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第八章 彼女のはじまり-2

 ニュースが流れてから、教室でもドラマの話題で盛り上がっているグループがいくつか目に入りました。

 私がオーディションに参加していたということは守秘義務の内容となっていたので、そのことを知っているのは家族しかいません。しかし、同年代で活動している身近な俳優ということで、憶測の中で私の名前が出てくることも少なくありませんでした。


“あれ、早坂がやってたらやばいよな。普通に会話できなくなる自信あるわ”

“俺も。なんか一線引いちゃうよな”

“なに日和ってんだよ! 俺なら逆にグイグイいっちゃうね。ワンチャン狙えるかも知れねえじゃん”


 以前は仲良く漫画の話をしていた男子のクラスメイトも、私が例のシーンを演じている妄想について話しているところを聞いてしまうと、なんとなく距離を取ってしまいました。

 実際には出演していない私ですらこうなるのです。当事者となってしまった彼女の生活には、どれほどの変化がもたらされることになるのか。想像すると息が詰まりそうでした。


 そんなことが二、三日も続くと、私は教室の中でクラスメイトと関わることを控えるようになってきました。


 紙の裏から磁石を当てた砂鉄のように、ザワザワとした罪悪感が心の隅っこにへばりつく感覚から逃れたくて、昼休みになると、私は5階の踊り場へ向かいます。

 ここには家庭科室や視聴覚室など、特別授業を行うための教室しかないので、この時間に訪れる生徒はほとんどいません。

 階段の一番下に腰掛け、私は一人でお弁当を食べていました。


「早坂さん」


 不意に声をかけられ、驚いて喉にご飯を詰まらせてしまった私は、激しく咳き込みました。

「ご、ごめん。大丈夫?」

 視線を右側に移すと、見覚えのあるサラサラな金髪が目に飛び込んできました。

 そこにいた千景くんは、バツが悪そうに顔の前で手を合わせています。

「ちょっと話したくて、探してたんだ」


 目のほとんど見えない彼が、私を探し当てて声をかけてきたのには、よっぽどの理由があるのだろうと思いました。そして、その理由にも察しはつきます。

「それって、ドラマのこと?」

 お茶を飲んで落ち着いてから訊くと、彼はうなずきました。

 同じ地域で芸能活動をしている彼であれば、たとえ本人に宛てられているわけではないにしろ、オーディションの情報が耳に入っていても不思議ではありません。

「あの人、うちの事務所の所属でさ。マネージャーも同じなんだよ」

 私の隣に空いているスペースを指し示して、座っていいかと無言で問いかける彼に、私はうなずいて迎え入れました。

 トラックがバックで駐車する時のように、おそるおそる隣へ腰掛けた千景君は、重い溜息をつきました。

「千景君、お昼は?」

「午前中だけ撮影でね。向こうで弁当が出たから」

 そういえば、教室に彼の姿がなかったことを思い出しました。

 どうやってここが分かったのかを訊いてみると、彼は事も無げに答えました。

「教室にいなかったみたいだから、いくつか行きそうなところを考えたんだ。僕も一人でいたい時はこの辺に来たことあるし、もしかしたらと思って」

 ストーカーみたいなことしてごめん、と彼はまた謝りました。「仕事の話ができるの、早坂さんぐらいだからさ。迷惑なら言ってね」

 そうして断りを入れる彼に、私は首を振りました。

「マネージャーさんが一緒だったら、大変そう……だね」


 そんな、当たり障りのないことしか言えませんでした。

 実際、所属俳優がこれだけの炎上騒ぎの火種になったとなれば、事務所としても通常の業務をしていられないほどの状況に追われるのは明白です。

 彼は目線を下に落とし、呟くように話しました。

「SNSは見ないよう指示されてたんだけど、本人はメンタルがやられてるみたいでね。マスコミの対応なんかで、マネージャーも寝てないらしくて」

 心の中で、またザワリと砂鉄が立ち上がりました。

 私が逃げたことで起こった影響を真正面から提示され、視界の両端が暗くなってゆくのを感じました。

「……そう。早く終わってほしいね」


 箸でつまんだコロッケを食べようとしましたが、途端に口の中が乾き、体がそれを受け付けません。

