第4話 奉水室
重い扉が、機械仕掛けの音を立てながらゆっくりと開いた。
一歩踏み出すたびに、足元の金属床が薄くきしむ。
レンの両脇には教団兵が付き添っていた。
顔は仮面で覆われ、表情は見えない。無機質な金属の足音だけが、静かな廊下に響いていた。
「どこへ連れていくんだよ……!」
レンが叫ぶと、前を歩く兵士の一人がぴたりと足を止め、静かに振り返った。
「奉水室ほうすいしつだ。君の“価値”を試す場所だよ」
その言葉の「価値」という音に、レンの背中に寒気が走った。
まるで自分がモノだとでも言われたような響きだった。
重厚な音を立てて扉が開き切るとそこには機械で埋め尽くされた無機質な部屋だった。
部屋は広くよく見ると何百もありそうな装置に人が貼り付けになっていた
目の前に、大きな筒が見えた。
透明な筒の中には、人がいた。
女だった。十五か十六ほどの少女。
その体には無数の管が刺さり、背中に銀のプレートが埋め込まれていた。
目は開いていた。だが、焦点はどこにもなかった。
そして、彼女の胸の中心から、水が、ぽとぽとと滴っていた。
下部の受け皿には、それを集める小さな機構があり、管でどこかへ運ばれていく。
機械は音を立てて稼働し、記録紙がカリカリと数字を印字する。
「……なに、これ」
「水を生む者だ。お前と同じようにな」
白衣の声は、感情を持たなかった。
まるで天気を語るように、彼は続けた。
「人の身で水を生む力は、もとは《神性》に属する禁忌だ。
だがこの都市は高位階の血族の命により、それを“利用”する道を選んだ。
神ではない。装置として——“奉水装置”として、生きよ」
無表情の神官が言う。
何を言っているのか、わからなかった。
だが次の瞬間、レンの腕が拘束される。
鋼でできた冷たい枷が骨に食い込み、椅子のような、装置のような、何かに背を固定されていく。
その時だった。レンの頭をよぎる。あの老人の言葉。「ほんとうの水は——流れ、循環するものだ」
その瞬間、彼の体内の水が怒りに応えた。
装置の中で、レンは手をかざす。自らの血を媒介に、死水の毒素と酸を吸収する。高圧の“清水”が管を逆流し、バルブを破裂させた。
「……おれの水は、囚われない」
圧縮された水が砲弾のように壁を破り、警報が鳴り響く。
レンは、装置を破壊して脱出した。
奉水装置の主な目的
清水の確保
「血が水でできている」「死水を浄化できる」特異体質の人間を捕らえ、生体フィルターとして利用する。
死水の浄化
下層で使われる死水を浄化し、清水として再配分する。ただし配分先は基本的に上層民のみ。
宗教支配
清水は神の恵みであり、奉水院を通じてしか得られないと民衆に信じ込ませることで秩序を維持する。
内部環境
下層の湿った蒸気臭とは無縁の、無菌に近い空気。
白い光に包まれた回廊、静まり返った礼拝堂、そして清水を循環させる巨大な機構。
捕らえられた源水体は暗く湿った隔離区画に収容され、能力を酷使させられる。