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第5話 神話
はるか太古、水はすべてを潤していた。
その水を統べる存在──それが<アパス>であった。
アパスは水の精霊にして水の秩序の化身。大気・雨・海・地下水脈をひとつの呼吸で動かし、世界に循環をもたらした。
しかし、人間たちはやがて気づいた。
水は恵みであると同時に、富であり、力であると。
「なぜ我らが水を持てぬのか」
「なぜ天は選ばれし者だけを潤すのか」
「水の神は独り占めしている、ならば殺せばいい」
アパスは失望し、怒り、
そして自らの心臓を取り出し、それを地の深くへ沈め、封印した。
「ならば、水は死ねばよい。欲する者のもとに、苦しみだけを届けよう」
その日から、水は巡らなくなった。
雨は止み、泉は淀み、命はひからび、
水は「死水」となった。
世界は乾き、灰と蒸気と油の文明が始まった