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安楽椅子ニート 番外編16

神父「遠い所からご足労いただき、ありがとうございます。」

瀬能「いえいえ。」

神父「お疲れでしょう?」

瀬能「いえいえ。新幹線の手配などしていただき、こちらこそありがとうございます。」

神父「ええ。私共もこういった事が何分、初めての経験でございまして。」

瀬能「なかなか、あることじゃないですからね。」

神父「まったく、おっしゃる通りで。それで、途方にくれておりました所、地元大学の先生が、当方の、アジア支部にかけあって下さいまして、」

瀬能「ああ。それで話が大きくなっちゃったんですね。・・・ご心痛、お察しいたします。」

神父「そうです。・・・結局、アジア支部だけで話が収まらず、バチカンまで話が飛んでしまいまして、ええ。瀬能先生をご紹介いただいた、という次第でございます。」

瀬能「まあ、そんなに堅苦しくならずに。バチカンが興味を持つって、相当、面白い案件だったんでしょうねぇ?」

神父「先生にはご報告が行っていると思いますが、概要といたしまして、町内会の芋ほり大会で、総勢八十名近くが、聖母を見た、と。」

瀬能「まさか日本に聖母が降臨するとは思いもしませんものね?しかも、芋ほり大会の真っ只中で、でしょ?」

神父「我々教会も、一報を聞いた時は、驚きました。日本の田舎、山の中のド田舎ですよ?」

瀬能「ええっと?皆さんは?・・・ご近所で?」

神父「いえいえ。私共教会は、県庁所在地にありますから、連絡を受けて、、、一週間後ですかね?現地に入ったのは。」

瀬能「あ。ああ。・・・イタズラだと?思われた?」

神父「先生の前だからお話しますけど、イタズラだと思いません?芋ほり祭りで、聖母が現れるとか。・・・聖母が現れたから、何だって話なんですよ、正直な話。我々には関係ないですからね。」

瀬能「まあ、分かります。」

神父「正当な教会の支部であることは間違いないんですけど、東京とか、都市部の支部ではないので、零細も零細ですよ。名前だけ教会なだけですよ。派手な宗教活動を行っている訳じゃないんですよ?それが、芋ほり大会で、何十人もが聖母を見た、って話になって、新聞記者やら大学の先生やらが、騒ぎだしましてね。うちに話を持って来られても、どうする事も出来ないんで、ねぇ?先生もそう思いません?」

瀬能「地元の教会に、そんな話をされても、確かに困りますよね。だからどうした?って話なのは理解できます。」

神父「いやぁ、話の分かる先生で助かりましたぁ。うちの教会が困っていたら、勝手に、上層部に連絡されちゃいましてね。」

瀬能「勝手は困りますね。」

神父「そうなんです。勝手に。その大学の先生、教会のアジア支部とコネがあるらしく、直接、司祭だかなんだか知らない先生とコンタクト取りましてね、あれよあれよとバチカンですよ?私、バチカンなんて行った事もないですよ?アジア支部だって行った事ないのに。・・・面喰っちゃいましてね。」

瀬能「ふつう、ないですからね。」

神父「先生、あれなんでしょ?あのぉ、大英博物館とアメリカ自然史博物館の学芸員で、いらっしゃるんでしょ?そんな凄い方が日本にいるなんて、しかも、こんなお若い、女性の先生だなんて、私、聖母の話以上に驚きですよ!」

