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95話:皆様の役に立っているのならば、わたくしも誇らしいですわ!

 グレインが現場に戻ってからしばらく経った。ツーインの残していった不穏な余韻は拭いきれないままだったが、一先ずは自警団及びシンセ社が対応にあたることとなった。そんな折、レタリアたちは管理局からある「見学」の誘いを受けた。


 セルディア宇宙自治区の最上層、厳重なセキュリティで守られた極秘エリアの一角に、レタリアたちの姿があった。

 案内人は、セルディア管理局で物資管理や調整を担当している高官、マーティン・ブレインである。


「まあ……! こんなにたくさん……!」


 自動扉が開いた先に広がっていたのは、柔らかな人工光に照らされた広大なバイオ農場だった。そしてその一面を埋め尽くしていたのは、かつてレタリアが管理局へと提供した、あのかけがえのない「フルーア」の花々だった。瑞々しい緑の葉の間から、懐かしい色彩が誇らしげに顔を覗かせている。


「この植物の生命力は非常に強いね。人工環境のこの地においても、ここまで力強く育ってくれたよ」


 マーティンが優しく目を細めながら、誇らしげに語った。

 この植物が異世界からもたらされたものであることは、栽培が成功した後に判明した事実だった。地球はおろか、既知のどの星系にも存在しない特殊なDNAを持つこの植物は、今なお管理局の最高機密として扱われている。


「俺も、この植物を応用した医療技術で治療を受けたと聞いています」


 包帯の取れた身体を軽く動かしながら、グレインが言った。まだ病み上がりではあるものの、その足取りは以前よりずっと確かなものになっている。


「ああ。君の治療効率は、通常のナノマシン単体での治療に比べて18%も向上したそうだ。他にも、この花は軟膏に加工しても細胞の再生能力を劇的に高めるし、非常に栄養価も高いというデータが出ている」


「ですが、まだ本格的な検証段階ですからね。一先ずは最も安全性が確認された、医療用ナノマシンの効率を高めるアプローチにのみ実用化した形です」


 ミレアが手元の端末で栽培データをチェックしながら、冷静に付け加えた。マーティンも「その通りだ」と深く頷く。

 専門的な数値や医療技術の仕組みは、レタリアには少し難しかった。しかし、自分の持ち込んだものが、大切な仲間たちの役に立っているということだけははっきりと理解できた。


「難しいことはよく分かりませんけれど、フルーアの花が皆様の役に立っているのならば、わたくしも誇らしいですわ! きっと、故郷でこの種を託してくれたキアラも喜んでいますわね」


 レタリアは嬉しそうに胸を張り、小さく微笑んだ。愛されたかっただけの孤独な令嬢だった自分を、ずっと信じて支えてくれていた侍女の顔が思い浮かぶ。彼女の祈りは、こうして遠い星の海でも誰かを救う力になっていた。


 愛おしそうに花々を見つめていたレタリアだったが、ふと、ある違和感に気づいて首を傾げた。


「……ところで、おかしなことですわね。蝶や虫たちの姿が全く見当たりませんわ?」


 彼女がかつていた世界では、花が咲く場所には当然のように羽虫が舞い、蜜を吸う蝶が集まっていた。しかし、この広大な農場には、驚くほど静謐な空気が流れている。


「ここは完全に無菌室だ。受粉から栄養管理まで、すべて機械による人の手でのみ管理されているからね。元の世界を知る君にとっては、少し寂しい光景かもしれない」


 マーティンがすまなそうに苦笑する。


「私たちにとってはね、虫という不確定要素によって植物が育つ光景の方が、おとぎ話のようで珍しいものなんだよ」


「そうなのですわね……。言われてみれば、虫に葉を食い荒らされる心配がないのは羨ましい限りですわ。寂しくないと言えば嘘になりますが、この子たちがこうして元気に育っているのならば良い事ですわ!」


 ふふ、と笑いながら割り切ってみせるレタリアの様子に、ミレアとグレインは顔を見合わせ、自然と笑みをこぼした。環境の違いに戸惑うことはあっても、それをすぐに受け入れて前を向く彼女の強さは、やはり見ていて気持ちが良い。


「現在、このフルーアの栽培はここを含めて複数の極秘拠点で行っている。この世界においては、これだけの数しか存在しない『非常に貴重』な植物だからね。慎重に、かつ確実に数を増やしているところだ」


 レタリアの元居た世界では決して珍しくはない普遍的な植物だが、この世界では僅かにしか存在しないという状況は、レタリアにとってどこか現実感を伴わない感覚を抱かせた。


「いずれは医療現場だけでなく、一般の市場にも広く流通するまでに研究を進めていきたいと思っていますわ。私たちシンセ社と、管理局の強力なバックアップがあれば、そう遠くないうちに達成できると確信しています」


 ミレアが未来を見据えた目で言うと、マーティンは頼もしそうに微笑みを深くした。


「こちらこそ、大いに期待しているよ。シンセ社の優秀な技術者と、そして素晴らしい花を届けてくれた『お嬢様』のためにも、管理局は全力を尽くすことを約束しよう」

ここまでお読み頂きありがとうございます!

楽しんで頂けたらなら、星を頂けたら更なるモチベーションアップにつながりますわ!

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