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69話:いいえ、勝てばよろしいのですわ!

 シミュレーターのハッチが同時に開き、中から二人のパイロットが姿を現した。

 イーサンは驚くほど平然とした様子で、一切の息の乱れもなく、疲労の欠片すら感じさせない。対照的に、レタリアは汗だくになり、ポニーテールにした髪をぐっしょりと濡らしていた。


 それでも、彼女の瞳は勝利の歓喜に輝いていた。

「ふふ、ふふふふ……! ご覧になりまして!? わたくしが、あのイーサン様を正式に下しましたわ! これでわたくしが、名実ともにセルディアで最――」

「いや待てお嬢様! 最後に使ったあの武器、イチノセ博士からのプレゼントだろ? ちょっと卑怯じゃないか!?」


 勝ち誇ろうとしたレタリアの言葉を、一人の団員が遮った。夕食のデザートを賭けていたイーサン派の面々が、この裁定に一斉に異議を唱え始めたのだ。


「えっ、何を仰いますの!? あれはミレアがアーデンに託してくれた、わたくしの刃ですわよ!」


「だってあれ、博士がわざわざ他所の部署から取り寄せた秘密兵器なんだろ? レストフルを壊した武器だとしても、初見殺しがすぎるって!」


「いいえ、勝てばよろしいのですわ!」


 レタリアが必死に抗議するが、訓練施設内はやんややんやと大騒ぎになり、レタリア勝利派と無効派に分かれて激しい議論が巻き起こる。


「レタリアさんは実力で勝ったんです! 避けたのだって凄かったじゃないですか!」

 ステシアが全力で擁護すれば、ヘルタも加勢する。


「そうだよ、使ったもん勝ちじゃん! 負け惜しみはださいよ、ラジェル先輩!」


「うるせえヘルタ! あんな超出力のブレード、反則判定に決まってんだろ!」


 ラジェルが反論し、アランドも「そうそう、あれさえなけりゃ曹長が捌き切ってたって!」とヤジを飛ばす。


 賑やかな言い合いがヒートアップする中、不意に、当事者であるイーサンが口を開いた。


「――いや、与えられた兵装を十全に使いこなすのは、パイロットとして当然のことだ。俺の負けだよ、お嬢様の勝ちだ」


 トップの実力者であるイーサン直々の言葉に、ラジェルたちも「曹長がそう言うなら……」と、ぐうの音も出ずに納得するしかなかった。


 すかさずヘルタがラジェルを突きにいく。

「ほーら見ろー! ラジェル先輩、予想もザコいのに言い訳までして、本当にだっさー!」

「んだとコラァ! お前、調子に乗ってっと次の模擬戦でボコるからな!」

 悔し紛れに怒るラジェルと、それをケラケラと笑うヘルタ。


 そんな騒ぎの中、ステシアがふと思い出したように、嬉しそうに胸を張って声を上げた。


「あ、プレゼントと言えば! 私、近々新型の機体が来るって教えてもらったんです! やっぱり、私の隠された実力にシンセ社やイチノセ博士、それに隊長もお墨付きをくれたんですね~!」


 その言葉に、周囲の団員たちが一瞬で静まり返り、次の瞬間には「はぁ!?」「なんでステシアなんだよ!」「俺たちのルードはそのままなのに!」と、再び大揉めに揉め始めた。


(……言わない方が良いですわね……)

 レタリアは心の中で小さく思った。彼女はミレアから、次世代汎用モデル『ラスタ』のプロトタイプが自警団に一機だけ導入されること、そしてそれが「ごく平均的で普通の腕前」のステシアだからこそ、実用データ収集のために託されたのだという真相を知っていた。


 同じく事情を知るイーサンが、困ったように苦笑しながらレタリアと視線を合わせる。二人は騒ぎ立てる団員たちと、何も知らずに無邪気にはしゃぐステシアの様子を、どこか温かい目で見守るのだった。

 

 

 ◆◆◆

 

「ふぅ……すっきりしましたわ」


 シミュレーターでかいた心地よい汗をシャワーで洗い流し、レタリアは自室のベッドに腰掛けていた。

 カジュアルな私服から、ゆったりとした部屋着に着替えた彼女の目の前には、セルディアのローカルニュースがホログラムで淡く映し出されている。


 居住区のライブ映像に目を向ければ、どんよりとした雲から細い雨糸が降り注いでいた。本日は雨。この人工天体のドーム内においては、比較的珍しい天気だ。


 本来、管理された人工天気なのだから、人間にとって過ごしづらい雨や風の強い日はあまり設定されない。しかし、あえて時折こうして悪天候を挟むことで、季節の移り変わりや、人としての生活のリズム、ひいては精神的な健全性を生み出すという考え方がある――以前、ミレアがそんな風に専門的な理論を語っていた。

 最初は「天気を人が操るなど、神をも恐れぬ所業ですわ」と概念すら理解できなかったレタリアだったが、今ではすっかり「そういうもの」として、この世界の日常を受け入れている。


 ニュースの音をBGM代わりに聞きながら、レタリアはふっと唇を吊り上げた。


「ふふっ。イーサン様に勝ったこと、グレインに言ったらどういう反応をしますかしら。今から楽しみですわね」


 あの生真面目な隊長は、対イーサンの戦績がすこぶる悪い。自慢げに報告してやれば、きっとベッドの上で悔しそうに、けれど苦笑いを浮かべるに違いない。そんな微笑ましい意地悪を企んでいると、不意に、部屋の入り口から来客を告げるインターホンが鳴った。


「あら、どなたかしら? こんな時間に……」


 ベッドから立ち上がり、レタリアが怪訝に思いながら扉を開く。すると、そこには珍しく白衣ではなく私服のミレアの姿があった。


「少しだけいいかしら?」


 いつもならラボに堂々と呼び出し不遜な(レタリアにはそう見える)態度をとる彼女が、珍しく少しだけ遠慮がちに、視線を泳がせながら言う。


「あら、ミレア。あなたがわたくしの部屋に自ら足を運ぶなんて、珍しいこともあるものですわね」


 レタリアは驚きつつも、どこか嬉しそうに微笑んでミレアを部屋へと招き入れた。

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