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願うのは一つ

「───別にね、無理難題を押し付けようって言うんじゃないよ」


心持ち乱れた髪を掻き揚げ、サダルメリクは微笑んだ。掻き揚げた髪の隙間から見える額にたんこぶが見えた気がして、そっと視線を逸らしつつ頷く。

結局彼ら二人の譲れない戦い───しかしながら、極端に低レベルな───は、太郎がお茶を二杯飲み、喉が潤されたところで更に小腹が空いたらしい彼が、茶菓子がないか家捜ししようとしていたところで一区切りついた。

お互い本気ではなかったのだろうが、二人とも折角の美形であるのに所々顔が擦り切れ、髪もぼさぼさになっている。乱れていた服は調えられたが、合わない視線が精神年齢の高さを教えてくれ、眉間を白い指先で押さえる。

何もしていないのに疲労が溜まった輝弥は、太郎が入れてくれたお茶を一口啜った。ちなみに家主の許可を得ず家捜ししようとしていた幼馴染は、何食わぬ顔で請求した茶菓子を咀嚼している。和菓子に似ている気がするが、黄土色とモスグリーンが混じった一見すると柔らかそうな饅頭に見えるのに何故か煎餅のような音がするそれの味の感想は恐ろしくて聞けていない。燃費が悪い太郎は、味の判別はつくものの基本的に文句は言わない男だから放っておくに限るだろう。

遠くに意識を飛ばしかけた輝弥を連れ戻すように、名前を呼んだサダルメリクは、年上なのにまるで年下に見える眉を下げた情けない笑みを浮かべた。


「俺は君に、無理難題をおしつけたいわけじゃないんだ」

「───抽選で魔王に選ぶのは無理難題じゃないとでも言うんですか?」

「うん。君しか居なかったから。俺の願いを叶えれる相手が、君しかいないから」


彼には罪悪感が一切ない。眉は下げられているが、それは輝弥をここに無理に呼んだからと言うより別の理由があるように見える。

切なげな様子に戸惑いを覚える輝弥とは違い、苛立ちしか覚えないらしいクリスがちゃぶ台を叩いた。


「ふざけるな。お姉さまを無理やりに呼んでおいて、謝罪の一つもないのか!」

「───俺は謝罪するようなことはしていない」

「見たことも聞いたこともない世界で、何をさせられるか判らないってのに、無理やり呼んで謝罪もなしか!大した謙虚さだなっ」

「違う。俺は無理やりに呼んでない。彼女が応えたから、ここに呼んだんだ」

「四天王の欄に名前が入ればここに来るように?そんなの騙まし討ちと変わらないだろう!」

「それでも、だ。俺だけの力でここに彼女を呼ぶことは出来なかった。俺は無理やりに呼んだんじゃない」


水掛け論だ、と心の内で呟く。

彼らが輝弥を理由に熱くなっているのは判るが、何故か輝弥はそこまで冷静さを失えなかった。

異世界召喚はクリスが言うように騙まし討ちだと思う。はがきを読んだどこにもそんな説明はなかったし、見逃したはずがない。『異世界に召喚します』なんて一文を、例え輝弥が見落としたとしても、目ざとい太郎が見落とすはずがない。

だから本当に騙まし討ちで、こちらに来る意思は輝弥には全くなかった。そして、自分の軽率に巻き込まれた太郎とクリスにもなかったはずだ。


異世界と言われ、目の前で色々と見せてもらっても、未だにここが異世界と実感がわかない。どころか以前に住んでいた世界よりも空気が馴染む気がするし、田舎のような風景は懐かしさすら感じる。

サダルメリクは一切悪びれない。自分は悪くないと主張し、事実本心だとその瞳が語っている。それなのにその瞳は苦しげで、何かを希求して落ち着かない。


怒ってもいいはずだ、と自分に囁く。けれど、この人には怒れない、とすぐに何処かから返事が来る。

年上の体格がいい精悍な顔つきの男なのに、目の前の人がクリスと同じくらいの少年に見え、輝弥はため息を零した。

その音は些細であったはずだが、口論していた二人はぴたりと口を噤むと視線を向ける。蒼い瞳と紅い瞳。対照的な色を持つそれは、何故か同じに輝弥には映った。


「お姉さま!お姉さまも何か言ってやってください!それで早く帰りましょう!今日の晩御飯は僕お手製の煮込みハンバーグだったんですよ。昨日から仕込みをした傑作品だったのに」