瀬能「いやいやいやいやいやいや。違います。誤解があります、神父さん。」

神父「違うんですか?」

瀬能「BMとAMNHの学芸員を両方、行えるはずがないじゃないですか?」

神父「そうなんですか?私、よく知らないもので。」

瀬能「あ、私、そのBMとAMNHの学芸員の方々に、調査を依頼されまして、伺っただけなんです。私が直接、学芸員ではないんです。」

神父「え?でも、学芸員の先生に、頼まれたんでしょう?・・・瀬能先生だって、物凄いじゃないですか!」

瀬能「まあ、たまたま日本にいて、たまたまメルトモだっただけで、そんなに凄い訳じゃないですよ?ただ、」

神父「ただ?」

瀬能「ただ、私の評価は、彼らの評価と同等の価値があると思っていただいて結構です。私の評価次第で、『奇跡』の評価が裁定されると思って下さい。」

神父「やっぱり、凄いじゃないですか!瀬能先生!」

瀬能「ところで神父さんは、やはり今回の聖母降臨は、奇跡だと思いますか?」

神父「いやぁ、私は、実際、この目で見ていないので、何とも言えないですね。八十名が揃って、聖母を見た、って言っているんで、奇跡かなぁ?という位しか。大学の先生は、奇跡だと信じている様子ですが。」

瀬能「揃いも揃って八十名が聖母を見た、って常識的に考えられると思いますか?」

神父「常識外の事が起きたから奇跡と呼ぶんじゃないでしょうか?・・・八十人が嘘をついているとも信じられませんし。」

瀬能「・・・そこなんです。」

神父「どこ?ですか?」

瀬能「その芋ほりに参加した八十人が全員で、嘘をついている可能性もあるんです。」

神父「そんなバカな。そんな嘘をついて、何の得があるんですか?」

瀬能「嘘に対する対価としての得は、わかりかねますが、こういう話題性を持てた事、教会が真剣に奇跡を調査しに来た事、奇跡として認定されれば歴史に残る事、まあ、もちろん、聖母の存在証明など、ありますね。」

神父「もし本当に私達を騙しているのなら、迷惑どころの騒ぎではないですよ?バチカンが動いたんですよ?私達のトップが!嘘じゃ済まされませんよ!」

瀬能「ところがどっこい、ギッチョンチョン!逆説的になりますが、これも嘘だと断言しづらかったりします。全員が全員、嘘をついていたら、嘘じゃなくなってしまうんですよ。あくまで、私はそれを検証するだけしか出来ませんから。」

神父「・・・と、言うと先生、この件、嘘の可能性もあるという事ですね。」

瀬能「嘘の可能性も否定できない、とだけ、言っておきます。」

神父「はぁ。だから嫌なんですよ。こういう話は。雲を掴むようで。それに私、実際、見てないし。見てたら、見た、って言えるけど。」

瀬能「これまでも、奇跡に認定された案件も、似たかよったかです。第三者が証明できる話ではないんですよ。聖母でも、聖人でも、神様でも、誰でもいいから、地球に住む全員の前に現れたら、奇跡でも何でもなく、事実として、皆、認めるのでしょうけどね。」

神父「瀬能先生、質問があるんですが、よろしいですか?」

瀬能「ええ。どうぞ。私が答えられる範囲であれば。」

神父「どうして神様や聖人様は、かくれんぼみたいに、出たり消えたり現れたりするのでしょうか?先程、先生がおっしゃられた様に、全員の前に現れれば、私達が、本当だ嘘だと、苦労する必要がないと思うのですが?皆、神様を信じると思うのですけど。」

瀬能「アハハハハハハハハハハハハハ。」

神父「?」

瀬能「面白い事をおっしゃる神父さんだと思いまして。」

神父「面白くないですよ。今回だってこんな田舎まで来るハメになって。休暇だって潰れるし、いい事ないですよ。」

瀬能「そもそも、神様って何者なんでしょうね?神様って何なのでしょうか?」

神父「?・・・考えた事もなかったです。・・・先生、コーヒー飲みますか?」

瀬能「あ、どうも。ありがとうございます。神様、仏様なんて言いますが、宗教によって呼び名は違いますが、概念的には似たものだとされています。そして、何故か神は、人間にしか相手にしないようなのです。」