 ほどなくして、頭の後ろの方がカッと熱くなるのに反して、首から下は激しい寒気に襲われました。

 普通に座っていることができなくなり、体を折り曲げた私は、浅く早い呼吸を繰り返します。持っていた箸も、弁当箱も床へ取り落とし、白いタイル床に中身が散乱しました。

「早坂さん? ちょ……早坂さん!?」

 異変に気付いた千景君はうろたえた声を出しながら、私の肩を支えました。

 大丈夫、と答えようとしますが、喉がヒューヒューと小さく鳴るだけで、言葉が出てきません。

「保健室行こう。立てる?」千景君がそう声をかけ、肩を貸してくれますが、全身に力が入らず、視界がグルグルと回っています。

 薄れる意識の中で、弁当箱をカチャカチャとまとめる音に続き、体がふわりと浮かび、千景君の体温が伝わって、日焼け止めの香りがしました。どうやら彼は、私をおぶって保健室へ向かっているようです。

 華奢な体をヨロヨロと揺らしながら、必死で歩を進める彼に申し訳無さを感じながらも、未だに私は言葉を発することができません。階下へ降りたところにいた生徒が、私達の姿を捉えるなり口々に騒ぎ立てました。


「迷走神経反射だね」

 私の体温を測り、瞳にライトの光を当てた保健室の谷本綾子(たにもと あやこ)先生は、そう診断を下しました。

 黒いニットの上から白衣を羽織った大人びた雰囲気の先生は、掛け布団をかぶせてくれました。

「疲れとかストレスでもなりやすかったりするからね。ダブルワークもほどほどにしときなさいよ」

 彼女はそう言って、私達に釘を刺しました。

 手渡されたOS-1を飲んで横になっていると、幾分体が楽になりました。その間も、千景君はベッドの横についていてくれました。

「ありがとう、千景君。授業、行かなくて大丈夫?」

 感謝の気持ちを伝えると、彼は苦笑して返しました。

「もともと撮影が押した時のために、今日は休みにしてたからね。それより、ごめん。僕のせいで」

 自分の話したことが原因だと、彼は頭を下げました。

「今日の千景君、謝ってばっかり」私はそう言い、同じように苦笑しました。「本当に謝るのは私の方だよ。ここまでおぶってもらったのもそうだし、ドラマのことも」

 保健室へ来る道すがら、私達の姿を見た生徒をきっかけに、また噂が立つかも知れない。それにこうなってしまうと、彼に全てを知られるのは時間の問題だと思いました。

「当たり前のことをしただけだから、それは気にしなくていいけどさ。どうしてドラマのことで謝るの?」


 谷本先生が職員室へ用事に出かけたことを確認すると、私は一息置いて、彼に経緯を伝えました。

 オーディションに参加して役が決まったけど、脚本が届いてから降板したこと。

 そのせいで山崎さんが被害を受けてしまったこと。放送日から罪悪感が拭えなくて、孤立してしまっていること。

 それを聞いた千景君は、驚いた表情をしていました。

「いや……それ、早坂さんが悪い要素どこにもなくない?」


 それは、私が何度も自分へ言い聞かせていた言葉でした。

 中学生があの場面を演じるべきではないという判断は正しかったと言えるし、本当に悪いのはドラマの制作陣だと断ずることもできるはずです。

 でも、それでも私が罪悪感を感じてしまうのは、代役の彼女が本気で役と向き合い、全力で形にしていたからです。それがどうしても、自分にできないことを押し付けて逃げてしまったという事実を、私に突きつけていました。

 

「まあ、もし自分がそうだったらと思うと、気持ちは分からなくもないけどさ」

 彼は頭を掻き、姿勢を正して私に向き直りました。

「どうしたら、早坂さんの気持ちは解決しそう? 僕にできることは少ないかもだけど」

 最近まで距離を取っていたのに、そうして親身になってくれる彼の姿に、どこか救われた気持ちになっている自分がいました。

 私は千景君に、山崎さんへ一言謝りたいと伝えました。同じマネージャーであれば、できないことはないかも知れません。

その言葉に彼はうなずき、事務所へ確認してみると答えてくれました。



 翌週になり、お互いのちょうど中間地点にあたる駅前で、山崎さんと待ち合わせることになりました。


 午後4時に約束の場所へ向かうと、黒いヤンキースのキャップに眼鏡をかけて、グレーのパーカーに身を包んだ女性が立っていました。制服でそのまま来た私とは対照的な服装です。

