小さな勇気で問いただす
その男の容貌は、確かに人目を引くものだった。
輝弥が知る限りでは人生でトップを争うくらいの美形だろう。精悍で男らしい容姿は美しいと証してなんら遜色はないが、しかしながら彼女の目を引いたのは彼の容姿でもなければ腰砕けになりそうな美声でもない。
にこにこと輝かしい笑顔を浮かべながらも高速で動く手とそれにより作り出されていく無機物たち。彼の背後に山となるそれらを眺め、言葉がすぐに浮かばない。
「帰りましょう、お姉さま」
輝弥が動かずに居る間に即効で決断したらしいクリスは、チャイナ服もどきの裾を掴むと引っ張った。顔をやれば綺麗な顔を歪め、不信感一杯で部屋の中の男を眺めている。
帰ろうという気持ちも帰りたい気持ちも良く判るが、ここがどこだか把握できない以上無駄に動くのは得策でないし上策でもない。
ちらり、と伺うように隣を見れば、幼馴染はいつも通りの笑顔でこちらを見ていた。言外に好きにすれば良いと言われているのを感じ、零れそうになるため息を気力で堪える。助けてもらった相手を前に、それは失礼な所業だと理解していた。
裾を掴むクリスの手を乱暴にならないようにゆっくりと剥がす。不満げにこちらを伺う瞳に苦笑すると、一歩前に出た。
「あなたがここの家主の方でしょうか」
「うん、そうだよ」
先ほどまであった硬さを捨てた口調は、綺麗な顔には似合っていない。どちらかと言わずとも硬質な美貌に合わぬ柔らかな話し方だが、輝弥がそれに違和感を覚えることはなかった。
彼が家主と確認できればすることは一つだ。『魔界』という単語や、動き続ける彼の手に囚われてはいけないと気合で表情を作ると、その艶やかな唇を開いた。
「私達を保護してくださり、ありがとうございました。この衣装も貸していただき感謝します」
一息に言い切ると、深々と頭を下げる。
「お姉さま!?」
「あなたもきちんとお礼をしなさい、クリス。何かしてもらったらありがとう。そう、教えたはず」
黒々とした瞳でじっと見詰めれば、渋々クリスも頭を下げる。蚊の鳴くような声でだがきちんと告げられた礼に、輝弥は漸く目元を綻ばせた。
ありがとう、ごめんなさいは最低限覚えておくべき礼儀だ。それがどれ程変わった相手に対してだろうとも、してもらったことに対し謝礼を言わないのは筋違いとなるだろう。
ましてここが彼や幼馴染が言うとおり『魔界』などというとんでもない場所なら、保護してもらってこの上なくありがたい。もっとも、今輝弥が居る場所から望める風景が魔界の象徴であるなら、それは少しばかり首を傾げてしまう言だが。
輝弥が思い描く魔界はもっとおどろおどろしく、空は常に暗雲で覆われており雷鳴が響き血臭が漂うようなそんなイメージだ。異形の存在が共食いをし荒廃した大地には草一つ、生き物一匹住んでいない。血に飢えた魔物が蔓延り力こそ全てといったイメージが先行している。
しかしながらここはそんな想像と百八十度かけ離れている。
見る限り日本にもありそうなのどかな田舎を地でいっており、先ほどから蝶々が何匹も庭を飛んでいた。小鳥の鳴き声は愛らしく、降り注ぐ日差しは柔らかだ。
目の前の男の言葉を信じるならここは異世界と言うことだろうが、どう考えても日本の片田舎に見えた。
しかしながらここが異世界かどうかという疑問より、先ほどから輝弥の脳裏を占めて仕方がない疑問がある。今現在も手早く動く彼の手に、輝弥は釘付けだった。
否、正確に言えばその手が作り出すものに釘付けだった。
干した藁をまとめ部分部分を細い縄で結ぶ。まるで人間の体を形取るように、首、頭、胴体、そこから二股に分かれ二本の足がひょっこりと器用に素早く作られた。輝弥はそれを生で見るのは初めてだが、知識としては知っていた。
だからこそ輝弥の視線は美貌の主そのものではなく、彼の持つものに釘付けだ。
「俺の名前は『サダルメリク』。つい先ほどまでは役職も持っていたんだけど、今はただの『サダルメリク』だ。好きに呼んでくれていいよ。年は1112歳で現在は恋人なし。得意なのは剣術で、今は一人暮らしをしている。趣味は藁細工で、好みのタイプは姉です。他に何か聞きたいことはあるかい?」
彼の言葉に突っ込みたい部分は色々とあったが、それら全てを飲み込んで輝弥は日本人の多くがマスターしている愛想笑いを浮かべる。
「私の名前は望月輝弥です。現在は高校二年生で部活委員会には所属していません。ストーカーは何人か居ますが恋人は居ません。特技は自分の身を護ることで、趣味はまったりとした時間を過ごすこと。現在は家族と四人暮らしで、好みのタイプは好きになった人です。それで質問なんですけど」
一呼吸置くと、輝弥は彼を見た瞬間から疑問を抱いていた部分を指摘した。
「その、藁細工、私達の世界にある藁人形と言うアイテムによく似ているのですが、用途はなんでしょうか?また、そのように量産している意図を教えていただけると嬉しいです」
ある意味勇気を振り絞った輝弥の問いに、二重の切れ長の瞳を見開いた彼は、じっと輝弥の顔を見詰める。そしてやおら体を震わせると、堪えきれないとばかりに大爆笑した。