神父「人間にしか?」

瀬能「犬や猫を相手にする神様をみた事がありますか?牛や馬、豚、カメレオン、オランウータン、鳥、なんでもいいです、昆虫でもいいです、植物でもいいです、そういったものを相手にする神様、みた事ありますか?」

神父「・・・そうですね、そう言われれば、聞いた事ないです。ま、見た事も、もちろんないです。」

瀬能「神は人間の前にしか、現れないのです。神は人間限定の、何らかの存在なのです。」

神父「人間限定ですか?・・・それは、先生。人間が知能を持っているからじゃないですか?知能を持っているから神様を認識できるっていうか。」

瀬能「おかしな話ですね?犬、猫、その他、動物だって、他のものを正しく認識ができますよ?あれはエサだ、これは天敵だ、とか。神様だったら、不平等をせず、人間も、犬も、猫も、猿も、キジも、イノシシも、なんだって平等に接してくれないとおかしくないですか?人間だけ、なんかチヤホヤするって、エコヒイキですよね?神様がエコヒイキしていいんですか?」

神父「う、ううん。エコヒイキですね。これは。」

瀬能「人間に限って言えば、神様がいる、神様を信じる、神様がいるとされる宗教がある、等々、神という概念を理解している人間はほぼ全員だそうです。地球上の人間は全員、神と言う概念を理解しています。私達の様な文明社会で生きている人間だけでなく、文明と隔離された原始的な生活を送る民族ですら、神と言う概念を理解しています。神が何なのか、というのは別にしておいてですけどね。」

神父「はぁ。えらいもんですね。」

瀬能「原始的な生活をする民族の方が、より身近に神様を感じているのは確かですよ。神が生活に密着していますから。何を私が言いたいかと言えば、、神は人間にしか見えないって事です。不公平ですけどね。」

神父「やっぱり知能とかと関係があるんじゃないんですか?高い知能じゃないと見えないとか。・・・不公平ですけど。」

瀬能「まあ、神というのは、自然科学の世界から言えば、大勢の人間が一緒に生活する社会、その社会を構築する上で、生まれた概念だという事です。神という概念が、人々を社会的に管理し統制しやすくする為のシステムだと言えるのです。平たく言うと、それが宗教と呼ばれるものです。」

神父「待って下さい、先生!え、という事は、神様はいないって事ですか?」

瀬能「自然科学の観点から見れば、神様はシステムというだけの話です。神様というシステムがうまく機能することで、人間を統治してきた歴史があることも事実です。宗教と政治は、遠い様で近い存在というのは、神様が誕生した時から役割が同じだった訳ですから、今に始まった事ではないのですよ。」

神父「さすが先生。私、勉強になります。」

瀬能「では、神父さん。神様は何者たるや、という話ですが、神様は私達にどのような恩恵を与えて下さるのでしょうか。」

神父「・・・神様の恩恵ですか?・・・神様は私達を見守って下さって、いらっしゃるのでは?」

瀬能「・・・見守るだけ?」

神父「・・・ええ、まぁ。特段、何かをしてくださる訳ではないかと。」

瀬能「見守るだけなら、セコムの方が優秀じゃないですか?」

神父「セコムと神様を一緒にしちゃあ、流石にマズイと思いますが。」

瀬能「神というものに誤解がある人が多いので、あえて言いますけど、神は人間の味方ではありません。まるで人間の味方の様に、曲解している方が多い印象をうけますが、決して、人間の味方ではないのです。神は、神なのでより大きな存在です。高位であり人知を超えた存在です。万物を創造し、改変したり破壊したり、事象を司っています。そんなものが、ちっぽけな存在である私達人間を相手にするでしょうか?私達、人間がミジンコ、バクテリアを意識しないように、神もまた、人間を相手にする事はないのです。神は私達、人間の味方ではなく、人間は神のなされる振る舞いに、なすがまま、されるがまま、一喜一憂するしかないだけの哀れな存在なのです。」

