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20話:わたくしの輝かしい伝説が始まった場所ですわね!

「管理局のオフィス……? いつもの部屋ではなくて?」


 ミレアからの呼び出しに応じ、レタリア・アーデニアムが向かったのは、居住区の心臓部に位置するセルディア管理局の一角だった。

 装いは普段行動している自警団やシンセ・フィブラの区画とは違い、多少彩の付いた整然とした通路を進んだ。


 自動ドアが滑らかに開くと、そこには端末を操作しているミレアと、見慣れぬ一人の男性が立っていた。白髪の短髪を綺麗に整え、体に馴染んだ管理局の制服を着こなした壮年の男性。

 身長は175cmほどだろうか、どこか油断のない立ち振る舞いをしている。


「君がレタリアさんだね。話は聞いているよ。私はマーティン・ブレイン。この管理局で、物資管理や調整を担当している」


「マーティン、様。ですのね。わたくしはレタリア・アーデニアムですわ」


 レタリアはマーティンの装いから身分の高い人物であることを感じ取った。


(貴族の方かしら?)


 片足を後ろに引いて膝を軽く曲げ、カーテシーを行う。


「それで、わたくしをこんな堅苦しい場所へ呼んだ理由は何かしら?」


 マーティンは柔和な笑みを浮かべ、デスクに映し出されたホログラムを指し示した。


「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。今日は君に、一つ大きな礼を言いに来たんだ。……君がミレアさんに譲った、あの『食料』と『種』についてだよ」


 レタリアがこの世界へ放り出された際、所持品の中に入っていたもの。故郷の干し肉や乾燥果実の類。そして、荷物の隅に紛れ込んでいた小さな種だ。


「シンセ・フィブラ社で解析した結果、あの保存食は極めて高い栄養価を誇ることが判明した。現在、食料クローニングのベースとして研究を進めているが、これが実用化されれば、居住区の食事レベルは劇的に向上するだろう」


「……まあ、当然の結果ですわね」


「それだけじゃない。あの種……あれは花の種だね。未だ謎の多い植物だが、抽出された成分には未知の薬理効果——特に医療用ナノマシンの効率を高める可能性が見られた。

 実用化には検証が必要だが、実にありがたい発見だ」


 マーティンは真っ直ぐにレタリアを見つめ、問いかけた。


「この花の名前は分かるかね?」


「……『フルーア』。そう呼ばれていましたわ」


 懐かしい響きを口にすると、レタリアの胸の奥がチクリと痛んだ。


「そうか。……レタリアさん、君のおかげで救える命が増えるはずだ。感謝するよ」


「ふ、ふん。わたくしからすれば、単なる故郷の香りを持ってこようとしただけですわ。それがここの役に立つというのなら、わたくしの慈悲として受け取りなさいな。おーっほっほっほ!」


 ◆◆◆


 いつもの高笑い。しかし、管理局を辞去し一人歩くレタリアの心は、静かな波に包まれていた。


(……フルーア。傷を癒し、心を落ち着かせる、お屋敷の庭に咲いていた花……)


 脳裏を過ったのは、専属侍女だった、キアラの顔だった。

 追放される間際、大粒の涙を流していた彼女が、この種を入れてくれていたのだろう。


(キアラ……。わたくしがこうなることを、本当の意味で心配してくれていたのですわね)


 傲慢だった自分に、最後まで寄り添ったキアラの優しさ。あの小さな種に込められた「祈り」が、今、この遠い宇宙の果てで芽吹こうとしている。


「……本当に、わたくしのことを思ってくれていたのね」


 ポツリと、誰にも聞こえない声で呟く。

 その事実が、孤独だったレタリアの心を、少しだけ温かく解きほぐしていった。


 ◆◆◆



 かつてレタリアが、絶望の中で目覚めた場所。


 ブラング団が根城にしていた廃工場への再調査任務。


 管理局からの依頼を受け、レタリアは再び愛機アーデンを駆り、自警団のグレイン、そしてステシアと共に漆黒の虚空へと身を投じていた。


「……またここに来ることになるとは思いませんでしたわ。わたくしの輝かしい伝説が始まった場所とはいえ、少々、空気が淀んでいて気分がよろしくありませんわね」


 アーデンのコックピットから、レタリアは毒づくように言った。外部カメラが捉える廃工場は、以前の戦闘でさらに破壊が進み、無残な残骸を宇宙に晒している。


『悪いな、レタリア。君にとってはあまり思い出したい場所じゃないだろうが……マーティン氏から聞いた通りだ。君が持ち込んだ植物や物資にそれほどの価値があったとなれば、この場所にもまだ、我々の知らない「何か」が残されている可能性がある』


 グレインの愛機『シュエル』が、アーデンの隣で安定した挙動を見せる。

 その背中には、以前ミレアに申し出ていた新型の試作フォトンライフルが、重厚な質量感を持って背負われていた。


「……まあ、わたくしの腕を信頼してというものであれば文句は言いませんわ。……ただ、『ぎゃら』については後でじっくり相談させていただきますわよ?」


『ふふ、手厳しいな。……ステシア、先行しすぎだ。センサーのノイズに注意しろ』


『わかってますって、隊長! でも、今更何かありますかねー? ここはもう空っぽのスクラップ置き場ですよ』


 ステシアの機体が、軽快な動きで廃工場のドックへと滑り込んでいく。

 しかし、その楽観的な言葉が響いた直後——。


「……っ!? なんですの、この感覚……」


 レタリアが感じた言い知れぬ悪寒。

 自らが放つ魔力。それがアーデンに流れるような……そしてアーデンを介して廃工場の何かに語り掛けるような違和。

 レタリアが無意識に漏らした「力」に反応するように、沈黙していた廃工場の制御システム稼働し始めた。



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