびしょびしょじゃあカキツバタと間違われるぞ。アヤメさん」


「へくちっ。そうじゃな、どこかで乾かすとしよう」


 一旦帰ったほうが良くないかと提案しかけたが、この丘を再び登るのは不可能だと、膝が苦笑いをしていた。




 映画ならここで山小屋の登場がお約束だが、生憎それらしいものは見当たらなかったので、自分の上着とシャツを絞って木の枝に引っ掛けておいた。

 幸いにも湿地はとても澄んでいたから、泥などはほとんど付いていなかった。それに、日が暮れ始めているが、天候に恵まれたおかげで今日はまだ暖かい。


 心地の良い風が体を撫でていく。

 何より、大自然の中で上半身裸というのは想像以上に気持ちが良い。

 全部脱いだらどれほど清清しいのだろうか。


 対して少女は上着すら脱がずに、半裸の俺に背を向けてスカートを穿いたままの状態で絞っていた。


「脱いでから絞ったほうが早いんじゃないか?」


「う、うるさい。お主はちと無節操すぎる」


「あ、そうか。洋服は慣れてないんだっけ。なんだったら脱ぐの手伝おうか?」


「二度も脱がされてたまるものかっ!」


 勢いよく振り返った少女は、まるで見てはいけないものでも見てしまったかのように、慌てて向きなおした。


「なあ、シロを見失ったのってこの辺なんだよな?」


「うむ。草鞋わらじの鼻緒が切れた拍子に転んでしまっての。そのまま脱ぎ捨てて追いかけたのじゃが……」


草鞋わらじってお前、今時どこに売ってるんだよそんなもん」


 思わず失笑してしまった。


「んー?どこにでも売っておるではないか」


 平然と答えながらブラウスにふーふーと息を吹きかけている。


「むしろこのびーちさんだるというやつが買える場所を教えて欲しい。頑丈なのに柔らかで、色鮮やかで、おまけに濡れてもすぐに乾く。家の者共への手土産にしたいのぅ」


 ぴょんぴょんと跳ねて地面を踏み鳴らしながら、愉しげに眺めている。

 本気でいってるのか?時代劇の中でしか見たこと無いぞ草鞋なんて。


「そ、そうか。また今度連れてってやるよ。取り合えず服がある程度乾いたらこの辺りを念入りに探してみるか」




「寒くなってきたな。だいぶ乾いたし、日が暮れる前にぼちぼち・・・」


 木の枝に引っ掛けてあったシャツに手を当てて、そう言いかけた瞬間だった。


「!! おい、今のは……」


「うむ、確かに聞こえたぞ!」


「お、おい待てって!」


 にわかに犬の遠吠えが、頂上付近の樹林の方から聞こえてきたのだ。

 少女は、シロ!シロ!と必死に呼びかけながら、とっくに走り出していた。

 俺は慌ててシャツに体をねじ込み、上着を片手に後を追った。




「はぁ、はぁ。見失っちまったか」


 生い茂る木々の中を掻き分けるようにして走った。が、少女の姿は一向に見えてこない。

 立ち止まって息を整えながら周囲を見回す。

 樹林の中は差し込む光もまばらで、ここだけ一足先に夜になってしまったかのような錯覚に陥る。


 注意深く観察しながら、さらに奥へと踏み入っていく。


「しっかし、気味が悪い所だな。頼むから半透明の人だけはでてこないでくれよ~……」


 少女とのファーストコンタクトがすっかりトラウマになってしまっているようだ。


「ひっ!!」


 少し先に見える背の低い藪が、ガサガサと音を立てて動いた。

 思わず淑女レディーの様な声を上げてしまった。


「お、おーい、そこにいるのかー?」


 返事は無い。

 渋々、そして恐る恐る藪を両手で割ってその先を覗く。


「なんだ、いたのか。返事くらいしろよ」


 やっと見つけた少女の後ろ姿。地面にへたり込んでいる。

 だが様子がおかしい。俺の声は確かに届いているはずなのにこちらを振り向こうとしない。


「顔色悪いぞ、大丈夫か? シロは見つかったか?」


 顔を横から覗き込む。

 少女は口をぱくぱくさせながら目線だけこちらに向けて前方を指差している。

 肩に置いた手に振動が伝わってくる。


「お……お……」


「お?」


 少女の指差した暗がりの中に、緑色の光の玉が無数に浮かんでいた。

 そのうちの二つがゆっくりと近づいてくる。


 姿を現したのは、薄汚れた茶と黒の毛皮に身を包んだ中型犬だった。


「これがシロか?シロっていうよりも、クロに近くねぇか?それになんか怒ってるぞ」


 こちらを睨みつけならが唸るようにして喉を鳴らしている。


「ばかもの!こ、こやつらは……狼じゃ!」


 闇の中からさらに四頭、俺たちを半円状に取り囲むようにしてぞろぞろと現れる。


「う、うそだろ。日本に狼はいないはずじゃあ」


「何をばかなことを!……こやつら、相当飢えておるぞ」


 最初に出てきた一頭が深く腰を落とし、座り込んだままの少女に今にも飛び掛ろうとしていた。


「くそっ、やらせねえぞ!」


 間に割って入り、肩にかけていた上着を手にして振り回す。警戒した狼が少しだけたじろいだ。

 頼む、このままどこかへ行ってくれ!


「あ、危ない!」


 少女の声に反応して振り向いた時にはすでに、死角から飛び込んできた他の狼の牙が眼前に迫っていた。

 とっさに両手で顔を覆う。


「ギャン!」


 樹林に響き渡ったのは意外にも狼の悲鳴だった。


 ゆっくりと開いた片目に映ったのは、狼の三倍はあろうかという大きさの、美しい毛並みの犬。

 吹き飛んだ狼に前足の一つを乗せて踏みつけている。

 他の狼たちは距離をとって、まだ食い下がろうと小さく威嚇の声を上げている。


「ウォォン!!!」


 その咆哮が木々を揺らした。

 木霊が返ってきたときには、既に狼たちの姿は無かった。一頭を残して。

 その犬は押さえつけていた狼にゆっくりと顔を近づけ、べろりと一度頬を舐めると、足を上げて開放してやった。

 震えながら立ち上がった最後の一頭は、こちらを一度も振り向くことなく、よろよろと茂みの中へ消えていった。



「シ、シロ!」


 少女が膝を付いて涙を浮かべながら両手を広げる。

 シロは尻尾を振り振り駆け寄ると、少女の肩に顎を乗せて子犬のように小さく鳴いた。


 少女はこれでもかというほど強く、首の辺りを抱き寄せると、その真っ白な毛皮に顔を埋めながら、「よかった、よかった……」と何度も呟いていた。

ちょこちょこ修正入れるかもですが御気になさらず。


勉強していくと、色んなタブーや執筆のルールが次々にでてきて、てんやわんやです。


三点リーダーのつけ方知らなかったり、会話文の最後に句読点つけちゃってたり……。修正っ。

段落のつけ方やひとますおとし?の勉強中、また修正します。


その他変なところがありましたらご指摘いただけると幸いです。

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