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異世界の夕食

一月近くぶりの更新です。

遅くなってすみません。そして読んでくださる皆様、本当にありがとうございます!

「いやぁ、やっぱり大勢で食事はいいね」


にこにこと上機嫌に笑う男を横目に、箸を操り大皿から唐揚を一つ摘む。

大陸により主食やその際利用する道具も違うようだが、魔大陸は現代の日本と極めて近い感覚らしい。醤油もどきや味噌もどきなどあり、出汁は昆布もどきから搾取した。

これはとてもありがたかったが、実際の名称やどこからどう搾取してきたものかは聞いていない。

『一度聞いたら、聞かなかったことにはできないよ?』と笑顔で断言した太郎の言葉に異論はなく、知らなければ美味しいねで終わらせるものを知ってから後悔したくなかった。

知らなければ美味しいの一言だ。食卓に上った食材は自分の知る素材で作った故郷の料理と思い込める。


台所は時代劇で見るような竈や水瓶が置いてある半面、調理器具は包丁やまな板以外にもお玉や泡だて器もあった。

何より驚いたのは火や水の扱いで、それらの調整は全てサダルメリクがしてくれた。

力を使って料理すると教えてくれたが、どこからともなく炎を出現させたり、空中から水を出したりとそこだけはとても不思議だった。

お釜と鍋が置いてある竈の炎は燃料がなくとも燃え盛り、サダルメリクに頼めば簡単に強めたり弱めたりしてくれる。

これでも十分凄いのに普段は調理すら力を使ってすると言うのだから驚いた。

もっともここまで全てを力に頼る魔族は少ないらしく、やはりあばら家に住んでいても魔王は魔王だったということだろう。


素材が何だかわからなくとも、見た目が同じで味もほぼ変わらなければ調理は出来る。

太郎とクリスと輝弥の合作で今日の献立はご飯とジャガイモとえのきの味噌汁に肉じゃがと唐揚だ。

ジャガイモの割合が多いのは何故か大量にそれが土間に積み上げられていたからで、大した理由はない。

全て『もどき』と注釈はつくが、味はそのもので美味しかった。


人様の家の台所を拝借するのは失礼に当たる気がするが、その主が気にしないと言っていたのでいいだろう。

そしてホストがもてなすものだと厚かましく言えない理由もある。

いくら強引に招かれたとしても、この家の主はサダルメリクで、輝弥たちの立場は居候に過ぎなかった。


そのサダルメリクは三人の料理が口にあったらしく、先ほどから笑顔が絶えない。ついでに箸の動きも絶えない。男性だからだろうかその摂取量は半端なく、それを考慮して多めに作られたおかずが徐々に山から姿を消した。

ちなみに太郎も体格に比例してよく食べる。見た目が小さいが将来に賭けているクリスも食事の量は多い方だ。普段はそれでも太郎に劣るのだが、サダルメリクに対抗しているのか、今は胃袋を破ろうとする勢いで食べていた。

それを眺めながら、早々に自分の分は別皿に取り分けていた輝弥は、うっそりと眉を顰める。幼馴染や弟と反し、輝弥はどちらかと言わずとも小食だった。見ているだけで胸焼けしそうな食べっぷりに、段々と気分が悪くなる。それでも最低限取り分けられた分は食べなければ太郎とクリスが心配するので、気合で乗り切った。

箸が行きかう小さな合戦場で両手を合わせてご馳走様と呟きリタイヤを宣言した輝弥をサダルメリクが見た。


「あれ?もう食べないの?」

「───私、燃費がいいんです」

「俺の姉さんと一緒だね。俺の姉さんも小食だったんだ。小鳥くらいの量しか食べなくて、でも俺の分を分けようとすると『私はいいから全部食べなさい』って言ってくれる、優しい姉さんだったんだ」

「そう、なんですか」


嬉しそうに語るサダルメリクに、輝弥は内心でこっそりと思う。それは好意ではなく、遠まわしなお断りだったのではないかと。

見るからに彼には悪気はなさそうだが、もし輝弥が相手なら全力で遠慮被る。何しろ太郎と張り合い、輝弥の軽く7倍は食べていそうな彼のこと、少しの量は輝弥にとって大量に等しい。実際に彼の姉が輝弥ほど小食だったか知らないが、それは苦行に違いない。

微妙な笑顔で返事を濁すと、唐揚を飲み込みお茶で喉を潤したクリスが噛み付かんばかりの勢いで反論した。


「それは遠慮じゃなくて、嫌がられてるんだよ!空気くらい読めよな。そんなんだから勝手に人を異世界に呼ぶなんて空気読めないこと出来るんだよ。そんなんだからお前は『前・魔王』でも『従者』にしかなれないんだよ」


憎々しさたっぷりな言葉には、クリスの怨み辛みプラス対抗心が盛り込まれている。

本人を置いての『姉自慢対決』は彼らの中で継続されており、どうやらその熱はまだ冷めて居ないらしい。こちらの世界に居る限り続きそうだ。

対抗心はそちらだが、怨み辛みは異世界に無理やり呼び出されたことだ。どこからどう見ても日本の田舎風景の雰囲気のこの場所は、クリスには異世界だとどうしても納得出来なかった。むしろそれが当然なのだろう。

自分でもどうしてか判らぬが、輝弥はこの世界が異世界だと安易に納得してしまった。その理由は信頼する幼馴染の一言だけとも、目の前の美貌の青年の言葉だけとも考えにくい。

輝弥の曖昧な心を読むように反発していたクリスだったが、先ほど料理の支度の際、疑いようもなくサダルメリクが力と呼ぶものを見せられ、納得せざるを得なくなった。実際に食事を摂っているこの部屋も、彼の力で明かりが保たれている。

見てないものは信じない。けれど見て経験したからには、信じるしかない。現実主義者でありながら合理性を持つ彼らしい思考だが、納得しても苛立ちは消化されず未だに形に見える異世界の象徴にきつく当たっている。

だが手が出て足が出そうな先ほどの雰囲気よりは大分いいので、これは仲良し喧嘩に分類しても構わないだろう。

クリスの言葉を切欠に喧々囂々とやり合う二人を眺めていると、二人が箸を止めた隙に最後の唐揚を掻っ攫った太郎が輝かしい笑顔を浮かべた。


「はははっ。いいな、二人とも仲が良くて。俺も混ぜて欲しいくらいだ」

『断る』


クリスはともかく、サダルメリクまで眉を吊り上げて即答した。

厳しい口調だったとのに、太郎は全く傷ついた様子も見せずに唐揚を頬張る。

笑顔で咀嚼を続ける彼を見て、輝弥は改めて思った。

やはり、この幼馴染はどこまでも凄い、と。




開け放しにされた障子の外には、閑静な庭と夜空が見える。

随分と大きく見えるが、こちらでも月は一つだった。

明日は今後の予定を立てると言っていたが、話し合いは無事に為されるのか。

現代より明るい星空は、答えをくれずに煌くだけだった。

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