神父「あ、ああ。・・・。そうですよね。」

瀬能「宇宙をつくった神が、人間相手に何かしてくれると思いますか?私は、何もしてくれないと思いますよ?嫌だったら、今の宇宙、壊して、新しい宇宙を作っちゃえばいいんですから。」

神父「先生のおっしゃる通りかもしれませんが、でも、ねぇ?私達信徒は神様を信じておりますから。」

瀬能「そう、それです。神を信じるとか、信じないとか、そういう話になりますが、神を信じたり、祈ったり、願いを込めたり、しますよね?神はそれに応えてくれるのでしょうか?」

神父「・・・う、ううん。う、難しい質問ですね。」

瀬能「答えは先程と一緒です。神は人間を見ていませんから、いえ、見えていませんから、あまりにも小さな存在過ぎて。祈ったり、願ったりした所で、神が応えてくれる事はありません。信じるのは自由ですよ。信じるのは。応えてくれる事がないだけで。神様に死にたくないって祈って、戦争で、幾人の人が犠牲になったのでしょうか?命令する人間はのうのうと生き延びて、末端の人間だけが殺されて、そんな無慈悲な事が許されるのでしょうか?神は罰を与えたのでしょうか?祈れば何か変わるのでしょうか?願えば幸せになれたのでしょうか?・・・神は私達の味方ではないのです。」

神父「先生。・・・それでも、私達、信徒は祈る事しか出来ません。祈る事で少しでも世の中が良い方向になるように、祈る事しか。」

瀬能「神父さん。きつい言い方をあえて、いたしますが、それは何に対して祈っているのですか?神ですか?それとも、別の何か、例えば、純粋な希望、夢、願いじゃないですか?」

神父「私は、神に仕える身ですから、大そうな事は言えませんが、やはり、最後は、みんなが幸せになって欲しいっていう想いだと思うんですよね。」

瀬能「・・・それが、神の正体の一つ。神の一つの側面だと私は考えています。・・・神は、人間が作り出したもの。人間の想いが、神になったのではないかと思うのです。」

神父「先生とお話していると、興味が尽きなくなります。」

瀬能「じゃ、コーヒーをいただいたお礼にもう一つ面白い話をしましょう。・・・神を見やすい人間がいるのをご存知ですか?」

神父「神を見る?・・・見やすい?」

瀬能「今回の事件に類推するような話です。神を見た人間、神を見やすい人間に、特徴的な事があるのです。ま、そうですね、原始的な生活をする民族が、神を降臨させる儀式などでよく見られますが。」

神父「ああ。シャーマン?降霊。・・・なんでしたっけ?覚せい剤の成分と同じ、あれですよね?」

瀬能「一概に覚せい剤と同じ成分とは言えませんが、その地域で生息している動植物によって正確には違うのですが、どちらにしても、幻覚作用をもたらす何らかの物質を体に入れます。もう幻覚作用と言ってしまっているので、神様は幻覚なのです。」

神父「それを言っちゃ、元も子も。」

瀬能「シャーマンなどが、幻覚作用をもたらす物質を体内に入れる事で、普段と違う、言動、振る舞いをしてしまい、いわゆる神がかっている、神が宿っている状態と、他の皆は認識します。稀に、そのような幻覚作用をもたらす物質を取り込まなくても、神を見る人、神が宿る人がいます。やはり、その人を見た他の人は、神がいたと認識する事でしょう。」

神父「幻覚じゃなくて、神が見えるのなら、それは、まさしく神が降臨しているのではないのですか?」

瀬能「問題は、その神が見える人だけにしか神が見えないという点です。周りの人は、神が見える人が、神が見えると言うから、神がいるんだ、と段階的に、間接的に神を認識する事です。今回の件と似ているでしょう?」

