第11話 第二層《ルキナ・テラス》
第二層ルキナ・テラス。
水と光が踊るこの層は、まるで天国を模した舞台だった。
大理石の水路には睡蓮の花が浮かび、空中に張り巡らされた水管からは、冷たく澄んだ霧が噴き出している。街のどこからでも教養ある笑い声が響き、香草の香りが漂っていた。
「うんうん……やっぱ上の階層は違うねぇ。水も空気も、言葉の口調まで透き通ってる」
イオは頬に手をあて、笑う。だがその目は、人々の動線や監視装置の配置をひそかに観察していた。
レンたちは、イオの用意した身分証と衣服で、学術関係者のふりをして《ルキナ・テラス》に紛れ込んでいた。
「ここが、同じ都市だなんて信じられない……」
リリィは、静かに呟いた。
わずか数日前、レンたちは第7層の汚水にまみれ、食糧を争っていた。あそこでは水が腐り、人々は生きるだけで精一杯だった。
だがここでは──
「水を浴びせ合って笑ってる……」
噴水のそばでは、装飾された衣装を着た子どもたちが水遊びをしていた。ひとつの水滴が、数十人の命を左右する下層では考えられない光景だった。
「ここから、外への輸送線が伸びてるんだよ」
イオが指差す先には、セレーン塔と呼ばれる水流制御塔がそびえていた。外界と通信できる数少ない塔のひとつ。だが、厳重に守られている。
「でもね」
イオはふと足を止め、周囲の上流市民たちを見渡した。
「この人たち、たぶん“七層”のことなんて、見たこともないよ。自分たちが水の底に支えられてるって、忘れてる」
「忘れてるんじゃない」レンが低く言った。
「最初から、知ろうとすらしてないんだ」
イオは小さく笑った。
「……だね。でもその方が、心は軽くてすむもんさ。たとえ誰かの犠牲の上に立っててもね」
彼女の笑いは柔らかく、どこか遠かった。
リリィはそんなイオの背中に、うっすらと感じる“氷のような闇”を見た気がした。
やがて、彼らは“水の逆流口”という極秘ルートの存在を知る。
それは、通常は上から下に流れる水を、蒸気圧で強引に逆流させて物資を運ぶ超高圧導管。
ただし、乗るには命の保証はない




