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三 乱暴者

「ばかばかばか、豪沙(ゴウザ)のいじわる、しんじゃえ、しんじゃえ、今すぐしんじゃえ!」


 作業場(さぎょうば)に近づくと、ガルの耳に幼い女の子の泣き声が突き刺さった。

 中級作業所の手伝い当番は、敷地のはずれ、柱と屋根だけの簡素な建物で行われている。

 作業卓の上では、丸薬を丸める仕事が途中のままで、長椅子には誰も座っていない。

 二十人ほどの子供たちはみな作業場の外で、何かを遠巻きに囲んでいる。


 十歳前後の年頃で、大方が〈白蛇族〉の銀髪銀目――銀や白銀の髪に、灰色や銀灰色や銀色の瞳だ。

 ガルの月色の髪、金色の瞳のように、あきらかな他の一族の色は数人だが、青や黒、金の気配が少し混ざったくらいの銀色は少なくない。


「うるっせえな、黙れよ奏夜(ソーヤ)! 俺がお前を泣かしてるみたいだろ!」

 小鳥の群れのようなざわめきを、すでに声変わりした太い声が蹴散らした。


「あいつ……!」


 ガルは人垣をかきわけて輪のなかに押し入った。

 誰も何もすることなく見ていた中心には、ゴウザと、ソーヤと、そして秀里(シュリ)がいた。


「しんじゃえ、しんじゃえ、馬鹿ゴウザ!」


 まだ四歳のソーヤは、ふわふわの白銀の髪をふりみだし、小猿のような真っ赤な顔で泣きわめきながら、小さなこぶしでゴウザの脚をめったやたらに殴りつけている。


 殴られているゴウザは、年は十三歳だが、背丈も体つきもそれ以上に見える少年だった。

 髪と目は銀色で〈白蛇族〉の色だが、肌の色が濃く、顔つきが虎のように荒々しい。


 シュリはゴウザの足元にうずくまり、ぼんやりと地面を見ている。九歳にしては小柄で小さく、女の子のような顔立ちの少年だ。

 ゴウザはシュリの黒灰色こっかいしょくの髪をわしづかみにしていた。


「何やってんだ、手え放せよ!」

 ガルはすぐさま殴りかかりたい気持ちを握りつぶし、叫んだ。


「またてめえかよ、うるせえな」


 ゴウザはガルをじろりと見下ろし、薄く笑った。シュリの髪を乱暴につかんだまま、離そうともしない。むしろそ知らぬ顔でひっぱった。それでも何も言わないシュリの頭を、ぐらぐら揺する。


「いいか、ガル。俺はソーヤには何にもしてねえ。このクソガキが俺のことをぽかぽか殴っちゃいるが、俺は指一本触れてねえ。そうだろ、違うか?」


 ゴウザはまわりを見た。その場にいた子供たちは互いに顔を見合わせ、渋々うなずいた。


「ええ、でもお、それって、なんか変……」


 いつもながらの遅すぎる口調で言葉を探しはじめたのは、むっちりと肥った多呂(タロ)だった。背丈ばかりは十一歳にしては大きく、体重ならゴウザを軽くうわまわっている。


 そのタロと同い年の羽円(ウェン)は、細く小さな体中に怒りをたぎらせ、猫のように釣りあがった目でゴウザをにらみつけている。だが、結局は何も言えず、暴れるソーヤをただ引き離した。


 ソーヤはウェンと目が合うと「にいちゃあん!」抱きついてひいひい泣きだした。ウェンは唇を引き結んで妹の髪を撫でてやるばかりだ。


 ガルはぎりっと歯を食いしばると、顔をあげた。真っ向からゴウザをにらみつける。


「お前がシュリのこといじめっから、ソーヤが泣いちまうんだ! お前がいじめてんのとおんなじだ! いい加減にしろよ、ゴウザ。そんなでっかいなりして、こんな小さいガキいじめて喜んでんじゃねえ!」


 ウェンがはっとして顔をあげる。

 タロは目を輝かせて何度もうなずき、音をたてずに拍手した。


「……ガル、いいよ。僕が悪いから」

 シュリが顔もあげずにぽつりと言った。

「お前のどこが悪いんだよ!」

「だって、僕の髪……汚いから」

 洗いたてのようにさらさらと艶やかな髪を揺らして、シュリがつぶやく。 


「どこが汚いんだよ、全然汚くねえよ!」

「きったねえだろ、使い古した雑巾の色だ、さもなきゃ、ドブネズミのな!」


 ガルの頭が怒りで爆発した。使い古した雑巾の色だなんて、よくも人に向かって言えるものだ。ミアだったら、即半殺しは間違いない。


「ゴウザ、お前バカだろ! シュリの髪は母ちゃんに似てるだけじゃねえか! お前の髪が母ちゃんと同じ銀色なのとどこが違うんだよ!」


 シュリの母親は〈鉄族(くろがねぞく)〉と交換した娘だった。祖母や曾祖母、あるいは母親が他の一族であれば、〈天空族(てんくうぞく)〉の青髪青目や、〈鉄族〉の黒髪黒目を引き継ぐのは珍しくない。

 シュリほど濃い色合いの持ち主は、そう何人もいないが、完全な銀髪銀目は里全体の半分にも満たない。

 ゴウザはシュリの黒灰色の髪をみやり、ガルの月色の髪に目を向けると、わざとらしく顔をしかめ、地面に唾を吐いた。


「たしかにこいつの母ちゃんは綺麗な黒髪だが、こいつは全然違うじゃねえか。色のくすんだ出来損ないだ……クソみてえな出来損ないのくせに、生意気なんだよ!」

「ふっざけんな! そりゃお前だろ!」

 もう我慢できずにガルは叫んだ。

「もう十三なのに、何の見習いにもなってねえ! そんなでっかい図体してるくせに、俺らといっしょにお手伝い当番! もう見習い同然、俺らに教えてるシュリと比べ物になるかよ!」


