10話:でででで、でーとですの!?
居住区へ続く大きな扉の前。
レタリアは、胸の前でそっと手を組んでいた。
(……外に出るのは、初めてですわね)
昨日ミレアから渡されたブレスレット型の端末が、手首でひんやりと光っている。
そんな時だった。
「こんにちはレタリアさん! 今日はご案内します、ステシア・リニンです!」
元気いっぱいの声が、突然耳に飛び込んできた。
「ひっ……!」
思わず肩が跳ねる。
扉の前に立っていたのは、金髪ショートの少女。
年はレタリアと同じくらい。
笑顔が眩しい。
(……元気すぎますわ)
「……よろしくですわ」
レタリアが控えめに返すと、ステシアはぱあっと笑った。
「戦闘中のイメージと違いますねー!」
「っ……!」
(い、いきなり何を言いますの!?)
「グ、グレイン様は……どうしましたの?」
「隊長は忙しい人ですからねー!
でーも! 今日は! このステシア・リニンがご案内しちゃいます!」
(……テンションが高いですわ)
レタリアは少し気おされながらも、扉の前に立った。
◆◆◆
扉が静かに開く。
その瞬間、ステシアが言った。
「そういえば、最初に着てたドレスじゃないんですね」
「え、ええ……まあ……」
(コスプレコスプレと言われたあのドレス……)
思い出すだけで、少しだけ胸がむず痒くなる。
ステシアは続けた。
「遠目で見てましたけど、あれ可愛いのになあー!
今度見せてください!」
「……っ」
レタリアは思わず足を止めた。
(……笑われているわけでは、ありませんの?
本気で、可愛いと……?)
「……また機会があれば」
曖昧に返すのが精一杯だった。
ステシアは気にした様子もなく、レタリアの手を引くように歩き出した。
◆◆◆
居住区の中は、想像以上に賑やかだった。
多層構造の吹き抜け。
空中を走る光のライン。
見たこともない服装の人々。
漂う香りは、甘いものから香辛料のようなものまで様々。
(……これが、街……?)
レタリアの知る城下町とも、大神殿の回廊とも違う。
どこか冷たいのに、活気がある。
「レタリアさん、これ美味しいですよ! 食べてみますか?」
ステシアが屋台の前で足を止めた。
「……いただきますわ」
差し出された串を恐る恐る口に運ぶ。
(……普通においしいですわ)
「支払いはこれで」
ステシアが自分の端末をかざす。
レタリアも真似してブレスレットをかざすと――
ピッ。
「……これで支払いができますの?」
「そうですよ! 便利でしょ?」
「……ふぅん」
(本当に不思議な世界……)
◆◆◆
しばらく歩いていると、突然一人の男性が近づいてきた。
「あの、よかったらモデルのお仕事、興味ありませんか?
お姉さん滅茶苦茶美人ですね!絶対人気になりますよ!」
「……もでる?」
レタリアが首を傾げた瞬間――
ステシアが前に飛び出した。
「すみません、私たちデート中なんです!
今度にしてくださいね!」
「おっと、そうでしたか。失礼しました」
男性はあっさり去っていった。
レタリアは固まった。
「も、もでるって何ですの……?」
一拍。
「でででで、でーと!?」
ステシアは腹を抱えて笑った。
「あははは! 咄嗟に出ちゃいました!」
「な、なにを勝手に言ってますの!!」
(で、でーとって……!
そんな……!)
顔が熱い。
耳まで熱い。
ステシアは悪気なく笑い続けていた。
◆◆◆
そんな騒ぎの後、ふと視界の端に泣いている子供が映った。
「どうしたんですか?」
ステシアがしゃがみ込む。
「ねこが……ねこがいなくなっちゃった……!」
ステシアが困った顔をする。
その瞬間――
レタリアの中の何かが、直感が信号を出した。
(……いる)
魔力に意識を預ける、確かに感じる。
「……こちらですわ」
「えっ、レタリアさん?」
レタリアは迷わず歩き出した。
路地の奥。
少し高い場所。
金属の梁の上に、小さな影が丸まっていた。
「……あそこですわ」
ステシアが目を丸くする。
「どうして分かったんですか?」
「……なんとなく、ですわ」
説明できない。
ただ――分かった。
レタリアは近くの足場を使い、梁の上へ手を伸ばした。
猫は驚くほど大人しく、レタリアの腕に収まった。
(……懐かれましたわね)
少しだけ、胸が誇らしくなる。
子供に猫を返すと、ぱっと顔が明るくなった。
「ありがとう! おねえちゃん、すごい!」
「……っ」
(おねえちゃん……)
誰かに、純粋に喜ばれる。
お世辞でも、義務でもなく。
「……当然ですわ」
強がって言ったが、頬が少しだけ緩んでいた。
◆◆◆
歩きながら、レタリアは言った。
「どうですの、わたくしって役に立ちますでしょ?」
ステシアは満面の笑みで頷いた。
「すごいですよ! 本当にどうして分かったんですか?」
「……ふふ、わたくしの勘よ」
ステシアが笑う。
レタリアも、気づけば笑っていた。
(……悪くはありませんわ、この世界)
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【あとがき】
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