斬新な産業
爆笑している彼をじっと眺める。
盛大な笑い方で顔は紅潮しているし、目尻に涙も浮かんでいる。ばんばんと叩かれる畳もどきから埃が出てき、腹が痛いのか空いた片手でしきりにわき腹をさすっていた。
美形は笑い崩れても美形だった。
滅多にない顔立ちをした男が笑い崩れるのを眺めていた輝弥は、服の袖を引かれ視線を向ける。
そこには苦手なGのつく生物を眺めるのと同じ睥睨した眼差しを向けるクリスがいて、苦笑して宥めるようにひよこみたいな髪を撫でれば、こちらに視線を戻し彼は渋い顔をした。
「お姉さま。やはりこいつは変質者です。頭が可笑しい狂人です。いきなり人にコスプレ衣装を差し出し、魔界云々言う変人です」
「クリス」
「だって変じゃないですか!ここはどう見ても日本の風景です。いきなり意識が落された間に、僕たちきっと誘拐されちゃったんです!僕もお姉さまも可愛いから!」
「───クリス。冷静になりなさい。意識を失っている私たち三人をどうやって家から連れ出したと言うの?仮に近所の人たちに気づかれず実行したとして、どうして誘拐した私たちを布団に寝かせる必要があるの?それにここが異世界じゃないと言うのなら、どうして魔法のように私たちの服が消えてしまったの?害ある気持ちで誘拐したのに、どうして見張り一人立てずに自由にさせてもらっているの?」
「それは・・・」
「それにもう一つ。私とクリスが可愛くて誘拐したと言うのなら───どうして図体ばかり大きいタローちゃんを連れてきたの?」
「・・・ッ」
「おいおい、それって酷くない?俺って身体ばかりでかいだけで可愛くないみたいじゃない。自分を可愛いって言いきるのも、それに対して疑問を持たずにスルーするのも良い根性してると俺は思うよ。確かに美形姉弟だけど」
「確かに・・・。僕とお姉さまを手篭めにしたくて誘拐したなら、こんな図体だけ大きい木偶の棒を誘拐する必要はないですよね」
「って、どうして納得するのかな~?しかも俺の言葉はガン無視?お前ら姉弟酷くない?酷いよな?酷いだろ」
わざとらしく大げさに嘆いたフリをする幼馴染に、輝弥は小さく笑いかけた。悪戯っぽく子供っぽい笑い方は邪気がなく、年よりも彼女を幼く見せる。普段は綺麗という言葉がぴったりなのに、そんな顔をするとファニーフェイスが似合う可愛らしい女の子そのものだった。
「それにもう一つ根拠があるわ」
「もう一つ?」
「そう。私がここを異世界だと信じる理由は、タローちゃんがそう口にしたから」
「・・・お姉さま」
「クリスも知ってるでしょう?タローちゃんは私に嘘はつかない」
渋い顔をしたクリスの頭を撫でると、不承不承彼は頷いた。白い手で輝弥の服の裾をしっかりと握り、どこか悔しげな表情をするが、彼にもそれは否定できない。
山田太郎は輝弥にとって絶対的に信じられる存在だ。輝弥の弟になったクリスも、それを知っている。
「何?ツンの後のデレ?輝弥いつからツンデレになったの?」
「そもそもツンデレって何?」
「この間徹夜で俺と一緒にやったゲームの香夏子ちゃんみたいな人。・・・ほら、クリスと似てるって言ってた」
「ああ、あの好きなのに素直になれない、手作り弁当をプレイヤーの顔に投げつけて『あんたのためじゃないんだから、ばかぁ!』って言ってた子?」
「そうそう、それ。ま、クリスの場合は輝弥に対してだけデレで、他の面々にはツンという発展キャラだな」
「ふぅん。難しいんだね」
「そうだ。恋愛の機微は難しいんだ。次は響子ちゃんを攻略の予定だったのにな~」
「って言うか、貴様!僕のお姉さまに何如何わしいゲームをプレイさせてるんだ!」
「え~?別に如何わしくないし。ただの恋愛ゲームだよね。R18ってわけでもない」
「それでもギャルゲーをお姉さまにプレイさせたってだけで如何わしいんだよ!お姉さまも、僕が家にいなかったからってこんな奴の家に泊まりに行かないでください!こいつも一応男ですから!」