「待って、だめだよ、ガル。それは、だめだよ!」

 タロが後ろからしきりと背を叩く。ガルは首をふり、うなった。わかっている。これは言ってはならない言葉だった。


〈白蛇族〉の子供たちは、さまざまな仕事を当番制で手伝いながら学び、十二歳くらいまでに向いている仕事を選んで見習いにつく。

 九歳のシュリが、すでに加工師見習い同然にみなされているのは、異例だった。


 シュリの母親は〈鉄族〉と交換した娘だ。つややかな黒い髪と、物静かな黒い瞳、思慮深さ、忍耐強さ、人のわざとも思われぬ手先の器用さ、典型的な〈鉄族〉の長所を持ち合わせていた。


 シュリも同じ長所に恵まれ、九歳にして目を奪われるほどの器用さや、大人にもまれなほどの忍耐強さを発揮する。薬づくりの複雑な工程をひとつひとつ積みあげていく地道な作業の加工師にうってつけの才である。


 体が華奢で小さく、息をしているのかも不思議なほどにおとなしいこともあり、他の向いていない仕事をあれこれさせず、加工師として早くから訓練されてきたのだ。


 一方のゴウザは、もう十三歳で体も大きいのにまだ手伝い当番だが、それは当人の責任ではない。

 ゴウザの母親は〈白蛇族〉だが、父親は谷の外の他所者(よそもの)だった。


〈白蛇族〉をはじめとする四つの一族は、強大な竜虎(りゅうこ)の国の片隅を占める異民族にすぎない。谷でつくられた薬を売るのも、谷ではつくれないさまざまな品物を仕入れるのも、谷の外にある城市(まち)の商家や、正式な許可証を持って訪れる商人と取り引きしているのだ。


 貴重で高価な薬や薬材は、金銀財宝にも等しい価値を持つが、山賊や盗賊の来襲を恐れずにすむのも、この地方を治める他所者の太守の軍が睨みをきかせ、〈白蛇族〉を手厚く保護しているからだった。


 ゴウザは、生まれてからずっと他所者の城市(まち)で暮らしていて、二年前、母親と一緒に里にやってきた。

 髪と目は〈白蛇族〉の銀髪銀目だが、濃い小麦色の色や、鋭く荒々しい面立ちは、色白で優しげな〈白蛇族〉においてはあまり見当たらないものだ。


 だが、外部の血が入ることが少ない里だ、異なる血筋はむしろ歓迎された。貴重な薬と薬材、その知識が盗まれることを防ぐため、四つの一族以外の者を迎え入れることはめったにないが、ゴウザはまだ少年であり、何の問題もなかった。


 十一歳で突然〈白蛇族〉になったゴウザは、薬づくりの仕事も〈白蛇族〉の風習もまだおぼつかない。

 手伝い仕事のときに配られるおやつも「こんなもん、食えるか」と手をつけようとしない。


 アカバの実は〈白蛇族〉だけが口にする珍味で、大好物だ。お茶請けやおやつ、酒のつまみ、〈白蛇族〉の飲食の場には、干しアカバを盛った皿が必ず置いてある。

 皮の厚い小さな粒を噛むと、杏に似たさわやかな香味と、ぴりっとした刺激が口のなかで弾ける。細かな種もカリッとして胡麻を噛んだようだ。

 だが本来なら、一掴みも口にすれば確実に死に至るのが常識の毒物である。

 外からきたゴウザは、口に入れても呑みこめず、無理に食べても吐いてしまうのだった。


「自分じゃ、どうにもならないことで、責めちゃだめだって、アラル筆頭が」

 みなまで言う前に、タロは思いきり張り飛ばされた。

「うるっせえんだよ、このデブ!」

 ゴウザが息を荒らげ、さらにタロを蹴りつけようとする。ガルはゴウザに体当たりした。

「それはどうにかなるだろ、この乱暴者!」


 ゴウザはガルに向き直った。まだどこか半分笑った虎のようだった顔が、すっと表情を消して冷たくなった。銀色の瞳をつめたく光らせ、派手に指を鳴らしてみせる。


「クソガキ……ぶっ殺すぞ」

 望むところだ。

「いいぜ、この際とことんやろうぜ、ゴウザ。おたがいの名誉にかけてな!」

 ガルは笑って身構えた。


 息をつめていた子供たちが、豆がはぜるようにどよめいた。

 名誉の決闘? いいの? ゴウザとやる気だ、ガルすごい!

 活発な少年少女たちはこぶしを振りあげ、興奮の雄たけびをあげて跳びあがった。


「え、ちょっと、だめだよう、ガル!」


 タロの叫びを合図のように、ガルとゴウザは互いに殴りかかった。


 ゴウザの背丈は、すでに〈白蛇族(しろへびぞく)〉の大人の女の平均を超えている。骨格は太く大きく、ハガネ狼のようにすらりと四肢が長く、鈍重なところは少しもない。

 ガルの背丈はせいぜい年相応だ。子どもが大人に挑みかかるのに近い。しかも、若手狩猟師にもいまれな獰猛かつ俊敏な相手といっていい。だが。


(体がでかくて力が強いからって、何でも思いどおりになると思うなよ!)

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