白の髪に赤い瞳
着替えを終え太郎に連れられて廊下を歩く。
結局白のリボンは三つ編みをした髪の先につけた。ちなみに結ったのは輝弥ではなく太郎だ。彼は輝弥の髪を弄るのが好きで、今ではヘタな美容師よりも器用に髪を扱うかもしれない。
深紅のチャイナドレスを纏った輝弥は美しく、深いスリットから覗く黒のタイツに包まれた脚線美も見事なものだ。和風家屋っぽい建物の中を歩いているために靴はないが、この下着を出すために必死のイメージを膨らませたのはいうまでもない。
「うん、やっぱり輝弥には赤が似合うね」
隣を歩く太郎の言葉に、輝弥は小さく笑う。細い目を益々細めた彼が嬉しげに手を伸ばし輝弥の結ばれた髪に触れようとした瞬間。
ぱちん、と小さな手が彼の掌を打ち払った。
「勝手に触らないでくれる。お姉さまが穢れる」
「ははは、酷い言い草だな。それじゃまるで俺が病原菌みたいだ」
「実際にそれに近いだろ。幼馴染だからって図々しいんだよ」
牙を剥いた子猫の如く輝弥の隣から身を乗り出して威嚇するクリスは、体で隠そうとするかのように身を二人の間に割り込ませる。太郎どころか輝弥よりも身長が低い彼が本気で怒っているのは判るのだが、チワワがグレート・ピレニーズに吠えてるように見え、ついつい微笑ましく思ってしまう。
だが今歩いている鴬張りかと確認したくなるくらいに音が鳴るこの縁側で、騒いだり暴れたりはあまり好ましくなかった。先ほどからクリスが動くたびに悲鳴のような甲高い音を立てている。二人並んで歩くのがやっとの場所に無理やり三人並んでいるのだから尚のことだろう。
「クリス」
「はい、お姉さま」
「いい子だから暴れないで。床が抜けてしまいそう」
「え?」
「さっきから鶯より高い声で鳴いてるな。床もふかふかしてるし」
「判ってるならクリスをからかうのはやめて。タローちゃん一人でも重量オーバーよ、きっと」
「俺だけを責めるの?」
「クリスを先に注意したでしょう?引くのは先に吹っかけたタローちゃんね」
責めるでもなく静かに見詰めれば、ひょいと肩を竦めた幼馴染はポーカーフェイスと変わらない笑顔のまま一歩前に出る。重量が変わったおかげで床があがり、軋む音も僅かに低くなる。一つため息を吐くと未だに自分の前に立つクリスを下がらせた。
今のところこの家の構造を知っている太郎が先頭を歩くのが妥当だと思うし、輝弥を護りたいと背伸びするクリスを納得させる配置がこれだった。案の定後ろは頼むと告げれば笑顔で彼は頷く。その様はやはり飼い主に誉められて喜ぶチワワと被り、小さく笑った。
縁側から視線を外に投げれば、日本の昔を描いたアニメのような庭が広がる。椿と似た木で作られた生垣が庭を囲み、砂利をひかれたそこには石が幾つか置かれていた。古びているが詫び錆を感じる趣で嫌いではない。
どこか懐かしさを感じるのは、きっと田舎の風景を思わせる光景だからだろう。
しばらく歩くと、太郎が漸く足を止めた。
今まで通り過ぎた部屋とは違い、きっちりと開かれた障子にピンと来る。この部屋が目的の場所だったのだろう。
首だけを回して振り返った太郎が大丈夫と目で問いかける。幼馴染の声なき声に頷くと、のんびりと彼は歩を進めた。
「連れてきました」
「・・・ありがとう」
中から滑らかな低い声が聞こえる。聞き惚れてしまうくらい美しいテノールに、髪を揺らして小首を傾げた。
初めて聞く声のはずなのに、何故懐かしいと感じたのか。
違和感を感じつつ、促されるままに足を進める。
「初めまして、輝弥ちゃん。ようこそ魔界へ」
井草の匂いが心地よいその部屋の中心で、着流しを纏った彼はほわりと微笑んだ。きっちりと正座し背筋を伸ばした姿の彼に息を呑む。
何にも染まらぬと主張する白い髪に、輝弥の纏うチャイナドレスの色と酷似した紅の瞳。精悍な顔立ちは黙っていれば怜悧に映るだろうに、少しばかり目元を綻ばすだけで随分と魅力的で親しみを持つ。右で別けられた髪はやや長めのショートカット。
紗で出来ているように見受けられる着物は華美ではないが、誂えたように彼に似合った。
「あなたをずっと待っていました」
常套句に聞こえる言葉は、けれど読みきれない感情が込められているように感じ首を傾げる。
どう見ても年上の微笑みを浮かべる美青年が今にも泣きそうな気がして、伸ばしかけた手をぎゅっと握りこんだ。