「山崎……紗希さんですか?」

 こわごわと確認すると、こちらへ向き直った彼女はうなずいて肯定しました。

「あなたが西野さん?」

 芸名で呼んだ山崎さんに対し、私もうなずき返します。

「ちょっと、歩きましょうか」

 そう言うと、彼女は西へ向かって歩き始めました。私は慌てて後ろからついていきます。


「あの……千景君から聞いていると思うんですけど、ドラマのことを謝りたくて。本当にごめんなさい」

 歩きながら、私は山崎さんに謝罪しました。それを彼女は横目で見て、口端を上げました。

「私の演技、どうだった?」

 思わぬ問いかけに、私は面食らいました。でもその口調から、彼女は自分の仕事に絶対の自信を持っているのだと思いました。

「本気が伝わってきました。私には出せない空気感があって、監督が望んでいたようにすごくリアルな芝居で、逆立ちしても勝てないなと思いました」

 そうして素直な気持ちを伝えると、彼女はアハハと笑いました。

「よかった、伝わる人には伝わるんだね。最近私に話しかけてくる人って、頼めば何でもやってくれる尻軽だと思ってる人ばっかりだからさ」

 そうやって、キャップの下で自嘲気味な表情を浮かべる彼女に、かける言葉が思い浮かびませんでした。


 しばらく歩いていると、景色はまだネオンが灯る気配の無い歓楽街の様相を呈していました。

「あの、ここって……」

 なんとなく不安になり、私は山崎さんに問いかけました。

「そこだよ。撮影した場所」

 ある地点で、彼女は目の前にある建物を顎で指し示しました。


 それは、生成りの外壁にピンク色の大きな看板が貼り付けられたラブホテルでした。建物の上の方を見ると、お城のような装飾が施されています。

 山崎さんはためらうことなく、アーチ型の入口に向かって歩き始めました。

「ちょっと、山崎さん! 私達中学生――」

「いいから。フロントに誰かいるわけでもないし、大丈夫だよ」

 そう言って、彼女は私の手を引っ張り、半ば強引にホテルの部屋へ連れ込みました。


 406号室。

 山崎さんが選んだ部屋へ二人で入ると、ドラマの中で見たベッドや浴室、天井のシャンデリアなどがそのままの形で目に飛び込んできました。

「あの、私……」

 戸惑いながら口から出てきた、何の意味もなさない一人称が、薄暗い部屋の中空へ溶けていきます。

「座ってよ」

 ベッドへ座った山崎さんは、隣のスペースをポンと叩いて示しました。

 言われるがまま、私はその場所へ腰掛けます。

「このベッドの周りをね、10人ぐらいの大人が取り囲んでたの。それで、下着姿の私とパンツ一丁のおじさんに照明を当てて、カメラを向けてたの」

 部屋の中をぐるりと見渡しながら、彼女は言いました。その言葉には何の装飾もなく、まるで第三者がレポートしているような印象でした。


「あなたはなぜ、出演を辞退したの?」

 唐突な核心をついた質問に、私は身を固くしました。

 それが単なる興味から来ているのか、それ以外に裏の意図があるのかも読めず、何を答えても言い訳になりそうで、全身にまとわりついてくるような得体の知れなさがありました。

