第21話 炎への第一歩 炎の国《アグニ》編開始
機関車の速度がゆるやかに落ちはじめた。
周囲の空気が重く、焼けた鉄と硫黄の匂いが鼻をつく。地面は赤土に覆われ、遠くの岩山からは炎の噴気が絶えず立ち上っている。
「……着いたわね」
イオが呟いた。窓の向こうには、黒鉄で築かれた巨大なゲートが見える。炎の国アグニの境界だ。
列車の側面には《清水輸送・第一層管理下》の刻印。
この列車は、上層から輸出された清水をアグニへ供給するためだけに存在する――つまり、一般人どころか水の都の役人以外は乗車を許されない。
「このまま検問を抜けたら、間違いなくバレる」
レンが小声で言う。
「だから“途中で降りる”のよ」
イオの声は落ち着いていたが、その目は鋭かった。
「熱流警備区域の端にメンテナンス通路がある。列車が減速するその一瞬で飛び降りるわ」
「一瞬って……」レンが顔をしかめる。
「大丈夫。風がタイミングを教えてくれる」
――
列車がガコンと揺れ、蒸気を吐き出した。
外の熱気が車両内に流れ込み、息をするだけで喉が焼けるようだ。
イオが窓を少しだけ開け、風を感じ取る。
「……今!」
その声と同時に、二人は貨物の影から外へ身を躍らせた。
轟音、風、赤土の匂い。
足元に広がるのは灼けた地面。衝撃で転がりながら、イオがとっさに風の魔力を展開し、二人の落下を緩める。
地面に転がり、息を荒げるレン。
「……っ、死ぬかと思った……!」
「慣れなさい。まだ何回かはやることになるわ」
イオが小さく笑う。その表情の奥には、焦りと緊張が潜んでいた。
背後では、機関車が火花を散らしながらゲートへと消えていく。
周囲には巨大な鉄管が並び、清水を都市の内部へ運び込む音が響いている。
「このパイプ……清水の輸送路か」
レンが見上げる。管の内側を、淡い青光が走っていた。
「そう。アグニは水の都から“生命線”を買ってる。だから水を盗む者、触れる者は即刻処刑対象」
イオの声が冷たく響く。
「私たち、いままさに“敵国の密入国者”ってわけ」
遠くで、警備用の火炎灯が瞬いた。
熱気の中、レンは無意識に喉を押さえる。
「……この国、本当に……息が重い」
「炎は、生きるために燃えるの」
イオが振り返り、短く告げる。
「ここで火を渡らなきゃ、水の心臓は蘇らない」
レンはうなずいた。
二人は灼熱の地を見つめ、火の国アグニへ――
その最初の一歩を踏み出した。




