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下着は標準装備?

「で、ここは何処なのかしら」


目が覚めての第一声がそれだった。見上げた天井は、見覚えのないもの。木で作られているらしいそれは、時代劇などで見る和風建築そのものだ。古びている建物なのだろうか。天上にはぽつぽつと所々しみが出来ていた。

くらくらする頭を抱え、どうにか身を起こす。二三度頭を振って、再び辺りを見てみたものの、視界に映るものが変わることはなく。小さくため息を吐く。輝弥の知る乏しい建築知識の中でも、貧乏長屋と言う言葉がピッタリな造りは今にも何か出てきそうな雰囲気満々だ。

よれよれとした布団をめくり、勢いをつけて体を起こした。


「ん…」


隣で聞こえた声に視線を向けると、そこには小さく丸まって眠るクリスが居て。幼子のように布団を握り締める姿は微笑を誘うが、その容姿に和風のボロ布団は恐ろしく似合っていなかった。

反対隣を見ると、一組の布団がたたまれていた。この雰囲気からして恐らく太郎が眠っていただろうそれは、触れてみても冷たい感触を返してくるだけだった。

再び、輝弥は小さくため息を吐く。

太郎の事だから大丈夫だろうとは思うが、勝手に行動するのではなく自分の事を起こしてくれればいいのに。

──最も、起こされたからと言って自分が素直に起きるかと言えば必ずしもそうではないだろうが。


「クリス。…起きなさい、クリス」


いつまでも考え込んでいても仕方ない。そう、結論付け太郎を追うべくクリスを起こしにかかる。輝弥とは違い、寝起きのいいクリスは直ぐに目を覚ましてくれた。

金色の長い睫毛を何度も瞬かせ、瞳の焦点を合わし輝弥を認める。


「お姉さま。おはようございます」


にっこりと満面の笑顔で言われ、つられて笑顔で挨拶する。一瞬の間の後、頭を振って気を取り戻した。


「和んでる場合じゃなくって」


額に手をやる輝弥を見つめた後、クリスは廻りを眺めた。二人の間に短い沈黙が生まれる。先に口を開いたのは、クリスだった。


「…ところで、ここは何処でしょう?」


そんな事はこっちが聞きたい、と思わないこともなかったが口に出すことはしない。先程、自分も通った道だ。クリスが眠っている間に、自分なりに推察した答えを言おうと口を開いた。


「魔界だって」


自分の口から出たと勘違いしそうなタイミングだったが、言ったのは自分ではない。声の聞こえた方を振り向くと、そこには襖をに手をつく幼馴染の姿があった。


「タローちゃん?」


見慣れたはずの幼馴染の姿のはずなのに、疑問符がついてしまったのはその姿のせいだ。襖に頭をぶつけない様にしゃがんで中に入ってきた彼は、恐ろしくこの場に合わない格好をしていた。


「何、その格好は」


太郎は、まるで、流行のオンラインゲームから抜け出したような格好をしていた。役職で言うのなら戦士だろうか。イメージは黒。黒のマントに、黒の胸当て。黒のズボンに、黒のバンダナ。まさしく全身黒尽くめといってもいい。甲冑もどきは長身の太郎に案外似合っていたが、日常生活で見るには少々…と言うよりかなり異色を放っている。

幼馴染の身に一体何が起こったのか。少なくとも、輝弥の知る彼は、文化祭でもないのにこんな格好をする趣味はなかったはずだ。それとも、日常から離れてしまったこの場所で新しい趣味に目覚めたのだろうか。それなら正直心の距離が開きそうだ。

目は口ほどにものを言っている輝弥に向かい、太郎は元々細い目をさらに細めて笑った。


「違うって」


苦笑しながらパタパタと顔の前で手を振る。それでも尚疑り深い顔で自分を見る輝弥に、そっと持っていたものを差し出した。黙って受け取ったクリスとは違い、思わず輝弥は躊躇した。


「何、コレ?」

「服だけど?」

「…そう言う意味でなくて」


がくりと脱力する輝弥に、爽やかに太郎は笑顔を向けた。


「とりあえず、コレに着替えて?」

「何で?」

「家主の希望」


淡々と会話を繰り広げる輝弥と太郎の間に、クリスが無理やり割って入る。


「どうして、僕がこんなの着なきゃならないのさ!」


早速広げていたらしい服を、目の前に持ってこられる。まるで、絵本の中の王子様が着そうな服だ、というのが輝弥の第一印象だった。

太郎の服とは正反対のイメージのそれは、純白を基調としていた。真っ白なブリブリのレースがまぶしいブラウスに、青のシックなイメージのズボン。ご丁寧に、胸元に結ぶらしいスカーフと、おそろいの真っ赤なマントまであった。それを着ているクリスを想像して、思わず輝弥は笑みを漏らす。


