6話:えいゆう……ってなんですのー!?
激しい戦闘の余韻が残る宙域。
帰投指示の通信に従い、アーデンがゆっくりと格納庫へ向かう。
(……どうやって戻るのでしたっけ)
宇宙空間での方向感覚など持ち合わせていないレタリアが、おぼつかない操作で進むアーデン。
その横に、グレイン機が静かに並んだ。
『誘導する。ついてきてくれ』通信越しに聞こえる声に、レタリアは短く答える。
「……ありがとうございますわ」
それは、彼女がこの世界に来て初めて見せた、素直な感謝の言葉だった。
無事に格納庫へ着艦した後、コックピットから降りてきたレタリアを見て、グレインは内心で確信した。
(……あれだけの戦闘ができて、着地ができない。間違いなく素人だ)
グレインの視線が、レタリアの服装に止まる。
(……パイロットスーツも無しに、トレースモードで、しかも私服で……)
あれだけの無茶苦茶な機動を、何の防護装備もなくやってのけたという事実に、目眩すら覚える。
「……呆れた奴だ」
小さく呟いたが、その声に責める色はなかった。
レタリアの背後から、自警団員たちの声が聞こえてきた。
口々にレタリアを褒めたたえながら、残務処理へと移っていく。
彼らを見送るレタリア、そして
「お姫様」
背後からの声に、レタリアはビクッと振り返った。
少し声を低くしたミレアが、腕を組んでそこに立っていた。
「わ、わたくしはお姫様ではありませんわよ……」
強大な敵には一切怯まないレタリアだが、この白衣の女の静かな圧には弱かった。
◆◆◆
場面は変わり、自警団の休憩室。
「あなた、死ぬ気だったの?」
ミレアの厳しい声が響く。
「あれだけ殴る蹴るしたんだから機体もボロボロになってるわよ。旧型機だからそこは良いけれど……」
レタリアは反論せず、ただ黙って俯いていた。
何も言わなかった。
帰投したときのアーデンの腕と足が激しく破損していたことを、思い出していたからだ。
(……アーデン、ごめんなさいですわ……)
「それくらいにしてやれ」
見かねたグレインが、助け舟を出すように口を開いた。
「彼女はセルディアの多くの市民を救ったんだ。英雄を休ませてやれ」
「……やれやれ」
ミレアが小さく息を吐く。
(……英雄、わたくしが?)
予想外の言葉に、レタリアは目を丸くした。
ミレアは改めて、真剣な眼差しでレタリアの方を向いた。
「あなたは特別よ。とてつもなくね。だからこそ、もっと自分を大切にしなさい」
レタリアは、少し戸惑った。
(……本当に、心配されていますのね……)
彼女は小さく、頷いた。
「狭い部屋で申し訳ないけど、お部屋で休んでいて」
◆◆◆
自室へと続く無機質な廊下を一人で歩きながら、レタリアは思った。
勢いで飛び出して、無茶苦茶に暴れた。怒られた。
でも――グレインの「英雄」という言葉が、耳に残っていた。
自警団員たちの労いの声が、胸の奥に残っていた。
(……わたくしは、何かを……取り戻したような気がしますわ)
何を、とは言えない。ただ、ずっと灰色だった何かに、少しだけ色がついたような気がした。
そして――ボロボロになったアーデンの腕が、脳裏に浮かんだ。
ミレアの、心配そうな顔が浮かんだ。
(……)
その瞬間、ある顔が、一瞬だけよぎった。
元の世界で私の従者だったキアラの、悲しそうな顔だった。
(……)
レタリアは、立ち止まらなかった。
ただ、少しだけ、足が遅くなった。
◆◆◆
レタリアが去った後。
残されたグレインとミレアの間に、静かな会話が交わされていた。
「検査したんだろう。どうだった?」
グレインの問いに、ミレアは手元の端末を見つめながら答える。
「……見た目は人間そのものよ。でも中身は、別の生き物かもしれない」
「……どういうことだ」
「体組織の構成は、人間と同じ部分も多い。でも未知の物質が混じっている。
頑強さは……強化外骨格を付けた人間並みにあるわ」
「……だから、あの無茶苦茶な動きをトレースモードで、しかも私服で行えてたのか」
「そういうこと」
グレインは腕を組み、難しそうな顔をした。
「そもそもあの機体……エスカド社のクラフィドだろ?
アレはあんな鋭い機体じゃないぞ。
あの機動力、マニュアルでも使い物にならん。どうして乗りこなせる」
「それは私にも分からない。エスカド社はとっくに無くなってるし、記録も少ない。
どこかの物好きがカスタムしたのかもしれないけれど……」
ミレアはそこで言葉を区切り、真剣なトーンで続けた。
「でも問題はそこじゃないわ」
「頑強さ以外にも、もう一つ異常があった」
「何だ」
「脳波よ。あの子の脳波には、明らかに人間の出さない未知のパターンが出ている。
既知のいかなるデータベースとも一致しない」
「……なんだそれは、本物のエスパーか?それとも魔法だとでも?」
それを口にする事すらバカバカしい話だとグレインは感じていた。
だが、レタリアは目の前でそれを見せたのだ。
「強化人間、あるいは実験体……その可能性が高いわね」
しばらく、沈黙があった。
「……彼女は、これからどうなる」
グレインの問いかけに、ミレアは静かに首を振る。
「それは、彼女が決めることよ」
グレインは窓の外を見た。
広大な宇宙空間に浮かぶ、セルディアの居住区の灯りが、静かに広がっていた。




