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119話:しーっ!ダメですステシアさん!

 両手でモコモコとしたポムたちを優しく撫でながらも、レタリアの視線は入口に立つ一人の人物に釘付けになっていた。


 長身の体に、短いグレーの髪。そして顎にうっすらと蓄えられた無精ひげ。

 目元には濃いサングラスをかけているが、その特徴的な佇まいと、彼女の感覚が訴えかけてくる気配――間違いなく、自警団副団長のイーサン・ブローその人だった。


 イーサンは店員に案内され、レタリアたちの席からは少し離れた奥のテーブルへと通された。

 すると、彼の元へもワラワラと人懐っこいポムたちが集まり始める。


 次の瞬間、レタリアの目に信じられない光景が飛び込んできた。


 あの自警団きっての実力者、厳ついイメージのイーサンが、非常に優しい手つきでポムたちを撫で始め、果ては自分の膝に登ってきた一匹をそっと両手で抱きかかえ、「よしよし」とあやし始めたのだ。


(あ、あのイーサン様が……ポムを抱っこしてあやしていらっしゃいますわ……!?)


 日頃のイメージとかけ離れすぎたその光景に、レタリアは完全に言葉を失い、ポムを撫でる手をとめたまま呆然と固まっていた。


 先ほどまでポムたちにデレデレしていたステシアだったが、隣のレタリアがあまりにも静まり返っていることに気づき、不審そうに顔を覗き込んでくる。


「どうしました、レタリアさん?」


「っ……あ、えーと……!」


 ハッと正気に戻るレタリア。手が止まったことで、撫でられ足りないポムたちが「きゅぅ」と鳴きながらレタリアの膝の上へとよじ登ってきた。


 イーサンの秘密を軽々しく口にして良いものかレタリアが躊躇していると、ステシアが視線の先を追ってイーサンの席へと目を向けた。


「えっ……!? あの人って――」


「しーっ! ダメですステシアさん!」


 思わず大声を張り上げそうになったステシアの口を制するように、レタリアは大慌てで人差し指を唇に当てた。


「きっと、お忍びで休日を楽しまれに来ているのですわ」


「はっ……! た、確かに……」


 レタリアの言葉にステシアも慌てて口を押さえる。

 遠目に見えるイーサンは、サングラス越しで表情こそ分からないものの、実に手慣れた様子でポムたちの頭を撫で、専用ゼリーを一口ずつ与えている。


「お、驚きました……あの曹長が、まさかポムカフェに通っているなんて……」


「きっとイーサン様も、日々のお仕事でお疲れなのですわ。ここは見なかったことにして、そっとしておきましょう」


「そうですね……」とステシアも深く頷いた。


 そうして二人で出来る限りイーサンの方を見ないよう意識しながら、ポムたちとの触れ合いを再開したのだが――やはり一度気になってしまうと、どうしても目が行ってしまうもの。二人は特に話題には出さないものの、それとなく遠目でイーサンの様子を伺っていた。


 彼は相変わらず、ごく自然な仕草でポムたちを愛で続けている。サングラスのせいで正確な目元は隠れているが、その全身から「可愛がっているオーラ」が溢れ出ていた。


 そしてもう一つ、レタリアの直感が小さな違和感を捉える。

 接客している店員の一人が、どこか意味ありげな視線をイーサンに向けているのだ。一見すると強面な客だから警戒しているのかとも思えたが、ドリンクや栄養ゼリーを運んでいく際のやり取りを観察してみると、店員の対応はどうにも嬉しそうで、楽しげな雰囲気を醸し出している。


(……あら? あちらの店員さん、イーサン様とずいぶんと親しげですわね……なるほど)


 なんとなく察するものがあったレタリアだったが、それ以上勘ぐるのは野暮というもの。野次馬根性は引っ込め、再び目の前の愛らしいポムたちとの戯れに没頭することにした。


 ◆◆◆


 たくさんのポムたちに存分に癒やされ、美味しいお茶とケーキを堪能したレタリアとステシアは、清算を済ませてカフェの店外へと出た。


「可愛かったですね、ポムたち! すっごく癒やされました~」


「ええ、本当に。ぜひまた遊びに行きたいですわね」


 満足そうに微笑み合う二人。


「それにしても……意外でしたねえ、あの曹長がポム好きだなんて」


 通りを歩きながら、ステシアが少し声をひそめてクスクスと笑う。


 ――直後。


「確かに、意外だったろうな」


 背後から、低く重みのある声が響いた。


「「ッ!?」」


 二人が恐る恐る、首を緊張で固まらせながら振り返ると――


「い、イーサン様……!」


 そこには、私服姿にサングラス、どこか凄みと迫力を漂わせたイーサンが立っていた。


「お、お疲れ様です……副団長……!」


 ステシアが少し怯えながらペコリと頭を下げる。


 気まずい沈黙が数秒ほど流れた。……そして、イーサンはフッと溜め息をつくと、両手を胸の前で合わせて頭を下げた。


「……お願いだ。あれが俺の休日の楽しみなんだ。自警団の連中には絶対に秘密にしてくれ。頼む」


 イメージに全くそぐわないイーサンの頭を下げて頼み込んでくる姿を見て、レタリアとステシアは顔を見合わせ、思わずクスッと吹き出してしまった。


「ふふっ、分かりましたわ。秘密にして差し上げます」


 レタリアが優しく微笑むと同時に、ステシアがちゃっかりとした笑みを浮かべて被せるように言った。


「じゃあその代わり! この後、美味しいご飯をごちそうしてください!」


「ちょっと、ステシアさん!?」


 あまりに現金な提案にレタリアが目を丸くする中、イーサンはサングラスの奥で参ったように苦笑いを浮かべた。


「……ハハ、分かったよ。口止め料代わりに、とびっきり旨い店へ案内してやる。ついて来な」


 思いがけない「脅迫(?)」に苦笑しつつも、どこか嬉しそうなイーサンに連れられ、三人は和やかな雰囲気のままセルディアの街へと歩き出すのだった。

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