第6話 水を見通す者
「……やっぱり俺の体普通じゃないな」
研究者たちは吹き飛び、崩壊した奉水装置の残骸から、霧と蒸気が立ちのぼる。
レンの肩は激しく上下し、呼吸は荒れていた。
(逃げる・・・・・もっと、遠くへ)
水の流れが足元を導く。だがそのとき──
「……助けて」
かすかに、声が聞こえた。
「誰だ……?」
レンは振り返った。
奉水装置の隅、ガラスと鋼鉄の破片が崩れたその先に、白い小さな手が見えた。
割れたカプセルのような装置の中、青白い液体の中に沈んでいたのは、一人の少女。
透き通る銀髪と、閉じた瞼。
その顔はあまりにも静かで、まるで眠っているようだった。
「生きてるのか……!」
レンは水を操り、装置内に残った液体を排出する。
酸素が薄れた空間で、少女はかすかに目を開けた。
「……あなたがやったの?」
「……ああ。とりあえず脱出しよう」
「……私、歩けない……長い間、ずっとここに……」
彼女の声は囁きのように弱かった。
そのとき、彼女の目がレンを見た。
いや──正確には‘‘見ていなかった‘‘。
彼女の瞳には焦点がなく、その奥には波紋のような光だけが揺れていた。
「まずいわ、追手が…霧式水装甲ミストリアクターが来る!!!」
「な、なに言ってんだよ」
「水を通して世界のすべてが見えるの。ここで流されていく水、その先にある絶望、その奥の希望も」
少女はゆっくりと手を上げると、割れた床に広がる水面に触れた。
──すると、床に反射していた水面に、通路の先の映像が浮かび上がった。
「……これ、なんだ?」
「監視の目をすり抜けられる道。霧と熱で混乱してる。今なら……逃げられる」
少女の名はリリィ。
かつて教団に連れ去られ、奉水装置の実験体として幽閉されていた存在だった。
レンはリリィを背負い、流れる水と霧の中を進む。
リリィの指示で何度も監視兵を避け、行き止まりと思われた壁を抜け、隠された配水路へと辿りつく。
「この下……古い水路がある。そこなら、この上の階層に行ける……でも、危険もある」
「……今さら怖がってられないだろ」
二人は、崩壊した装置から解放された清水の力を頼りに、地下の世界を進み始める。
その行く手にはまだ幾つもの追手と障害が待ち受けていることを、ふたりはまだ知らない。