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四 <白蛇族>として

 ぶっ殺すとは言ったものの、ゴウザの最初の一撃は大いに手加減していた。軽く張りとばして、痛い目を見せて泣かせよう、そんな意図がありありとしていた。


 ガルはそこに食いついた。遅すぎる張り手を易々とかいくぐると、思いきって懐に飛びこみ、ミアに習ったひじ打ちを放ち、掌底を顔面に食らわせた。


 ゴウザはすばやかった。まともに食らわなかった。だが、銀色の目が怒りでぎらついた。

 次の瞬間、手加減抜きの張り手が襲いかかってきた。ごう、と側頭部で風がうなる。あやうく躱したものの、心臓の鼓動は一気に跳ねあがった。胸の中でうるさいほど高まり、息が苦しくなる。


「どうしよう、名誉の決闘は、十五歳から、なのに、ふたりとも、まだなってないよ!」

 タロが両手を頬にあてておろおろする。

「いいんじゃねえか。正式じゃないんなら、いざというとき加勢したってかまわねえし」

 ウェンはうすく笑い、指を鳴らした。


「ウェン、絶対手え出すなよ! 出したら殺す!」

 ゴウザのこぶしをかいくぐりながら、ガルは全身で吼えた。ウェンはびくりと身を震わせると、やれやれとばかりに首をふり、後ずさった。


「いいぞ、ガル、やっつけちゃえ! ゴウザなんか、ころしちゃえ!」

 ソーヤはウェンの腰にしがみついたまま、小さな拳をふりあげ、咽喉が擦り切れそうな声をはりあげて声援を送る。タロがだめだめ、と首をふって指でつつく。

「『ころしちゃえ』は、だめだよ、ソーヤ」


 またゴウザがつかみかかってきた。ガルはすばやく身を伏せて、そのまま足元に蹴りをしかけた。ゴウザは顔を歪めてよろめきながら、ガルの襟首をつかんで放り投げる。


 人垣がわっと割れた。ガルは宙を飛び、地面を転がり、顔を強く擦った。頬の熱さと、たらたらと流れる血を感じながら跳ね起きる。


 ゴウザが迫ってきた。ガルは真っ向から突進し、深く身を沈めて前に踏みこみ、跳びあがりざまに頭突きを食らわせる。がきっと硬い感触が頭に響いた。すぐに距離をとったが、間に合わずに肩を強く打たれた。くずれそうになりながらも、持ちこたえる。


 ゴウザはガルをにらみつけ、血まじりの唾を吐きだして口元をぬぐった。あえぐ口の中が真っ赤に染まっている。

 ガルは痛む肩を押さえ、息を整えた。ざっくりと擦れた頬が熱く燃えるようだ。


 だが、ふたりとも戦意を失うどころではなかった。ガルは金色の目を光らせて笑い、ゴウザは銀色の目を細めて犬歯を剥きだす。もう一度ぶつかり合うべく身をたわめた瞬間。


「やめんかあああーーーーーーーッ!」


 とてつもない大声が、作業小屋の屋根と柱を震わせた。

 騒いでいた子どもたちはいっぺんで静まりかえった。ガルもゴウザも跳びあがり、おそるおそる声の主をたしかめる。


 気圧されるように人垣が開き、ゴウザよりも華奢で小柄な姿がすすみ出た。

 その肩のメイレンまでいっしょになって羽を膨らませ、ふたりを睨んでいる。

 ガルは震えあがった。冷汗がわきだす。となりでゴウザも同様だった。


「さて、どうしますか、小津乃(オズノ)


 だが幸いにも、ミアの後ろから、黒い革を編んだ眼帯をつけた、三十がらみの中背の男が進み出てきた。ミアと同じ黒い上着と脚衣(きゃくい)、首には珠をつづった上級(じょうきゅう)狩猟師(しゅりょうし)(あかし)をつけている。