 私が当時の理由をありのまま伝えると、山崎さんは「ふぅん」と嘆息しました。

「よかったね。私みたいなことにならなくて」

 膝に頬杖をつき、生気のない目でこちらを見ながら言ったその言葉には、先ほどよりもはっきりとした意図が読み取れました。


 明確な敵意。


 その感情に射すくめられ、私は指先ひとつ動かせなくなりました。

「今日、私に謝りたいっていうことで来たんだっけ」

 そう言われ、私はかろうじて首を縦に振ります。

 それを見て、彼女は笑顔を浮かべました。

「じゃあ、ここに来るまでで目的は達成できたわけだ」

 その言葉で、私はまた二の句が継げなくなりました。

 一番最初に謝罪の言葉を伝えて、確かに彼女に謝るという目的は達成しました。しかし、山崎さんからそれに対する返事はもらえず、演技の感想を聞いてきただけです。


 彼女には、私を許すつもりはありませんでした。


「謝って、あなたがスッキリするのは結構なんだけどさ。私にはどんなメリットがあるのかな?」

 口調は変わらないのに、その目にはだんだんと怪しい光が差していきました。

「あなたが謝ってくれることで、明日から学校で援交少女ってバカにされたり、校門前で待ち伏せされたり、電車の中で男の視線に怯えたり、中学生とオフパコしたい変態おじさんがDMを送ってくることがなくなるならいいんだけどさ。残念ながらそうはならないのよね」


 淡々と明かされた、想像を絶する現状。

 彼女にそれをもたらした私が許されるために、どれだけの仕打ちを受けなければならないのか。改めてそんな現実を突きつけられ、恐怖で唇が震えているのを感じました。

「私……どうしたらいいですか」

 今すぐ逃げ出したいし、答えも聞きたくないのに、圧倒的な威圧感に縛り付けられていた私は、そう聞かざるを得ませんでした。

 その問いかけに、彼女は目線を落としてため息をつきます。

「今言ったとこじゃん。あなたが何かしてくれたとこで、私の状況は変わらないって」

 そうして、山崎さんはベッドのシーツに置いた私の手に、自分の手を重ねました。その冷たい感触に、びくんと肩が震えました。

「あの後に決まってた仕事もさ、イメージに合わないからって全部キャンセルになったし。もう引退するんだよね、私」

 その言葉は、ドラマの出演が彼女から奪ったものを、あまりにも生々しく伝えるものでした。

「だからさ。あなたも何もしないで? 今決まってる仕事も全部断って、そのままメディアにも、私の前にも顔出してこないでよ。分かった?」


 彼女が提示してきた条件は、私の引退でした。

 今後役者として芸能界で活動することをやめれば、今回のことは水に流すといいます。

「それは……」

 私はためらいました。

 物心がつく前からメディアと関わっていた私にとって、その選択は人生を投げ出すことと同義でした。自分の活動のために尽くしてくれた家族の顔が思い浮かんで、首を縦に振ることができませんでした。

「どうしたの? 簡単なことでしょ。なんで悩むの?」

 山崎さんはシーツの上から離した右手で、私の顔を掴みました。

 目尻から涙が滲んでくるのが分かりました。

「じゃあ何ならできんのよ。ねぇ?」

「やめて……ください」

 その言葉が、彼女の逆鱗に触れたようでした。

 修羅のような形相で、今度は私の髪を根本から掴みます。

「なんでこの後に及んで私に頼み事ができるわけ!? どれだけ人に甘えて逃げ回れば気が済むのよ!」

 鋭い痛みが走り、私は叫びに近いうめき声を上げました。

「ごめんなさい! 助けて……許して……」

 山崎さんの言う通り、こんな状況になっても、こんな状況になるまで彼女を追い込んでも、自分が助かることしか考えられないことに内心呆れていました。

 私に何かを望む権利はない。そんな思いに至った瞬間、抵抗して山崎さんの手首を掴んでいた手を下ろしました。

「できないなら……とりあえずこれでいいわ」

 そう言い、彼女は片手で髪を掴んだまま、もう片方の手でバッグからハサミを取り出しました。

「なにを――」

 問いかけるが早いか、山崎さんは掴んでいたところから先の髪を、乱暴に切り裂きました。

 ザキザキという音が耳元で響く中、私はただ涙を流すことしかできませんでした。


「さっさと出ていって。ずっといられると殺しちゃいそうだから」

 前髪以外をでたらめな長さで短く切られ、両手をついてへたり込んでいた私に、山崎さんはそう言いました。

今となっては冗談とも思えないその言葉を聞いて、私は弾かれたようにその部屋から逃げ出しました。


 時刻はまだ夕方の5時。彼女と顔を合わせてから1時間しか経っていませんでした。

 外は雨が降り始めていて、切り落とされて残った髪が、肩の上に数本へばりついてきます。

 泣き腫らしたボロボロの顔とおかしな髪型をした制服姿の中学生が、傘もささずにフラフラと繁華街を歩いている様を、周囲にいる飲食店の人や、仕事帰りのサラリーマンなどが奇異な目で見てきました。