神父「・・・確かに、似ていますね。」

瀬能「答えは簡単で、脳の器質的変化と言われています。」

神父「器質?また難しい話ですね。」

瀬能「いえ簡単です。幻覚作用をもたらす物質を体に入れなくても、通常状態で、脳が幻覚を見せている、というだけの話です。」

神父「?・・・どういう事ですか?ますます訳が分からない。」

瀬能「脳に何らかの器質的な特異性があり、多くの人が見ないであろう幻覚を、何もしなくても見てしまうという症状です。」

神父「・・・病気とか、そういう話ですか?」

瀬能「以前は病気、傷害と言った、言い方をしたようですが、今は、固有性とか、特異性とか、個性とか、そういう言い方をするみたいですね。ほら、アインシュタインとかモーツァルトとか、山下清とか、サヴァン症候群の人、いますよね?あれと似たようなものです。脳に特異性がある事で、そのような人にだけ神が降臨してくるのです。そう、選ばれた人なのです。選ばれた人の前にしか、神は現れないのです。多くの人は、それがないから、神を見る事が出来ません。」

神父「・・・それが、神があらわれる理由。」

瀬能「もしかしたら聖人と呼ばれる人の脳は、同じ、特異性を見つけることが出来るかも知れません。正に、天が与えた才能と呼ぶべきか、神が与えた祝福と言うべきか、神が人を選ぶのです。・・・あくまでも、そういう説がある、という話ですが。」

神父「神に選ばれた人間・・・。まさしく、聖人なのですね。」

瀬能「そんな大袈裟な話でなくとも、神は現れるようです。先程、話した、幻覚と同じ理屈です。・・・集団幻覚、集団催眠と言われる状態がそれです。環境さえ整えば、大勢の人間が同時に幻覚を見る事例は報告されています。大勢が、神を見る、可能性があるという事です。」

神父「先生、それって今回のこの町の一件と同じではないのですか?」

瀬能「その整った環境にもよりますが、例えば、著しく酸素が薄い場所では、複数の人間が酸欠状態により、同時に、幻覚を見た、という事例があります。他にも、大勢で幻覚作用のあるキノコを食べてしまい、食べた全員で、幻覚を見てしまった、という話もあります。

今回、この町で起きた聖母降臨の件ですが、サツマイモに幻覚作用があるという話を聞いた事がありません。別な方法で、八十余名の人間が、幻覚を見た可能性を発見できれば、科学的な証明になるかと思います。」

神父「・・・なるほど。なるほど、先生が派遣されて来た理由が分かった気がします。」

瀬能「私は一概に神の奇跡を否定は致しません。しかしながら、神と奇跡がイコールとも思っていません。神が関係ない奇跡もあると思います。文字通り、奇跡ですけどね。今回、聖母を見たというのが、なかなか面白い事例で、だから、私は興味を持って、調査に来たのです。と言うのも、この日本で、仏教圏で、聖母が現れるというのは、あまり聞く話ではないからです。」

神父「・・・と、言いますと?」

瀬能「神は教会圏にしか現れません。多少、話がごちゃごちゃになりますが、存在を知らない人の前に神は現れないのです。これまで、神、聖人、聖母が降臨した事例は、教会圏だけです。敬けんな信徒の元にしか、神は姿を見せないのです。なぜかと言えば、神という存在を知っているからです。神が何者で、どういう存在なのか、信徒は知識の上で知っているから、現れるのです。不思議な事に、仏教圏では、仏様が現れます。教会圏で、仏様は現れず、仏教圏で神様は現れないのです。そうです。お互いにお互いの存在を知らないから、現れようがないのです。・・・神様はとても照れ屋なのでしょう。知らない人の前にはほぼ絶対と言っていい程、姿を見せてはくれません。」