 オズノはゴウザとガルを見やり、まわりの子供たちを見回し、一喝した。


「とりあえず、お前ら! 全員干しアカバ抜き!」


 ちょうどおやつの籠を運んできた瑛蘭(エーラン)婆さんが、オズノの大声に飛びあがった。


 ×    ×


 干しアカバをつめた籠を抱えたまま、エーラン婆さんが去っていった。

 傷の手当が済んだガルとゴウザは、オズノの前に立たされていた。ゴウザはそっぽを向いていたが、ガルは顔をあげ、オズノから目をそらさなかった。


「なにを堂々としてるんだ。少しは反省しないか、この悪ガキめ」

 ガルはちぇっと口を尖らせた。

「……お前もだぞ、ゴウザ。そうやってふてくされてるんじゃない」

 ガルに対するよりもずっと柔らかい声音だった。ガルはますます口を尖らせたが、ふと、ゴウザがひそかに唇を噛みしめたのに気づいた。


「さて。ガルの気持ちはわからんでもないが、喧嘩を売ったのは間違いだ」

「なんだよ、それ! じゃあ、だまって見てるのが正解なのかよ!」

「違う。そうは言っていない」

「体がでかくて力が強けりゃ、思いどおりにさせといていいのかよ! それが正しいのかよ! そんなの許せるか!」

 ガルは隣のゴウザの腕をばしばし叩き、指をつきつけた。


「違う。力づくで解決してはならないといっている。お前が今言ったとおり、力で相手を、ものごとを思いどおりにするのは間違っている。

 だから、喧嘩を売るのは間違いだ。われわれ〈白蛇族(しろへびぞく)〉は、喧嘩は強くはないが、それ以上の大きな力を持っている。扱い方ひとつで街一つ、いや国一つでも滅ぼせる劇毒もそうだし、人を治す薬という力もそうだ。

 だが、それを使って、人や物事を思いどおりには決してしない。それが〈白蛇族〉だ。力で支配するな。まして力づくで解決するな。それは〈白蛇族〉ではない」


「あんたもだよ、ゴウザ。人ごとじゃない」

 ミアが口を挟んだ。ひとごとだというようにそっぽを向いていたゴウザが、いきなり叩かれでもしたかのように向きなおった。

 ミアはゴウザをまっすぐに見た。ミアが四つ年上だが、ゴウザの方が背が高い。見た目だけなら、同じ年頃のように見える。だが、小さなミアを、大きなゴウザの方が見あげているようだった。


「あんたの気持ちも、アカバの粒くらいは分からんでもないけど、乱暴はだめだろ、乱暴は。ガルはまあ、別にいいや、でも、何にもしない年下の子をいじめたのは、問答無用であんたが悪い。シュリがあんたに何かしたか?」