「あの、これ」


 不意に横から、紺色の大きな傘を差し出されました。そちらを見やると、黒縁眼鏡をかけてカーディガンを羽織った大柄な男性が、傘を持たないもう片方の手でハンカチも差し出しています。二の腕にぶら下げたスーパーのビニール袋からは、キャットフードが覗いていました。

 年齢は、お父さんよりも少し若いぐらいでしょうか。

 驚いた私は反射的に自らを抱きかかえ、一歩離れてしまいましたが、男性の本気で心配しているような表情に、少しだけ緊張を解きました。

「あ、ありが……すみません。大丈夫ですから」

 そう言って傘を押し戻そうとしますが、彼はそれを動かそうとはしません。

「使ってください。泣いている女の人を見て見ぬふりして帰ったら、姉に怒られるので」

 ちょっと気まずそうにしていたら、そういうのすぐバレるんです。と、バツが悪そうな顔をしてはにかむ彼に、私は恐縮しました。

 あんなことの後に、私が何かを与えられていいのかというためらいがありましたが、ここまで言われて断るのは逆にワガママになってしまうと、私は傘とハンカチを受け取りました。

「すみません……必ず返します」

「いいですよ。次にたまたま見かけることがあればで」

 そう言うと、彼は小走りで去っていきました。


 帰宅した私を見た両親は、悲痛な感情を滲ませていて、何があったのかを問い正してきました。それに対して「美容院で失敗した」という見え透いた言い訳をして、私は夕食も摂らず自室へ閉じこもりました。

 翌日登校すると、クラスメイトが私の姿について口々に話す声が聞こえてきました。結局お昼休みには5階へ向かい、誰とも関わらずに過ごす生活に拍車がかかっただけの結果になりました。

「早坂さん、その髪――」

 やはり居場所を知っている千景君が、先日と同じように声をかけてきました。もともと白い肌が更に蒼白となり、昨日の両親と同じような表情を浮かべていました。彼が髪型について気がつくということは、余程の変化なのだろうという事も分かりました。

「もう、謝らないでね」

 山崎さんのアポを取った彼だけが、事情の察しはついているのです。責任を感じるなという方が無理な話だとは思いながらも、私はそう言いました。

「それに千景君も、もう私に近付かない方がいいと思う。こんなのとまた変な噂が立ったら、仕事に支障出ちゃうでしょ?」

 無理矢理笑う私に、彼は奥歯を強く噛んで、悔しさを露わにしました。

「僕も一緒に行くべきだった。そもそも、マネージャーも同席させなきゃいけなかったのに――」

「全部私のせいなの」

 彼の言葉を途中で遮り、私はそれ以上会話を続けまいと、食べかけのお弁当を片付けてその場を去りました。



 それからは、学校を欠席することがだんだんと増えてゆきました。

 3年生になると、勉強は家庭教師にを教えてもらい、テストの時だけ出席するという学校生活になりました。修学旅行も運動会も、卒業式にすら参加しませんでした。進路については、家から通えて、なるべく同じ中学校の生徒がいなさそうな高校を選んで受験しました。

 それなのに、進学した高校の入学二日目に行われたオリエンテーションで、部活紹介の時に、私は見てしまったんです。


 テニス部に所属する、山崎さんの姿を。


 1年前のトラウマが蘇り、身に覚えがある寒気を感じました。視界の端が暗くなります。

 私は顔を下に向け、背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、時間が過ぎるのを待っていました。


 彼女が卒業するまでは、この顔を見せてはならない。


 オリエンテーションが終わったその足で、私はコスプレグッズ専門店へ足を運び、整形テープとそばかすタトゥーシールを買いました。


 幸い山崎さんは、私のことを芸名で認識しています。

 髪型もなるべく地味に、写真や映像でも見せたことがない三つ編みにして、顔のチャームポイントになる要素は全てメイクで隠しました。貯金を使い、ワンサイズ上の制服も買い足しました。


 こうして私の、素顔を隠して過ごす学校生活が始まったのです。


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