神父「では、何故今回、仏教圏であるこの土地で、聖母が現れたのでしょうか?」

瀬能「・・・とても、わくわくします。どうして現れたのでしょうか。聖母とは何者なのでしょうか。今の所、考えているのが、皆が一応に聖母と言っている物の何かです。聖母というからには、女でなければなりません。例えば、女というものをアイコン化するとしましょう。ディフォルメ化とも言います。女は、少し小さくて、丸みを帯びて、髪のようなものがあって、それは長く見える髪、スカートのようなものを身に着けている、言ってしまえば、一昔前の女子トイレのマーク、女子トイレのアイコンが、非常に良い例です。女に見えてしまった何かを、誰かが聖母だ、なんて口ずさめば、それが広がり、聖母を見た、という話に置き換わっていくものです。おまけに、大学の先生が、聖母を見た、なんて騒いでいれば、見てなくても、見た気になってしまうものです。」

神父「ほぅ。はぁ。・・・なるほど。」

瀬能「ただ、先程も言いましたが、集団幻覚も女性のアイコン化も、謎は一つも解けていません。せめて、集団幻覚の謎さえ解ければ、一つ、問題は進展するのですが。・・・なんだかんだで二週間、経過してしまったから、当日、この土地で食べられていた物が残っている可能性は少ないでしょう。成分分析すれば一発で毒物の特定が出来たのに、残念です。」

神父「・・・・う~ん。保健所にサンプルが残っていればいいんですが。あと、屋台かぁ。屋台でサンプル、取ってある店、あるかなぁ。・・・聞いてみますか?私達、ねぇ、国でも県の人間でも、ありませんから働きかけは難しいと思いますけど、聞くだけ、聞いてみましょう。バチカンとか言えば驚いて話を聞いてくれるかも知れません。」

瀬能「おお、神父さん、頼りになりますね。」

神父「わざわざバチカンからの依頼で来て下さっている瀬能先生ですから。可能な限り、協力いたします。・・・何の権限もない教会の下っ端ですけど。」

瀬能「いえいえ。あとは、本当に、誰かが催眠術をかけた、という可能性もあります。集団催眠です。」

神父「・・・そういうのもあるんですか?」

瀬能「催眠状態と言っても、サブリミナル効果と言われる、無意識で、催眠にかかってしまう例もありますから、催眠効果を受けた人が気が付かない可能性もあります。・・・有名な小説の受け売りですけどね。」

神父「サブリミナル・・・。そういうのもあるんですね。」

瀬能「故意に限らず、集団催眠に陥ってしまったケースもありますからね。他にも、歌手がコンサートで煽って、集団催眠をかける方法や、能、歌舞伎といった演劇で、トリップ状態になり、催眠がかかってしまうケースもあります。なので、手法も、方法も多彩なんですよ。」

神父「そういうの聞くと怖いですね。」

瀬能「人間の心理状態、精神状態は怖いですよ?何をもって正常なのか、誰も判断が出来ませんから。自分が正常と思っているだけで、果たしてそれは本当に、正常な状態と言えるのでしょうか?ねぇ?」