「お、本当?じゃあ、早く帰らなくちゃ。おかわりある?」

「黙れ!誰がお前のためのおかわりなんて作ってあるか!───お姉さまの分はきっちりとおかわりありますからね」


どさくさに紛れて腰元に抱きつき胸に顔を埋めながら上目遣いで見上げてくる弟の髪を梳くと、黙り込んでしまったサダルメリクを眺める。

先ほどまでの饒舌な様子はなりを顰め、唇を噛み締めて俯く姿は何かに傷ついたように悔しげだった。

驚き、目を瞬いて眺めていると、きっと顔を上げた彼と視線が絡む。

鋭い眼光と心を決めた雰囲気は、彼の容姿を一層引き立てた。真面目な顔をしているとやはり彼は輝弥の人生の中でもトップ3に入る美形だろう。後にも、先にも。

クリスを腰に巻きつけたまま彼を見ていると、その視線に気づいたクリスが景気良く舌打ちする。一見王子みたいな見目なのに、随分と柄が悪い。

そんなクリスの凶器にもなり得る視線を真っ向から受け止めたサダルメリクは、低く唸るような声を上げる。


「俺はっ・・・俺には、どうしても輝弥ちゃんが必要だった。だから、俺は呼んだんだ」

「何をさせるために?魔王なんて碌な職業じゃないだろう?目的は世界征服か?勇者の抹殺?人間の支配?それとも自国を豊かにするため?生贄にでもするつもりだったのか?いずれにせよ、四天王まで選ばせるなら安全な『何か』をさせるために呼んだと思えない。お前が出来ない『何か』をさせるためにお姉さまを呼んだのなら、そんなのは僕は許さない。お姉さまが傷つくのを、僕は許容できない」


きっぱりとした宣言は、怒鳴り声ではなく淡々としたものだったからこそ胸に響いた。クリスは輝弥以外には一人の例外を除き、とんでもなく高飛車で傲慢だ。けれど輝弥に対しては、主を護る番犬の如く忠実でもある。

静かに焔を纏う彼の頭を撫で、輝弥は眉を八の字にした。

本来の彼の怒りは輝弥にこそ向けるべきものだと思う。輝弥は確かに何も知らなかったが、浅慮な行動を起こし異世界への召喚の手続きを済ませたもの輝弥だ。クリスと太郎は巻き込まれただけで、本当の意味で被害者だ。今まで輝弥の所為で様々なトラブルに巻き込んできたが、今回のこれは間違いなくトップだと思う。なのに彼は輝弥を怒るのではなく、輝弥を守ろうとする。それがとても申し訳なく心苦しい。

あまり表筋が発達していないのか、表情が動かない輝弥の僅かな変化はわかりにくいとよく言われるが、すかさず隣から大きな掌が伸びてきて頭を撫でる。心地よい触れ方に目を細めると、低い声で幼馴染が笑ったのが聞こえた。

彼は輝弥の感情の機微に彼女以上に聡い。主の機嫌を悟る猫のように、慰めを与えてくれる。輝弥の心が落ち着くと、手を離した太郎が言葉を発した。


「それなら、何故あなたは輝弥を呼んだんですか?」

何故(・・)!?何故(・・)と君が言うのか」

「ええ、言いますよ」


怒りを含んだ声は、太郎に向かっている。大方自分たちより先に目覚めていた太郎には理由を話していたのだろう。

あまり会話しているように見えないのに、太郎への怒気がクリスに向かっていたものより余程酷く感じ、背筋を寒いものが走った。


「理由など、一つだ。五百年前から、ずっとね。───世界征服?そんなものは興味ない。どこかの野心ある存在が勝手にやりたければやればいい。勇者の抹殺?神すら恐れぬ存在が、勇者如きを懼れるはずがない。そんなもの目の前で自分で縊り殺す。人間の支配?何故そんな面倒なことをしなければならない?人は短命だが欲望が高い。誰かのものを奪い、それを当然とする。そんな種族いらない。自国を豊かにする?そんなものは自国の民が自分でする。俺の民は努力が出来るものばかりだ。生贄にする?誰のための生贄にするんだ?何故彼女を誰かに捧げなくてはならない。彼女こそが、俺の唯一の望みを叶えられるのに」


