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第24話 この国の人

 夜のアグニは、眠らない。

 街を覆うのは火の光と鉄の影。至るところに蒸気塔が立ち、そこから吹き上がる赤い炎が、夜空を曇らせていた。

 水の都とは対極の世界——乾き、熱し、息をするだけで喉が焼けるような土地。


 レンはマフラーで口元を覆いながら、狭い裏路地を進んだ。

 歩くたびに、靴底が焼けた鉄の粉を踏む。

 遠くの工場群からは、金属を打ち鳴らす音と、労働者たちの怒号が響いていた。


「……本当にこの先にいるのか?」

 レンの問いに、イオは小さく頷く。

「ええ。セフィアが残した情報によれば、“灰の導師”エルダはこの都市の地下層に潜伏してる。熾聖院しせいいんによる鎮圧以来、もう五年以上も姿を見せてないはず」


 レンは周囲に目を向けた。

 道の両脇では、赤い作業服を着た人々が、煙の立つ食堂に群がっている。

 彼らの顔は煤に汚れ、手は焼け焦げていた。だがその瞳の奥には、不思議な熱があった。

 生きるために燃やし続ける火——それがアグニの民の象徴なのだ。


「この国、豊かそうに見えて……苦しいんだな」

「ええ。上層の“熾都しと”に住む貴族たちは、神の火を崇める一方で、下層の民を“燃料”のように扱ってる。」


 イオの声には冷たい怒りがにじんでいた。

 ヴァーユの調査官として、彼女はこの国の内情を何度も報告に上げてきた。だが、風の国の上層部は動かなかった。

 “火の狂信は手を出すべきでない”——そう決めつけられて。


「……風の国も、似たようなもんかもな」

 レンの呟きに、イオは苦笑した。

「どの国も同じ。神を信じてるつもりで、実際には“支配”されてるだけ。

 だから——変えなきゃいけないの」


 彼らが向かうのは、下層区のさらに下、忘れられた鋳造街の廃坑跡。

 そこが“灰の導師”エルダ率いる反体制派の隠れ家があるとされる場所だった。


 通りの向こうでは、豪奢な馬車が走っていく。

 車体に刻まれた紋章は、熾聖院の十字炎印。

 馬車の中では、火の司祭たちが笑い声を上げていた。


 レンは拳を握る。

「……こんな国で、どうやって炎の心臓を取り戻すんだろうな」

「簡単じゃない。でも、火を恐れない心があれば……“灰”の下にもまだ火は残ってる」

 イオの瞳が赤く光を映した。


 二人は、夜の街の熱を背に受けながら、さらに地下への道へと進んでいく。

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