2話:ここはなんですのー?しみゅれーたーってなんですのー!?
◆◆◆
(……ここは……?)
重たいまぶたをゆっくりと持ち上げる。
体がまだ、自分のものではないように重く、わずかに浮いているような違和感が残っていた。
見慣れない天井が視界に広がった。
石造りでも木造でもない。
つるりとした金属のような、しかし冷たすぎない不思議な素材。
寝具もふかふかしているのに、どこか均質で、まるで魔法で複製された布のようだった。
「……ここは……どこだったかしら……」
ぼんやりとした意識が目覚め始め、昨日の出来事が脳裏に蘇る。
追放、夜空の中、戦闘、機械人形、そして――
(……わたくし、本当に生きているのかしら)
ぼんやりと身を起こすと、部屋の隅に置かれた小さな台の上に、食事らしきものが置かれていた。
「……なんですの、これは」
見たことのない形の器。
見たことのない色のスープ。
見たことのない……四角いパンのようなもの。
(なんだか、囚人みたいですわね……)
食卓も使用人もない、ただ目の前に置かれた食事。
しかし、ふわりと漂ってくる香りは、驚くほど食欲をそそった。
「……良い匂いがしますわね……」
恐る恐るスプーンを口に運ぶ。
――普通においしい。
「……悪くは、ありませんわ」
強がりながらも、思わず二口、三口と進んでしまう。
貴族として高級料理に慣れていたレタリアでも、これは素直に認めざるを得なかった。
(……でも、どこか……均質ですわね。いえ、何か違いますわ)
味は悪くない。むしろ良い。
だが、どこか“整いすぎている”のだ。
「……まあ、毒ではなさそうですわね」
食事を終え、部屋を出ようと扉に手を伸ばした――その瞬間。
シュッ。
音もなく、扉が横にスライドした。
「……っ!? な、何ですの!? 扉が勝手に……!?」
魔法でも、ゴーレムでもない。
ただの扉が、自分の意思で動いたようにしか見えなかった。
(……ここは、やっぱりおかしいですわ……!)
◆◆◆
廊下に出ると、そこはさらに異質だった。
金属の壁。
均質な光を放つ照明。
どこまでも続く無機質な通路。
(……牢獄ではありませんわよね?)
不安が胸をよぎる。
昨日は「保護する」と言われたが、この荘厳ながらも無機質な空間に圧力を感じた。
そんな中、ふと視界の端に柔らかな色が映った。
「……植物……?」
廊下の端に、小さな鉢植えが置かれていた。
金属と機械だけの空間に、それだけが場違いなほど柔らかく見える。
レタリアは、気づけば足を止めていた。
(……わたくしの世界にも、こういう緑がありましたわね……)
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
その時――
「おはよう」
背後から声がした。
振り返ると、昨日の青年――セルディア自警団隊長、グレインが立っていた。
「翻訳機は付けている…ようだね。
昨日は大変だったな。体調はどうだ?」
「……まあ、なんとか。あの……ここはどこなのですの?」
「セルディアの隔離スペースだ。身元が分からない者を一時的に保護する場所だよ」
(……逃げ場のない場所に、閉じ込められている……そういうことですのね)
グレインは続けた。
「昨日の戦闘について、確認したいことがある。
あの機体に、もう一度乗ってみてもらえないか」
「……あの機械人形に、ですの?」
「本物じゃない。シミュレーターだ」
「……しみゅれーたー?」
聞き慣れない単語に、レタリアは首を傾げた。
「模擬戦闘の訓練装置だよ。実際の機体と同じ感覚で操縦できる」
「……つまり、あの機械人形ごっこをすればよいのですわね?」
「……まあ、そういうことだ」
「ちなみに……今日のこの、しみゅれーたー?は痛くないのですわよね?
昨日はあちこち体をぶつけて、とても痛かったのですけれど」
「……ああ、痛くない。安全だ」
(……戦闘用マキナのトレースモードで痛いで済むハズがないんだがな……)
グレインの内心の疑問は、レタリアには届かない。
◆◆◆
シミュレーター室は、さらに異質だった。
ずらりと並ぶコックピットのような装置。
壁には光るパネル。
床には見たことのないラインが走っている。
「……ここは……本当に訓練場なのですの?」
「そうだ。あの装置に乗ってくれ」
レタリアは恐る恐る乗り込む。
(……昨日のように暴れたりしませんわよね……?)
装置が静かに起動し、視界が仮想空間に切り替わる。
「では、始めるぞ」
◆◆◆
視界が切り替わる瞬間、足元が消えたような感覚に襲われる。
「なっ……!? 落ちますわよこれ!?」
最初は、何が何だか分からなかった。
「ちょ、ちょっと!? また動きますの!? わたくし何もしていませんわよ!!」
しかし――
(……来る……!)
直感が脳を貫いた瞬間、レタリアの身体は自然と動いていた。
敵の攻撃を、紙一重で回避する。
標準機のトレースモードが、レタリアの動きに合わせて補助をかける。
「え、ええと……こう、ですの?」
ぎこちないはずなのに、動きは鋭い。
本人は半分も理解していないのに、スコアはどんどん上がっていく。
目の前の空間から飛来する光の矢、それを感覚だけで躱していく。
そして――
「終了だ」
視界が元に戻る。
レタリアは肩で息をしながら振り返った。
「……どうでしたの?」
グレインは、表示されたスコアを見て固まっていた。
「……これは」
「な、何かしましたの?」
「……エースクラスだ。正規軍でもそう見ることが無いものだ」
「……えーす? 要するに、凄いということかしら?」
「……そう、だな。すごい、ということだ」
レタリアは首を傾げた。
「そんな大したことはしていませんわ。
何か感じたら体をこう、バッと動かすだけですもの」
身振り手振りでグレインに動きを見せるレタリア。
どこか得意げに見えなくもないその動きをグレインは眺める。
「……」
(……被弾判定無し、超人か、エスパーか。いずれにしても、規格外だ)
(攻撃は一切しなかった。乗り方自体を知らないのか……?)
グレインは、思わずスコアを記録してしまった。
その瞬間――
シュッ。
扉が開いた。
「良いわね、凄く良い」
シミュレータールームに違う香りの空気が運びこまれた。
グレインが顔を上げる。
「イチノセ女史……なぜここに」
入ってきたのは、白衣のような服を着た女性だった。
鋭い目つきだが、どこか楽しげでもある。
「昨日の戦闘データ、ずっと見てたから。
このスコアが出た瞬間に分かったわ」
彼女の視線が、レタリアへと向く。
「あなたが、あの旧型機を動かした子ね」
レタリアは思わず背筋を伸ばした。
「……何ですの、あなたは」
女性は微笑んだ。
「ミレア・イチノセ。『シンセ・フィブラ社』兵器開発主任よ。
あなたのこと、少し調べさせてもらうわね」
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