 ゴウザはうつむいて首をふった。


「じゃ同情の余地無し。タロのことだってそうだ。タロがあんたに何かしたのか?」

 ゴウザは一瞬ためらったものの、むしろ打ち消すように大きく首をふった。

「よし、よく認めた。いいかい、あんたも〈白蛇族〉のひとりなら、そんな卑劣なマネはやめるんだ。……でしょう、オズノ?」

「分かったな、ゴウザ。お前は〈白蛇族〉として、シュリと、それにタロに謝るんだ」

 オズノもゴウザをまっすぐに見た。


 ゴウザは目を見開いた。落ち着かなさげに目をそらしたものの、小さな声で「はい」と答える。ガルは一瞬耳を疑い、ゴウザを横からまじまじと見てしまった。


「なんだよ」

 ゴウザは銀色の目でガルをにらんできたが、すぐに目をそらした。見たこともない不安そうな横顔だった。


〈白蛇族〉の正式な謝罪は、定められた儀式のようなものだ。

 もし言葉や所作を忘れたら、そのたびに教えを請う手順があり、間違えたときには、間違いを償う手順がある。

 とくに十五歳までは、年齢を重ねるごとに長く複雑になるため、たいていは、何度も立ち往生しては、前に戻ってやり直しを繰り返す。


 自分の謝罪すべき過ちばかりか、自分の無知まで延々と衆目に晒される恥ずかしさに耐えかね、十五歳でも泣きそうになる者も出る。

 ゴウザの声は少し震えていたが、すべての立ち位置、言葉や所作で一度もつまずかず、何ひとつ間違えなかった。

 ガルは驚き、舌を巻いた。他の子たちも、ざわめきたいのを必死でこらえて神妙な顔をしている。ウェンは最後までぽっかりと口を開けていた。


 ゴウザは一度でやってのけたが、少しも得意げな様子はない。正式に過ちをみとめ、謝罪したことに、ひどく怯え、恥じているようだった。


 ゴウザの正式な謝罪を、タロは正式な所作で受け容れ、にこにこと笑った。

「ゴウザが、ちゃんと、ほんとに、人に謝るとこって、はじめてみた。なんかいいなあ」

 ゴウザは真っ赤になって「うるせえ、デブ」とうめく。タロはにこにこと笑うだけだ。


 だが、肝心のシュリの姿はなかった。ついでにソーヤもいない。ガルたちが叱られている間に、二人でどこかに行ってしまったらしかった。

 シュリはゴウザが怖いというより、誰であれ、人と関わるのが苦手で、仕事や義務がないかぎり、すぐに姿を消してしまう。ソーヤはいつもシュリを追いかけて一緒にいるのだ。


「たく、シュリのやつ。みんなの前でゴウザに謝らせるいい機会だってのによ」

 ウェンはつまらなそうに言ったものの、ゴウザを見る目は落ち着かなげだ。


「仕方がない。ゴウザ、明日必ずシュリに正式に謝れ。まずそれが第一だ。さらに、明日からはガルとふたりで罰を受けてもらう」

「ええ、俺もッ?」

「言っただろう。力づくの支配、それに力づくでの解決も、〈白蛇族〉として許されざるものだ。調合、狩猟、栽培、飼育、加工、各筆頭に相談して、お前たちに特別の厳しい仕事を与えてもらうようにする」

「なあ、嘘だろ、ほんとに俺も?」

「お前もだ、ガル。少しは反省しろ」


 一方のゴウザは神妙に聞いていたものの、隣で落ちこむガルを見やって眉をしかめ、助けを求めるようにミアを見た。

 ミアはうなずき、ガルの姿をしばらく見ていたが、不意に笑みを浮かべ、オズノにそっと耳打ちをした。

 オズノはうなずき、咳払いをした。


「えー、ガル。お前にはさっそくこれからひとつ罰仕事に行ってもらおうか」

「えええ、何で俺だけ!」

 ガルは耳を疑った。ゴウザが驚いてミアを見る。ウェンは拳をふりあげた。

「そいつはおかしいぜ、オズノ、余計に仕事させるんなら、どう考えてもゴウザだろ!」


 オズノは見向きもせず、厳しい顔で続けた。

「シミズゴケの採取だ。すぐに行って手伝ってこい」

「ええええ、シミズゴケ? うそだろ、勘弁してくれ、今からじゃ冷たすぎるだろ!」


 聞いただけで指がしびれてくる思いだった。シミズゴケは、山から湧き出す清水、それも凍る寸前のような冷たい水の中でしか栽培できない。

 それを採るとなれば、凍るような冷たい水に、しかもシミズゴケを痛めぬように素手で丁寧に扱わねばならない。

 ひとつ採る間に、両手の指は冷え切って、骨までジンジンしびれてくる苦行のひとつだ。


 だが、ウェンたちはニヤニヤと笑い出した。ミアが片目をつぶって見せる。ゴウザでさえ口元を押さえ、必死で笑いをこらえている。

「ガル、よかったねえ」

 タロがガルの肩をぽんぽんと叩いた。ウェンが急いでタロのお腹をつねくって黙らせる。


「いってこい、ガル! しっかり働けよ!」

 ウェンはガルの背中を勢いよく叩いて送り出した。

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