神父「先生、怖い事、言わないでください。」

瀬能「あらゆる可能性が否定され、案外、シンプルに、本当に聖母がこの町に、やってきた可能性も、ちゃんと考えています。」

神父「・・・もし、本当に、本物の聖母が降臨したとしたら、何の為に、いらっしゃったと先生はお考えですか?」

瀬能「まあ、単純に芋が食べたかったんじゃないですか?聖母だってお腹が減る事もあるでしょうから。」

准教授「瀬能先生はこちらに?あ、先生、探しましたよ?先生がおっしゃっていたデータ、持ってきました。」

瀬能「ああ。どうも、ありがとうございます。」

神父「あのぉ、先生?こちらの方は?」

瀬能「ああ、ご紹介が遅れましたね。こちらは、有名な国立大学で主に自然災害を研究されている先生で、今年、教授に」

准教授「瀬能先生、まだ、准教授です。准でございます。准で。」

瀬能「教授に選考されなかったんですか?」

准教授「まぁ、フィールドワークをやり過ぎまして、未だ、准教授に甘んじております。おかげで、色々、飛び回れておりますが。」

瀬能「そうなんですね。それで、こちらが、今回の聖母降臨の是非について依頼された教会の、神父さんです。」

神父「よろしくお願いします。」

准教授「こちらこそ、よろしくお願いします。」

瀬能「准教授は、自然災害を研究されており、地震に関する論文を書かれております。」

神父「地震ですか?」

瀬能「神父さん、私、今回、この町で起きた、聖母降臨は、集団幻覚の疑いがあると睨んでいます。たぶん、それであろうと。」

神父「集団幻覚ですか?先程、先生がおっしゃられた、幻覚作用のあるものを食べたり、飲んだり、して?と。」

瀬能「いえ。そうではありません。なぜ、『芋ほり祭り』で聖母が降臨したかと、それが最大の謎であり、最大の答えだったのです。」

神父「芋ほりが?」

瀬能「そうです。私は、芋ほりによって、掘られた芋を食べ、そのおなら、すなわち、ガスで町中の人が、集団幻覚を見てしまったと、推測します。」

神父「・・・おなら?・・・先生、おならで?おならで?」

瀬能「おならで。」

神父「いや、ちょっと、待って下さい。いくら、バチカンが召喚した先生とはいえ、おならで幻覚が見え、さらに、それが聖母に見えた、というのは、愚弄し過ぎではないですか?そんな報告、私、出来ませんよ!真面目にやって下さいよ!」

瀬能「極めて真面目な解答だと、私は考えていますが?おなら、すなわち、メタンガスが幻覚の正体です。・・・芋の食べ過ぎで、体にメタンガスが発生し、幻覚が見えた、それが答えです。」

神父「瀬能先生!・・・さすがに、それは、ちょっと!いくら何でも、先生、ふざけていらっしゃるんですか!バカにしないで下さい!メタンガス?・・・え?・・・いやいやいや。先生がふざけていないのは分かりますが、バチカンの司祭におならで聖母が見えたって報告できませんよ!私は!・・・私、クビになってしまいますよ!」

准教授「・・・先生は本当に、愉快ですね。」

神父「愉快もへったくれもないですよ!私、これ、生活がかかっているんですよ!」

瀬能「アハハハハハハハハハハハハハ」

神父「なんですか!今度は!」

瀬能「・・・いえいえ、申し訳ありません。おかしくて笑ってしまいました。世の中、何でも、幽霊の正体見たり、枯れ尾花です。聖母の正体もおなら、だったなんて笑うしかないですよね。」

神父「私は笑えませんよ!」

瀬能「失礼。失礼。あまりにも神父さんが真面目に考えられていたので、冗談だと言うのを、言えなくなっていました。申し訳ありません。」

神父「冗談だったんですか?先生、いい加減にしてくださいよ!ほんとに、もう!」

瀬能「失敬。失敬。失敬。アハハハハハハハハハハハハハ。・・・ですが、メタンガスが正体なのは違いはありません。おならではなく、違う種類のメタンガスです。」

神父「おならではない、メタンガス?」

瀬能「ええ。その為に、地震専門の准教授をお呼びしたんです。私は、以前から、この地域周辺に地震が頻発していたので注視していました。まさか、聖母が現れるとは思っていませんでしたが。地震の規模は小さいものの、頻度が多かったので、この下に何かあるな、と考えていました。それで、准教授に頼んで、地質調査をお願いしました。」

神父「地質調査、ですか?」

瀬能「地面の下に何が埋まっているか、知りたかったからです。それが、聖母の正体です。」

准教授「ええ。瀬能先生の推測通り、メタンハイグレートが埋まっていました。」

神父「メタン?・・・なんですか?メタンなんとかって?・・・メタルスライムの仲間みたいな奴ですか?」

瀬能「メタンハイグレートです。メタンガスが固体化したものです。まあ、凍ったメタンガスと言った所でしょうか。頻発する地震により、メタンハイグレートが埋まっている層に亀裂が生じ、そのまま、地上に、メタンガスが溢れ出てしまいました。運が悪い事に、メタンガスの出た真上に、この町があったのです。しかも、この地域は、盆地です。溜まったガスが外に出る事が出来ない地形です。どんどんメタンガスの濃度が高くなっていった事でしょう。メタンガスは二酸化炭素ですから、この地域全体が酸欠になったと考えられます。大勢の人間が酸欠になった理由が、メタンガスが盆地に溜まった事によるものです。酸欠状態になれば、意識が朦朧として、頭痛を起こしたり、吐き気をもよおしたり、幻覚を見せたり、させてしまうのです。

