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4話:なーにがコスプレよー!

「結局……保留にしてしまいましたわ……」

 誰もいない無機質な通路。備え付けの椅子に腰かけながら、レタリアは小さくため息をついて呟いた。


 少し前の出来事が、頭の中を巡っている。

『データ取り、手伝ってくれないかしら? あなたの体のことを、もっと調べさせてほしいの』


 白衣の女、ミレアからの突然の提案だった。


(……悪い話ではないのですけれど)

(あの女、何を考えているのか今ひとつ読めませんわ……)


 衣食住の保証と引き換えに、自分の体を差し出すようなものだ。


 悪役令嬢としての打算は「乗るべき」と告げていたが、安易に首を縦に振るには、

 ミレアの飄々とした態度がどうにも引っかかっていた。


(……そういえば、わたくしの服も持っていかれましたわね……)


 ふと自分の身なりを見下ろす。


 検査のために脱がされた、元の世界で着ていたあの豪奢なドレス。


『汗とか色々ついてるでしょ、キレイにしてあげる』


 ミレアはそう言って、有無を言わさず持っていってしまったのだ。


(……去り際に、小声で「興味深い」とか言っていた気がしましたわね……まさか切り刻んでいないでしょうね……)


 代わりに渡されたのは、この世界ではごく一般的なのだという衣服だった。


 薄手の上着に、動きやすいスカート。

 手触りは絹でも麻でもなく、今まで触れたことのない不思議な質感をしている。


 慣れない服装だが、不思議と不快感はない。


(……まあ、悪くはありませんわ)


 出された妙に美味しい食事と同様、この環境にも少しずつ馴染んでしまっている自分がいる。


 レタリアは顔を上げ、ふと壁の一部に目を向けた。


 そこには、壁面全体を使って巨大なホログラムが投影されていた。

 この空間に投影される動く絵は、今見ても分からない事しかない。


 元居た世界でこんな魔法は見たことが無かった。

 魔法を学んでいた頃の教師でさえ、こんな術は使えなかった。


 ぼんやり考えていると、映し出されているのは、見たこともない風景。


 無機質な金属の構造物が複雑に絡み合い、その合間を縫うように緑が幾重にも重なった多層構造の空間が広がっている。


 空中を縫って行き交う光の帯。

 そして、その中を忙しなく歩く、様々な服装をした人々の姿。

(……これが、このセルディアの『街』……?)

(……わたくしの知る街とは、全く違いますわ)


 元の世界の、石造りの街並みや華やかな王都の風景とは何から何まで異なる 。


 冷たく見えるのに、どこか活気がある。


 じっと見つめているうちに、レタリアの胸の奥で、ほんの小さな感情が芽生えた。

(……でも)

(……少し、だけ)


「……面白そうですわね」


 ぽつりと、思わず口から零れていた 。


 追放され、見知らぬ場所に放り出されてからずっと張り詰めていた心が、ほんの一瞬だけ緩んだ瞬間だった。

 だが、その静寂は唐突に切り裂かれた。


 ◆◆◆


 ビーーッ! ビーーッ!


「なっ……!?」

 その瞬間――館内にけたたましい警報が鳴り響いた 。


 赤い光が明滅し、冷たい機械音声が通路に響き渡る。


【緊急警報:外部より武装勢力接近。全員待機区画へ移動せよ】


 レタリアは弾かれたように椅子から立ち上がった。


(……何ですの!?)


 事態は急を要していた。


 先日の戦闘で壊滅したと思われていた宇宙海賊・ブラング団の残党が、

 周辺のならずレイダーたちをかき集め、数の暴力を頼りに再びこのセルディア居住区へ襲撃を仕掛けてきたのだ。


 練度で勝るセルディア自警団とはいえ、圧倒的な数的優位を作られれば対応は困難を極める。


 グレイン隊長はすでに自機を駆って出撃し、防衛戦を展開していたが、戦況は逼迫しつつあった。

 しかし、そんな戦況などレタリアには知る由もない。


(待機区画……どこですの!?)


 けたたましい警報に急かされるように、レタリアは無我夢中で走り出した。


 右に走る。全く見覚えのない、金属の壁が続く知らない廊下 。


 左に走る。またしても、同じような知らない廊下。


(この場所、まだ全然分かりませんわ……!)


