9話:なななな、なにを言いますの!?
ミレアの研究室は、今日も変わらず無機質だった。
白い壁。
光を反射する金属の床。
低く唸る機械音。
そして、どこか薬品めいた匂い。
その中心で、ミレアが端末を操作しながら言った。
「レタリア嬢、ここの生活には慣れた?」
「……ええ、まあ」
素直に「はい」と言うのは癪なので、少しだけ濁す。
ミレアは気にした様子もなく、淡々と続けた。
「ここの食事は美味しい?」
「美味しいですわね……種類もたくさんありますし」
「そう、良かったわ」
ミレアの声はいつも通り落ち着いている。
(私たちと同じ食事でも検査は異常なし。
彼女自身も違和感なし……ね)
(……わたくし、観察されている気がしますわ)
◆◆◆
「じゃあ、検査を始めるわね」
ミレアの指示で、レタリアは服を脱ぎ無機質な台の上に横たわった。
天井から光の膜が降りてきて、身体をゆっくりと通り抜けていく。
(……慣れたとは言いませんけれど)
前回よりは、少しだけ落ち着いていた。
そんな中、ミレアがふと呟いた。
「ところで……あなたの体、綺麗ね」
「なっ……!?」
レタリアは反射的にシーツを引き寄せた。
「なななな、なにを言いますの!?
いきなり、そんな……!」
ミレアは涼しい顔で端末を見ている。
「思ったことを言っただけよ」
「……っ!」
(この方は本当に……!
悪気がないのが、余計にタチが悪いですわ!)
顔が熱い。
耳まで熱い。
ミレアはそんなレタリアの反応を気にする様子もなく、淡々と検査を続けた。
◆◆◆
検査が終わると、ミレアは椅子に腰掛け、レタリアに視線を向けた。
「最近、よく話すようになったわね」
「……そうですの?」
「ええ。あなた、最初はもっと不愛想だったわよ」
「不愛想とは失礼ですわよ!」
「でも、今は違う、変わってきてるわ」
ミレアはくすりと笑った。
レタリアはむっとしたが、どこか否定しきれない。
(……確かに、ミレアとはよく話すようになりましたわね)
最初は信用できないと思っていた。
この世界の誰も、信用できないと。
だが――
(……この人は、なんと言いますか……)
怒っているのとも違う。
呆れているのとも違う。
言い表しようのない気持ちが胸に残る。
ミレアは、レタリアのそんな内心を知らないまま、端末を操作しながら言った。
「そういえば、シミュレーターの成績、見てるわよ」
「っ……!」
レタリアは思わず背筋を伸ばした。
「良い成績ね。相変わらず、って感想にすらなってきたわ」
「ふ、ふふ、そ、そうでしょうとも!
わたくしがアーデンを華麗に乗りこなすためには、努力が必要なのですわ!」
「そうね」
ミレアは軽く笑った。
その笑いが、なぜか少しだけ嬉しかった。
◆◆◆
(……魔法のことは、まだ言っていませんわね)
ふと、胸の奥に沈んでいた思いが浮かぶ。
元の世界では、役立たずと言われ続けた魔法。
“感じるだけ”の魔力。
だが――
(あれが、わたくしの動きを支えているのは……もう分かっていますわ)
戦闘でも、シミュレーターでも。
敵の動きが“分かる”。
(でも……)
誰にも話していない。
この激動の中で話す機会を失っただけ。
そして――
(わたくしの魔法は……恥ずべきもの、でしたから)
この世界には魔法がない。
だから、言う必要もない。
(……)
その瞬間――
「レタリア嬢?」
ミレアの声が、感傷を断ち切った。
「……なんですの?」
「ぼーっとしてたわよ」
「していませんわ!」
ミレアは笑った。
◆◆◆
「でも、武器もきちんと使わなきゃだめよ」
「……」
「あなた、格闘戦しかしていないわよ」
「分かっていますわよ!
慣れないんですの!」
ミレアは肩をすくめた。
「アーデンの手足をまた
ボロボロにしたくないなら、覚えなさいな」
「努力しますわ!」
「はいはい、お嬢様」
ミレアは端末を操作し、何かの許可証を表示した。
「お待たせしたわね。居住区に出る許可が出たわ」
「……!」
レタリアの表情がわずかに変わる。
「最初はお付きを連れて行ってね。それから、これ」
ミレアが小さなブレスレット型の装置を手渡してきた。
「……このブレスレットは何ですの?
あなた方も付けてますわよね」
「これは認証キー。鍵とお金よ」
「……鍵と、お金……?」
ミレアは微笑んだ。
「詳しい説明は、明日。
あなたのお付きが来るから、その子と一緒に行ってらっしゃい」
レタリアはブレスレットを見つめた。
(……鍵とお金、ですの?)
この世界の“街”へ。
初めての外出。
胸の奥が、少しだけ高鳴った。
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【あとがき】
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