過去の聖母の出現の事例では、聖母の出現に合わせて、雷が起きた、轟音を聞いた、空がぐるぐる回った、という証言があります。それって、今回、この町で起きた、メタンガスによる酸欠の症状と酷似していると思いませんか?酸欠で、耳鳴りがすれば轟音に聞こえるし、頭が痛いから、空がぐるぐる回るように見えるし、稲光であっても、光の過敏によってそう見えた可能性があります。

では、聖母の正体はなんなのか?聖母が被っているベール。それに似たものを見ました。・・・芋畑にいたオバチャンです。手ぬぐいを頭に巻いて、白い割烹着、もんぺ姿。手ぬぐいがベールに見え、割烹着が白いドレスに見えた事でしょう。

聖母は聖母でも、芋畑の聖母だったのです。」

神父「オバチャンが、聖母?」

准教授「・・・素晴らしい。さすが瀬能先生だ。いやぁ。脱帽です。聖母降臨の謎を解いてしまうなんて。」

神父「先生、本当に、地元のオバチャンが聖母の正体だったのですか?」

瀬能「私はあくまで、この場で起きた事象から推測するに、聖母降臨は、無かったと結論づけました。

でも、神父さん。これはあくまで、私の仮説です。神父さんが聖母を見ていない様に、私も、この目で、聖母を見ていません。後から来た人間が、こじつけで物を言っているだけに過ぎません。」

神父「・・・そうですね。ただ、私は瀬能先生のおっしゃっている事にとても説得力を感じます。それが今回の奇跡の真実なのでしょう。本物の聖母が見られなかったのは残念ですが、やはり私は、神様や聖母様を信じています。神の存在と救いは別のもであると考えていますから。」

瀬能「・・・私の考えは今、お伝えした通りです。」

神父「私も、事実を事実として受け止めて、先生から頂いた調査結果を教会に報告したいと思います。」

瀬能「ところで、神父さん。准教授。私達も見てみたいと思いませんか?・・・聖母さまを。」

神父「あ、」

准教授「いいですね。」

瀬能「お腹が減りました。聖母さまが掘った芋を食べに行きましょう。とびきり甘い蜜、最高ですよ。」




「なぁ、さっき、駅の喫茶店に行ったら、瀬能さんと会っちゃってさぁ、警察に職質されてて。・・・面白かったよ。」

「・・・面白かったんですか。」

「朝から喫茶店で、コーヒー飲んでてさ。しかも、スーツ姿でだぞ?無職なのになんでスーツ着てコーヒー飲んでるんだよ?朝から。」

「木崎さん。色々語弊がありますよ?瀬能さんだって、コーヒー飲みたい時くらいあるんじゃないんですか?」

「わざわざスーツ着て?働いてもいないのに?」

「それは知りませんけど。」

「どうして?って聞いたんだよ。そしたら、芋ほりの帰りだって言うんだよ。芋ほり?スーツ着て?おかしくない?」

「はぁ。」

「まあ、あの人は、前からおかしい人だったけれどもよ。それで、芋、分けてもらっちゃった。すげぇ蜜が出るんだって。芋ほり聖母マドンナから貰ったって言ってたな。」

「芋をもらっちゃう木崎さんも、たいがい、瀬能さんと神経が似ていると思いますよ?」


※本作品は全編会話劇です。ご了承下さい。

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