「はいはい」
怒りで頬を赤らめるクリスの頭をぽんぽんと撫でると、漸く笑いが落ちついたらしいサダルメリクが目尻を拭いながら姿勢を正した。
息を整えながら指を鳴らすと、どこからともなく座布団が現れる。青地に白糸で柄が刺繍されたそれは、やはり日本でよく目にするものと変わらないように見え、ついっと片眉を上げた。
促されるままに座ると、にこり、とサダルメリクが微笑んだ。
「いやぁ、急に笑ってごめんね。君の真面目な表情も面白かったけど、その後の会話も負けず劣らず面白かったよ」
「───真面目な表情を面白いと言われたのは初めてです」
「そう?なら俺は君の初めての男だってわけだ。それは光栄だね」
「・・・下ネタは止めろ。ぶん殴るぞ」
「はははっ!君の弟君は可愛らしい見目に反して随分と好戦的みたいだ」
「僕を馬鹿にしてるのか!?」
「いいや、違うよ。誉めてるつもりだけど、気に障ったならごめん」
「いい子だから大人しくなさい、クリス。こちらは家主さんで私たちの恩人よ」
「・・・はい、お姉さま」
「よく躾られてるなぁ」
「っ!」
「あなたも余計な火種を巻かないでください」
「ごめんごめん。ええと、それで何だっけ。あ、そうだ、この藁細工が何に使われるか知りたいんだっけ?」
「はい。もし、差し支えなければ」
「全然構わないよ。これはね、呪いのアイテムなんだ」
「呪い?」
「そう。怨み辛みのある相手。憎くて仕方ないのに手が出ない相手。ただ単純に利益の為に暗殺したい相手。そんな相手を手を汚さずに呪殺する為の丸秘アイテムなんだ」
一見すると爽やかな笑顔で黒々とした内容を説明してくれた彼は、その後わざわざ使い方まで説明してくれた挙句にプレゼントと称して小指サイズの人形をくれた。小さくとも威力は絶大らしいそれに、じっくりと観察してしまう。どこかの土産屋で携帯ストラップとして売ってそうな安っぽさだが、これ一つで何人か纏めて呪うことが出来るらしい。
取り合えず礼を言って受け取ると、彼の笑顔は益々深まる。
ちなみにクリスは嫌そうに指先で摘んでそれをどうしようか迷っている最中で、太郎はにこにこと底知れぬ笑顔を浮かべながら礼を告げるとさっさと懐にそれを仕舞い込んだ。
クリスはともかく太郎が如何様にしてそれを利用するかは、輝弥は想像したくない。
輝弥たちにプレゼントを渡して満足したらしい彼は、また口を開いた。そして、想像もしてなかった内容を説明しだした。
「ここはね、正確に言うと魔界じゃなく魔大陸。魔が住み支配する大陸なんだけれど、この呪殺アイテムはここの主な産業なんだ」
「産業?」
「そう。魔大陸に住む魔族と呼ばれる俺たちは、他の大陸に住む面々よりも魔力が著しく多い。この魔大陸は自給自足できる程度に農作物は育つけれど、輸出するほどのものは取れなかった。他とは違い宝石や鉱物もなく、特色も薄い。そこで、俺の姉さんがこの産業を思いついたんだ」
「呪いのアイテムを売ること?」
「そう。そして同時に解呪、もしくは防衛できるアイテムを売ること。俺たちの練り上げる呪法は扱いが難しく、まず同族しか解読できない。それ故に強固な呪い、もしくは防衛が可能になるのも同族の力のみだ。簡単なものから難しいものまで魔力のない存在でも扱える俺たちのアイテムは、爆発的に他の大陸でも売れ国益に繋がった」
「ま、何処の世界にも自分の手を汚さずに片をつけたい相手や、憎くて仕方ない存在くらいいるもんだろうしね」
「斬新で画期的だろう?」
にこにこと微笑む彼の笑顔はいっそ無邪気だが、その後ろに山と置かれるアイテムは無邪気じゃない。
だがそのアイデア自体は感心するしかなく、滑らかな動きで作り出されたミニチュア藁人形を手に、ふむ、と一つ頷いた。