「すっごく似合いそう」

「え?」


ポツリと聞こえてきた言葉に、クリスの耳はダンボになる。太郎に押し付けようとしていた服を一瞬で自分の胸元まで引き寄せると、先程とはうって変わった笑顔を浮かべた。


「と、思ったけど特別に着てやるよ。感謝するんだね。……直ぐ着替えてきますから、待っててくださいねお姉さま」


スキップしそうな勢いで、部屋の中にあった衝立の後ろに行く。その変わり身の速さはいっそ清々しいほどだ。


「はい。コレは輝弥の」


その姿を見送っていた輝弥の手に、無理やりと自分の持っていた服を押し付け太郎は笑った。鮮やかな手口は、昔からの付き合いなればこそだが、今となっては忌々しい。


「私は、着替えたくないんだけど」


言っても無駄だとわかっていても、最後の抵抗とばかりに言葉に力を込めて言ってみる。


「うん。でも、宿主の意向だから」


あっさりと輝弥をいなすと、太郎は輝弥の手を握った。引かれるままについて行く。

先程は見えなかったが、部屋の横手には小さなドアがついていた。ここまで和風家屋なのに、ドア?と思わなくもなかったが、そこまで行くと太郎が何を言いたいか輝弥にも察しはつく。


「ここで着替えろって?」

「そう言う事。…寂しかったら一緒に居てあげるけど?」

「タローちゃん、それセクハラ」

「あははっ。俺と輝弥の間で今更じゃない。ま、今のところはクリスも居るし大人しくドアの外で待ってるけどね」


クスクスと笑いながらドアを開けてくれた幼馴染に苦笑する。確かに、子供の頃は一緒に風呂に入ったこともある間柄だから今更と言えないこともないが。

柳眉を下げて苦笑する輝弥に太郎は笑みを深めると。


「あ、そうそう」

「まだ何かあるの?」

「うん。はい、コレ」


渡されたのは、白く手触りのいいリボン。所々金の刺繍の入っているそれは一目見ただけで高級とわかる代物だ。


「くれるの?」

「さあ?預かり物だから、俺は判断しかねるけど。後で本人に聞いてみたら?」

「そうする」


とりあえず受け取って、今度こそしっかりとドアを閉めた。リボンを渡された、と言うことは髪の毛を結べと言うことなのだろう。

部屋の中は先程の和室よりは貧乏くさくなかった。自分の家と比べると古臭く感じるが、別に気になるほどでもない。昔、テレビアニメで見たことのあるようなファンシーなつくりのベッドに、先程受け取った服を置いた。

手始めに、髪を纏めていたゴムをはずす。まるでシャンプーの宣伝のように綺麗に広がる黒髪は、それだけで賞賛されてもよいほどの極上品だ。天使の輪が浮かぶ顔にかかる髪をそっと耳にかけ、ベッドの上に置いた服を広げた。


「何なの、コレは…」


思わずため息を吐きそうになったものの、何とか堪える。先程のクリスではないが、太郎に向かってこんなの着れるかっと叫んでしまいたい気分になった。


「チャイナドレス・・・?」


胡乱な眼差しで眺めつつ、輝弥はその物体を持ち上げた。しゅるりと衣擦れの音を響かし広がるそれは、何処からどう見ても自分の世界にあるチャイナドレスと言うもので。コレを用意したと言う家主に、思わず殴りこみをかけたくなる。


「しかも、情熱の紅ですよ」


前髪に手を突っ込み苛々とかき回して目の前の服を睨み付けた。だが現状が改善されるわけでもなく、嫌々ながらに体に当ててみる。寝ている間に計ったんかいと言いたくなるくらいピッタリサイズのそれは、体に当てると腰元すれすれまで深いスリットが入っていた。

深い紅色のチャイナドレスは一目見て上質なものだとわかるが、着たいと思う感情と服の質は別問題だ。金の糸で中国風のドラゴンの絵柄が刺繍されているそれは、ザ・派手と言う呼び名を差し上げたいほどだった。

持っていた手を離し、くるりと回れ右をする。そのままの勢いで思い切りドアノブをひねった。


ガチャッ


「!?」


鈍い音を発し、異様な感触を伝えるそれに輝弥の柳眉はつりあがる。


「絶対に着てね」


ドアの外から聞こえるのは、上機嫌な幼馴染の声。

閉じ込められたと気付いた瞬間、輝弥からもれたのは諦めのため息だった。長年付き合っているが、こうなった太郎は折れることをしない。平凡で固められていると周りに認識されているはずの太郎は、こと輝弥に関しては全く譲らない一面も持っている。未だかつて太郎が決めたことに、輝弥は一度も逆らえたためしはない。凡庸な振りをしてるくせに押しが強い彼の本質に、どうして周りは気付かないのか。

渋々とまた部屋の中央に戻り、鬱屈した気分にさせるチャイナドレスを拾い上げた。

仕方なしにトレーナーとズボンを脱いでベッドの上に放り投げる。たたむのはとりあえず後回しにして服を着た。不思議と手に馴染む感触の布を掴み、頭からかぶる。先程も感じたことだが、本当にピッタリのサイズに思わずうめき声を上げたくなった。