一息に告げたサダルメリクは、怒りに紅潮した顔を隠すことすらしない。真剣な眼差しは輝弥だけを映し、同時に何かを懇願するようでもあった。

その顔を見て、何故か泣いてしまうのではないか、と戦慄が走る。自分よりも優に何百歳も年上で男で身長も高く精悍な顔つきに立派な体格をしたこの人は、どうみても怒っている。なのにどうしてか今にも崩れ去ってしまうのではないかと思える脆さがあった。

思わず伸ばそうとした手は、隣に居た人により阻止される。それは普段輝弥が他人に関わるのを酷く嫌うクリスではなく、絶えず笑顔を浮かべて何事も許容する太郎で、掴まれた力の遠慮のなさに瞬きした。

だが彼の態度に疑問をぶつけるよりも、目の前のサダルメリクが行動する方が早かった。


「俺の望みは一つだけだ。ただ、会いたい。姉さんに、会いたいんだ」

「・・・お前」

「この世界には居られないと、消えた姉さんの顔を今でも覚えてる。忘れて幸せになれと言われたけれど、それはどうしたって無理だ。俺は、姉さんがいないと幸せになんてなれない。姉さんが俺の幸せなんだ。───会いたい。ただ、会いたいんだ」


真摯な響きは偽りの欠片もない。苦しげに吐き出された声には恋情が色濃く混じり、露にされた想いの強さに顔が赤くなった。

赤い瞳は涙一つ滲んでいない。けれど、泣いている。

きっと彼は泣けないのだ。泣かないのではなく、泣けないのだろう。

それが身体的理由か精神的な理由か判らなかったけれど、直感に似た判断は間違ってないと確信する。

胸の奥が痛くなった。まるで心臓を鷲掴みにされたような激しい痛みに上半身を折ると、慌てたようにクリスが支えてくれた。

気がつけば涙が頬を伝っている。想いの強さに当てられたのだろう。例え姉弟であったとしても、この想いの強さは本物で、彼の抱く思慕も本物だ。


「私が居れば、あなたはお姉さんに会えますか?」

「───ああ。他の誰かでもない、あなたが居れば、絶対に俺は姉さんに会える。・・・頼む、何だってする。衣食住も全て保障するし、危険からは護る。この命が欲しいのなら、姉さんに会えた後なら捧げたっていい。だから、頼むから・・・俺を、姉さんに会わせてくれ」


吐露された言葉に引き込まれるように、顎が引かれる。

けれどこれだけで頷くのは許されない。

輝弥は保証がなければ行動できない。───この場に居るのは、自分だけではなかったから。


「お姉さんに会えたら、私の望む元の(・・・・・・)世界に戻して(・・・・・・)もらえますか(・・・・・・)?」

「約束しよう」

「判りました」

「姉さま!?」

「───元の世界に戻りたいでしょう、クリス?」

「でもっ!?」

「いいじゃない、クリス。輝弥がいいって言ってるんだからさ。俺たちも付き合っていいんでしょ、勿論」

「お願いできる?」

「当然。クリスはどうする?」

「お姉さまが残るなら、僕も残るに決まってるだろ!───いいですか、お姉さま。絶対に危険なことはしないと約束してくださいね!」


可愛らしい顔に深い眉間の皺を刻んだクリスに、ありがとう、と囁く。仕方ないですと苦笑した彼は、優しく輝弥の頬を撫ぜた。

ごめんね、と囁くと幼馴染はトラブルはいつものことだと笑う。二人が居るだけで心は守られ、傷つけられることはないだろう。

甘えていると十分理解しているが、彼らが残ってくれて心底安心した。


「・・・ありがとう」


搾り出すように礼を告げる彼に、輝弥は少しだけ微笑んだ。


「あなたは、従者で決定ですから」


白く華奢な手にはいつの間にかはがきとペンが握られ、サダルメリクの心からの笑みはあっという間に引きつった。

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