第16話 侵入成功!!
二人は天窓から静かに降り立った。
白大理石の柱が林立する館内は、ひんやりとした清水の匂いに包まれ、音を呑み込むように静まり返っていた。
高い書架が迷宮のように並び、その合間を蒸気仕掛けの監視球が無音で漂っている。
「気を抜くな。ここは都市で最も厳しい監視網のひとつよ」イオが囁く。
彼女の指先が空気を揺らすと、風が書架の本の端をはためかせ、監視球の目がそちらへ逸れる。
その一瞬の隙に、レンとイオは通路を影のようにすり抜けた。
やがて、厚い黒鉄の扉に行き着いた。
古代文字と水滴の紋章が刻まれ、内部を守る結界のように淡い光を放っている。
「……ここだ」レンが低く言う。
イオは懐から折り畳まれた古い紙片を取り出した。
風の国から持ち込まれた極秘資料で、禁書庫の位置を示すものだ。
「間違いない。水の心臓に関する記録は、この先にある」
——
石造りの回廊の奥、灯りも届かぬ禁書庫の最深部。
埃をかぶった書架の合間に、ぽつんと椅子が置かれていた。
そこに、ひとりの老人が座っていた。
白く乾いた髭、煤けた長衣。だが背筋は不思議と伸びていて、
まるでこの暗闇にただ一人、根を下ろす古木のようだった。
レンが息をのむ。
「……ひ、人が……?」
老人は顔を上げた。
その目は、静かに光を帯びていた。
「来たか。禁書の奥に足を踏み入れる者など、久方ぶりだ」
イオが慎重に言葉を返す。
「あなたは……ここで、何を?」
「私はかつて、この都で“清水”を研究していた学者だ。
水の心臓にまつわる真実を知りすぎたがゆえに、
処刑ではなく、ここに幽閉されることになった」
その声には怨嗟も怒りもなかった。
ただ、長い歳月を経た者の、澄み切った諦念がにじんでいた。
「幽閉……?」
レンがつぶやく。
「知識を消し去ることはできぬ。ゆえに支配者たちは、
私をこの“書の牢獄”に繋ぎとめることで都合をつけたのだ。
だが……若者よ。お前たちは違う」
老人の視線が、レンの胸の奥に吸い込まれるように注がれた。
アクア・リヴァーサーがそこに眠っていることを、彼は見抜いている。
「……お前は“水の心臓”に触れたのだな」
レンは息をのんだ。
「……どうしてそれを」
「水は教えてくれる。ここに座して幾十年、
私はずっと待っていたのだ。真実を託せる者を」
老人はゆっくりと立ち上がる。
長衣の裾が、床に散らばった羊皮紙を擦った。
「聞くがよい。水の心臓を甦らせるには——
この都だけの力では足りぬ。五つの元素の王国、
そのすべての加護を集めねばならぬのだ」
禁書庫の空気が、ひやりと震えた。
レンとイオは互いを見、そして老人を見返した。
——物語の歯車が、大きく回りはじめていた。