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【番外篇】幼馴染の彼らの日常

『どうして他の女からのプレゼントを受け取ったのよ!』


愛らしい顔を紅潮させ、怒りに柳眉を吊り上げる幼馴染を見て太郎は首を傾げた。

先ほど隣のクラスの女の子から調理実習の余りものと称して受け取ったマドレーヌを指して彼女はこんなに怒っているのだろうか。

だが余りもので必要ないから、とくれたものを貰っただけでここまで怒る彼女の心境が彼にはさっぱり理解できない。


『だって、くれるって言うから』


だから素直にそう口にすれば、幼馴染は一瞬泣きそうな顔を見せ、そして手に持っていた何かを太郎の顔面に思い切り投げつけた。

ビタン、と誰も居ない教室に音が響く。


『タローなんて、大嫌い!!』


黒髪を靡かせ走り去るその姿を、リボンをつけラッピングされた何かを受け止めながら太郎は呆然と眺めた。





「・・・ちょっとタローちゃん」

「ん?」

香夏子(かなこ)ちゃん、猛烈な勢いで走り去って行ったんだけど」


黒のパーカーの上下を纏う幼馴染が、それ以上に黒い髪を靡かせて振り向いたのを見て、太郎はひょいと肩を竦めた。


今現在二人が居るのは太郎の自室で、時刻は深夜1時半。昨日の夕方6時から始めたゲームは漸く佳境に入り、コントロールを握る輝弥は難しい顔をしている。

この幼馴染が勉強でもスポーツでもそんな顔をしているのを見るのはまずないので、その珍しい姿を太郎は堪能している最中だった。淡く色づく唇を窄め眉間に皺を寄せていても、幼馴染は美しい。それを満足行くまで本人公認で眺めるのを許される数少ない人間であるのを自覚している太郎は、その特権を行使すのが好きだった。

青いカーテンと本棚と箪笥、あとは寝るための布団が二つ。太郎の部屋は飾り気なくシンプルだ。それは輝弥の部屋もさして変わらないが、彼女の部屋には太郎と、彼女の弟のクリスから贈られたプレゼントが飾られているので、この部屋よりももう少し華やかだった。

そしてプレゼント品が置かれているのは太郎の部屋も同様で、今自分が抱いている細長い蛙の抱き枕は数年前の誕生日に目の前の幼馴染がプレゼントしてくれたものだ。毎日抱いているので些かくたびれてしまってるが、慣れてしまうとこれなしでは眠れない。そして輝弥もお揃いで紫色のを持っているので、今日のお泊まり用にと持参していた。

二人の布団の距離は狭いが、別に何かしようと思っているからではない。これが二人にとって自然な距離で、傍に居るのが普通だからこそこの距離だった。


久しぶりに泊まる輝弥に、同じ部屋で寝ると告げたら両親は良い顔をしなかった。

一応年頃の男女だし、何かあったらと危ぶんでいるのだろう。そこは部屋のドアを全開にしておくというので了解してもらったが、それはそれで微妙な顔をされた。両親は輝弥を気に入っており、息子には過ぎた娘さんだといいながらも、娘になってくれればと何回も口にしたのを聞いた。

だが今の輝弥にそれを言っても笑って受け流されるだけと彼らもいい加減に学習していたので、彼女の前でそれを口にすることはなかったけれど。

それに折角クリスが修学旅行でいないのだから、二人きりの時間を満喫したかった。変に口出されるのは望んでいないし、邪魔されるのはもっと嫌だ。そして誰も居ない家に輝弥を一人きりで置き去りにするのはそれ以上に嫌だった。


四泊五日で修学旅行に行ったクリスが帰ってくるのは日曜日で、今日は金曜日。徹夜で遊ぶ約束をした輝弥に先日友人が置いていったギャルゲーをやらせたは良いが、自分以上に要領よく進めていく手順には舌を巻く。彼女がゲームをプレイするのは太郎の家に来た時くらいなのに、太郎が所有するほとんどのゲームを彼女は自分より上手くこなす。

今だって育成パートと恋愛パートに判れているゲームの育成パートはすでにトップクラスの力を蓄えていて、魅力のステータスは攻略キャラを全員虜にするくらいだった。

次々に現れるキャラクターに、こんな隠しキャラが居たのかとむしろ驚いたほどだ。勘もよく順調にハーレムエンドへ向かう輝弥は、しかしながら一人に絞れない性格だった。


「そりゃ走り去るでしょ。香夏子ちゃんは主人公が好きなんだから」

「でもただ余りもののマドレーヌ貰っただけじゃない。折角響子ちゃんがくれるって言うのを断れるわけないし、それにあそこまで怒る必要もないでしょ」

「でもさ、香夏子ちゃんは自分のだけを受け取って欲しかったんだよ。ほら独占欲ってやつ」

「そう言われても・・・大体、香夏子ちゃんと付き合ってるわけでもないのに」

「そこは乙女心でしょ。恋する女は難しいってね」

「何でタローちゃんが乙女心判るの」

「えー?だって俺の方が輝弥よりも乙女じゃない?」

「・・・乙女・・・タローちゃんが、乙女」


嫌そうに眉を顰め、何度も繰り返す幼馴染はどんな顔をしていても美しい。

美しさは罪だと言うが、まさしくその通りだろう。

美しすぎる故に友達は出来ず、ストーカーや奴隷候補が列をなし、善意と悪意を極端に向けられる。

彼女の苦労を見ると、自分が平凡でよかったとつくづく思う。特別に人に好かれることもないが、嫌われることも無いから。


ぶつぶつと呟いていた輝弥は、何らかの形で自分を納得させたらしい。それ以上太郎に何か言うでもなく画面に向き直ると、再びゲームをプレイし始めた。

外ではついぞ見れない百面相に、布団の上で胡座を掻き膝に肘をついて掌に顎を乗せた太郎は満足げに笑う。

その顔は凡そ平凡とは言い難い笑顔だったが、それを突っ込むものはその場に居なかった。


「タローちゃん、この卑弥呼ちゃんは何で毎日金印を押し売ろうとするの?」

「それは好意の裏返しだよ、輝弥」

「タローちゃん、どうしてこの妹は毎日人のベッドに入りこむの?」

「それも好意の裏返しだよ、輝弥」

「・・・・・・タローちゃん。このゲーム、私には難解だよ」

「ははは!それでもハーレムルートに向かってる輝弥は凄いね」


この主人公の好意に疎いくせに無意識関わった人間に好かれるところなんて輝弥にそっくりだ。

攻略本要らずの幼馴染の手腕を笑顔で眺めながら、そろそろ飲み物でも取りに行こうかとのんびりと太郎は考えた。



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