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第13話 第一層へ

次なる層に向かうため、セレーン塔地下、許可なき者の立ち入りが禁じられた空間に、レンたちは足を踏み入れていた。


水が唸りをあげて、天に向かって逆巻いている。

塔の心臓部にあたるこの場所では、巨大な逆圧水管が定期的に蒸気で水流を反転させ、下層から選ばれた物資を第一層へと運んでいた。


「……これが、“水の逆流口”」

リリィが息をのむ。下から来た者を、上に押し戻すことがない都市構造のなかで、唯一“下から上へ”と動く水の流れ。だが、その流れは鉄よりも重く、肉体には苛烈だった。


「次の逆流は、3時間後」

イオが腕時計型の計測器をちらりと見せた。


「中継コンベアの熱が下がるタイミングで、ほんの15秒、流れが安定する。その間に“飛び込む”。外れたら……」

彼女は肩をすくめた。

「文字どおり、肉片になって7層まで戻るだけ」



イオは軽い調子を崩さない。けれど、その瞳は真剣だった。

彼女は彼女なりに、覚悟を決めている。


「ねえ、イオ」レンが問う。「君は……何でそこまでして、僕たちを助けるんだ?」


一瞬、イオの動きが止まった。

ほんの刹那だったが、その静寂にレンは確かに“迷い”を見た。


「さぁね? 気まぐれかな」

イオは笑った。「ただ……見てみたいのかも。君たちがこの都市に、どんな『ひび』を入れるのか」


——


そのとき——!


鋭い警報が響いた。

セレーン塔の制御室に、武装衛兵とミストリアクターが突入してきたのだ。


「不審者反応、階層侵入記録に反応あり! 第二層規約違反者、即時排除!」


「くっ……!」

レンがスイッチを操作しようとするが、装置はロックされていた。


「行って…!!」

リリィが声を上げる

リリィは走り出し、空中制御パネルを操作。

その一瞬、高圧水銃弾がリリィの肩をかすめ、服が裂けた。だが彼女は叫ばない。


「逆流装置、手動作動ッ! やるなら今しかない!!」


「待て!!!リリィが間に合わないぞ!」

「いいから‼行って!」

「そんなことできないよ!」

しかしイオがレンを抱えて走り出す


「…イオ!何やってんだ!」

「リリィが覚悟を決めたんだ、犠牲を無駄にするな!」


水が、轟音を立てて跳ね上がる。空間の重力が反転したように、塔の下から水柱が伸びる。

「レン…必ず戻ってきて…水の流れを頼んだわよ…」


「飛び込めッ!!!」

イオが叫んだ。



レンたちは、仲間同士で手をつなぎ、ほぼ垂直に伸びる水柱へ飛び込んだ。


ごうっ、と全身を裂かれるような激流。蒸気と水の力が、彼らの身体を上へ押し上げる。

レンは目を開けたまま、下へと遠ざかっていくリリィを見た。


リリィは微笑んでいた。血に染まった肩を押さえながら。

その姿が、やがて水霧に呑まれて消えていく。



やがて、水流は落ち着き、レンたちは第一層アクア・ゼニスの中央水脈の裏手に転がり落ちた。

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