究極のシスコン
未だに笑いを滲ませる彼を眺めつつ、輝弥は一つ頷く。
取り合えず教えてもらいたいことの一つは理解できた。だが、全ての疑問が解消されたわけではなく、納得しているのでもない。
だから彼の笑いの発作が収まると同時に口を開いた。
「次の質問は、」
「次があるのかい?」
「ええ。判ってらっしゃるのに、確認しないで下さい」
「うん、ごめん」
割ときつい言葉だが、彼は気にせずに笑顔のままだ。その様子を眺めてから、輝弥はもう一度口を開いた。
「ここは魔大陸と仰いましたよね?私が住んでいる世界とは異世界である、と解釈して間違いないですか?」
「うん、大丈夫。ここは君達が住んでいた世界とは違うよ」
「この世界の構成は」
「大まかに分類すると、魔大陸、天大陸、妖大陸、人大陸の四つで世界は構成されている」
「種族は?」
「それは数え切れないほど。でも特徴を言うなら、人大陸に住む生き物は概ね寿命が短い。長寿と言われても百歳程度まで。逆に一番町名なのは妖大陸に住むものかな。彼らは消滅さえしなければ、永遠に近い時を生きる。魔大陸と天大陸はほぼ同じくらいの寿命で、大体一万歳くらい。でもそれは個々が持つ力により変わる。力の強さこそ、寿命の長さ、それが天大陸と魔大陸の生き物の特徴だね」
「敵対関係は?」
「現在は特になし。それぞれ好みはあるけど、別に拒絶するほどじゃない。必要とあれば貿易も行うし、留学するものもある。ああ、そうだ。俺達とは違うしがらみで生きてるのが竜族。ほとんどの種族が生まれた大陸で過ごすのに反し、彼らは自分の住みたい大陸を選びそこに住み着く。力は強力で、まともに相手が出来るのは魔族と天族の上位くらいだろう」
「上下関係は?」
「それぞれに王がいるよ。大陸代表が王と考えるといいね」
「どうして私達はこの場所に居るのでしょうか」
「俺が作ったはがきが君を選んだから。四天王を決めたでしょう?それで術が発動するように作ったんだ。あれを作るのには五百年掛かったんだよ」
「・・・そうですか」
一瞬、いらっときたが何とか怒りを飲み込むと、もう一度冷静な感情を呼び起こす。まだ知りたいことはあった。
「何故私が魔王なんですか?」
「それは君が君だから」
「もっと詳しい理由は?」
「他に言いようがないんだ。君が君だから選ばれた。他に理由はない」
随分な理由だ。淡々と質問を続けながら眉を跳ね上げる。
ちなみに先ほどから発言はしてないが、クリスは怒りで頬を紅潮させているし、太郎は───太郎はやはり笑顔のままだ。楽しそうに笑う姿から負の感情は見受けられず、もう少し怒るとかして欲しいと望む方が高望みに思えてくる。
脱力しそうになる体を、深呼吸することで立て直すと、自分が納得するために輝弥は唇を持ち上げた。
「私が世界に戻る方法はありますか?」
「うん、ある。戻りたいなら、だけど」
何かを含んだ言い方に、きゅっと眉根を寄せた。笑顔を浮かべたままのサダルメリクは、嘘は言っていないが真実を何一つ口にしていない気がする。だがそれが何かを見つけれないので、仕方なしにさらに質問を続けた。
「私の前任はあなたですね?」
「そう。俺こそが31代目魔王だ。良く判ったね?」
「あなたが魔王でなければ、つじつまが合わない部分が見受けられます」
「理由を聞いてもいい?」
「いいえ。今は、私が質問している最中ですから」
「そう」
くすくすと擽ったそうに笑う彼が、何故そんな顔をするかは判らないが、彼が上機嫌であるのは察せられた。それは大いに結構なことだ。
少なくとも彼が前魔王であったなら、その力は強大なものだろう。ならば敵にまわすのは、現時点で得策ではない。
冷静な頭が弾き出した結論に、輝弥は頷く。
「では続けて。あなたが魔王を降りた理由は何ですか?」
その質問をしたことを、輝弥は密かに後悔した。後悔したが、それはやはり先に立つものではないのだと後に納得もした。
今までで一番輝かしい笑顔をし、精悍な顔を子供っぽく崩した彼は、心底嬉しそうに頬を染めて輝弥へ告げたのだ。
「勿論、理由は一つだけだ。───俺の、姉さんを探すためさ」
年上のこの上なく極上な容姿をした男が頬を染める光景を、輝弥は苦虫を潰したような表情で聞いた。頬を染めるのは乙女の特権と叫んでいた、太郎のゲームのキャラクターの台詞をしみじみと思い出す。あの時は何を言ってるのかと思ったが、今なら心から同意できそうだ。
眉間を押さえると、深々とため息を吐いた。もう、何を言っていいか判らない。
異世界召喚された挙句、魔王にまで祭り上げられ、その理由が、『姉を探しに行きたいから』。
「お前ふざけるなよ!!この、シスコン野郎!!」
可愛い顔に似合わない啖呵を切った弟を、ぼうっとしたまま眺め、そう言えばよかったのかと一つ頷く。
「それ、クリスには絶対に言えない台詞だと思うけどな」
弟に向けた感動の眼差しは、笑顔の太郎の一言でそれもそうかと苦笑へと変わった。
召喚の理由は、涙が零れるどころか爆笑してしまいそうなほど理不尽なものだった。