 完全に道に迷っていた。


 息を切らしながら角を曲がり、そして――不意に、目の前の空間が開けた。


 ◆◆◆


(……あら)


 見覚えのある空間だった 。


 広大な格納庫。


 そこに、整備用のハンガーに固定されたまま、あの巨大な機械人形――マキナが静かに佇んでいた。


 偶然辿り着いたその場所で、レタリアは機体を見上げた。

 先日の初陣が脳裏をよぎった。自分を弾避けにした連中の顔も。

「……このあいだの不埒者たちね」

 状況を正確に把握したわけではないが、彼女は直感した。


 再び攻めてきたのは、あの下品な連中だと。


「わたくしの安らぎを奪うなんて……万死に値しますわ!」


 命じられたわけでも、誰かを守るという崇高な使命感があるわけでもない。


 ただただ、ようやく得られそうだった休息を邪魔されたことに対する、純粋な怒りだった 。

 レタリアは機体の脚部を見つめながら、勝手に思いを馳せる。


(……この子も、あいつらをぶっ飛ばしたがってるのですわ!)


 勝手にレタリアがそう思っているだけだが、彼女の信じる事こそが真実なのだ。


 迷いなく機体へ近づこうとしたその時、格納庫のスピーカーから鋭い声が響いた。


「レタリア、無茶よ。戻りなさい」

 監視カメラ越しに見ているのだろう、ミレアの声だった。



「自警団に任せるの。あなたが出る必要はないわ」

 普段の飄々とした態度は鳴りを潜め、真剣な制止の声が響く。

「それに……その機体、旧型マキナの『アーデン』は特に危険なのよ」


 搭乗者の負荷を一切考慮していない、あの狂ったような機動力。


 専門家であるミレアだからこそ、その危険性を痛感していた。



 だが、コックピットのハッチに手をかけていたレタリアは、ふと動きを止めた。

「……アーデン?」


 機体を見つめ直す。


「この子は、アーデンって言いますのね」


 危険だという警告など、彼女の耳には入っていなかった。

「……気に入りましたわ!」


 レタリアは滑り込むようにコックピットへ乗り込み、即座にハッチが閉ざされた。


「……聞いてた?」


 コントロールルームでモニターを見ていたミレアは、呆れたように額に手を当てた。


「……とんだじゃじゃ馬ね」


 小さく呟いた彼女の顔には、困惑の中に微かな呆れと……ほんの少しの笑みが混じっていたかもしれない。


 ミレアはすぐに手元の通信機を手に取った。


「自警団に伝えておかなきゃ……」


 ◆◆◆


 カタパルトから射出される強烈なG。


 常人なら意識を失うほどの加速を、レタリアはねじ伏せ、眼前に広がる星の海へと飛び出した。

 アーデンが格納庫を飛び出したその直後―― 目の前の宇宙空間に、見覚えのある武骨な機体が一機、姿を現した。

 同時に、コックピット内に通信のノイズが走る。

 MTIが起動し、敵の通信を自動的に翻訳して耳に届けるのだ。


『……あのコスプレ女! また来やがった!』

 ブラング団残党の、焦りと苛立ちの混じった声だった。


 その言葉を聞いた瞬間。


 レタリアの整った眉が、ぴくりと跳ね上がった。


 怒りがこみ上げてくる、彼女は執念深いのだ。

「……なーにがコスプレよー!」


 怒髪天を衝く勢いで、レタリアは操縦桿を力任せに押し込んだ。


「知らない言葉を使ってんじゃないですわよー!!」


 アーデンの背部スラスターが爆発的に火を噴く。


 射撃武器の使い方など、まだ碌に分かっていない。


 だからこそ、彼女の取る行動は極めてシンプルだった。ブーストをふかしての、超高速の突撃。


 そして、機体の質量を乗せた、真正面からの渾身の飛び蹴りである。


 ガゴォォォォンッ!!凄まじい衝撃音が響き渡る。


『ぎゃあぁぁぁっ!?』

 情けない悲鳴と共に、残党の機体は為す術もなく彼方へとすっ飛んでいき、やがて小さな爆発の光となって消えた。


 それを確認したレタリアは、フンッと鼻を鳴らし、再び広大な宇宙へと視線を巡らせた。

 恐怖も、戸惑いもない。あるのは、安らぎを邪魔されたことへの怒りと、不思議なほどの高揚感だけだった。


「さあ、次はどいつですの!?」


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