裾のないそれは、些か寒く感じるもののデザイン的にはそれほど嫌いではない。足首付近まで隠れるロングサイズのドレスの、着てみると益々きわどいスリットの入り方に頭が痛くなった。

鏡があれば全身を確認してみたいところだが、あいにくと部屋の中を見回してもそれらしきものは見つからなかった。諦めて、先程脱いだ服をたたもうと思いベッドを見る。


「ない?」


先程確かに置いたはずの衣服は、輝弥が探す限り部屋の何処にも見つからなかった。どういうことかと思い、慌てて部屋の外にでる。


「タローちゃん!」

「うん?」


先程とは違い、あっさりと開いたドアの外の人は呼ばれてこちらを振り返った。しかし、そのままウットリとどこか遠い目をする彼に、思わず輝弥は一歩後退した。

結んでいない髪が揺れ、しゃらりと頬に当たる。黒髪は窓から入る微かな光を反射して艶やかに光った。


「いやー、想像以上に似合ってて嬉しい限りだよ」


ぱちぱちと暢気に賞賛の拍手を送る幼馴染に思わず拳を握り締める。そんな感心をされても嬉しくない。

しかし、そんな輝弥の様子を知ってか知らずか。否、正確には理解しつつあえて無視して薄着の輝弥の肩に、ふわりと何かをかけた。


「そのままじゃ寒いでしょ?」


にっこりと首を傾げて言われ、肩に乗ったものを手に取る。

それは、カンフー服のような上着。チャイナドレスの上にそれを着ると、あつらえたようにピッタリとフィットした。長めの上着は腰のラインを少し超え、際どいスリットも多少はごまかしてくれる。その事に輝弥は安堵した。

胸の前にある紐を結ぶ。独特の形をした上着は、合計四箇所も紐を結ばないと完全に前を閉じることが出来なかった。

すっかり結びきり、上着を引っ張る。手首まで隠してくれるが、チャイナ服と同色のど派手な紅は心持ち落ち着かない。改めてみると、チャイナドレスと同様に所々に金の刺繍がしてあった。


「うん。上着も似合うね。…綺麗な体の線が判りにくくなるのは残念だけど」

「…そりゃ、残念なことで」


うんざりした顔で幼馴染の顔を見る。表情の読めない彼は、マイペースに事を進めた。


「で、聞きたい事があったんじゃないの?」


太郎に言われて、先程の事を思い出す。


「忘れてたっ。服が無くなったの!ちょっとの間しか目を放さなかったのに」

「あー、やっぱり」

「やっぱりって…」

「俺の服も先刻家主と話してる最中に消えちゃったんだよね」

「……」


想像して、思わず無言になる。

きっと、いきなり素っ裸になったとしても彼はあまり気にしなかったに違いない。飄々とした顔で、『あれ?服が消えちゃった』と言う程度だろう。

全裸でものうのうと笑顔を保つ幼馴染の姿が克明に脳裏に浮かび、輝弥はずきずきと頭が痛んだ。羞恥心がないのではないが、彼の感覚はどこかずれている。


「まあ、それを思えばまだタイミングが良いじゃない。そろそろ下着も消える頃じゃないの?」


あっけらかんと言われて、思わず胸に手を置く。そこにはあるはずの感触がなくなっていた。

そういえば先程から股間の辺りがスースーする気もする。

嫌な予感に額から汗が滲み出た。きっと顔色は青ざめているに違いない。


「ちょっと、タローちゃん…一つ聞きたい事があるんだけど」

「何、輝弥」


ニコニコと普段どおりの顔で笑う幼馴染を下から見上げる。


「ここの世界の人間は、下着を着ないのかしら?」

「いや~、着るんじゃない?俺も今着てるし」

「だったら、どうして私にも下着をくれないのよ!」

「あ、下着は基本的に標準装備なんだよ」

「はぁ?」

「よく判らないけど、着ているイメージを保てば具現化されるらしいよ。本当は服もそうらしいけど、慣れるまでは難しいからって。取り敢えずは見えない部分から練習するのがいいってことらしいけど」

「・・・ごめん。言ってる意味が微妙に判らない」

「んー・・・俺も今一全部は理解しきっていないんだけどね。力の使い方の一種らしいよ」

「力?」

「そうそう。聞いて驚くなかれ。この世界には、魔法が存在してるんだってさ」


あっさりと告げた太郎の顔を見上げ輝弥は鮮やかに微笑んだ。可憐に咲く野の花も、咲く誇る大輪の薔薇ですら恥らいそうな美しさだが、瞳の色はこの上なく冷めている。

黒々とした瞳の瞳孔を開き、彼女は一言漏らした。


「へぇ」


異世界文化との初交流は、幼馴染の手によりつつがなく終了させられた。


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