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国の英雄である異世界からの転移者は、第一王子殿下に婚約破棄されたので自分の居場所を見つけます

初の恋愛ジャンル。

「私は真実の愛を見つけた!! だから君との婚約はこの場で破棄させてもらうぞ!!」


 国を救った異世界の英雄に宣言されたのは、婚約破棄という予想外の事態だった。

 原田可奈、20歳。

 両親が転勤族で日本全国を転々としてきた彼女は、幼い頃から何かしらのトラブルに巻き込まれることが多かった。

 時には流血沙汰になったこともあるし、誘拐されたり犯罪の片棒を知らないうちに担がされていたこともあった。


(だからこそ、総合格闘技を習って荒っぽいことにも対応できるようにしたのは正解だったんだけど……)


 そんな数々の修羅場を乗り越えてきた彼女は、多少のことでは動じない度胸を持つようになったのは自然な流れだったが、まさか大学からの帰り道に異世界に飛ばされてしまうことは想像していなかった。

 獣人や魔術などの、地球ではあり得ない存在が多数存在しているこの世界で彼女はそれでも冷静に行動し、やはり数々の修羅場に巻き込まれてきた。

 その最たるものが、彼女がこの国を牛耳ろうとしていた騎士団長と悪の魔術師の陰謀を食い止めるだけの活躍をしたことだった。

 紆余曲折あってその魔術師と騎士団長を退けた彼女は、一躍国の英雄としてまつりあげられることになった。


「いや、あの……婚約って、その……」

「すまないな。だが、私は君より好きな人ができたんだ。それに君の立場なら男なんてよりどりみどりだろう?」

「あのですね……」

「というわけだ。英雄様に相応しい豪邸も郊外に用意してあるからさっさとこの城から出ていくといい」


 ダメだ、この第一王子カルヴァンは他人の話を聞いちゃいない。

 可奈はため息を吐くと、頭を下げて踵を返した。


「わかりました。お世話になりました」

「達者でな」


 婚約者だった(一方的に彼が決めていた)カルヴァンに別れを告げた可奈は、彼に向かって言いたかった一言を心の中で絶叫する。


(ってかあたし、別にあんたと婚約した覚えなんかないんですけど!! そっちが勝手に勘違いしているだけ!!)


 心の中で興奮する彼女は、英雄となって帰ってきた自分に国中が湧いていた時のことを思い出していた。

 口々に自分のことを勇者だ英雄だと讃える声、そしていつの間にかその流れで、第一王子カルヴァンとの婚約話がそこかしこで囁かれるようになった。

 英雄とカルヴァンが結婚すればこの国は安泰だと。

 確かにカルヴァンは顔もいいしフサフサの黒髪で背も高いし、まるで乙女ゲームの中に出てくる攻略キャラがそのまま飛び出してきたと言われても違和感はなかった。


(でも、あたしはあなたと婚約するなんて思ってないし言ってないし、それはあなたが勘違いしていただけだし)


 そう、婚約した覚えもなければ婚約破棄を言い渡されるのも全てが予想外なのであった。

 そもそも、自分は結婚よりも元の世界に帰る方法を探す目的もあって旅に出た経緯があったのだから、この世界で一生を終えるつもりなんか最初からなかったのだ。

 だから勝手に勘違いして結婚だなんて死んでもゴメンだったし、何よりその気になっていたのに簡単に他の女に乗り換える王子様なんてこっちから願い下げである。

 だから嬉しさ半分これからの不安半分で荷物を纏めて城から出ていく可奈だったが、そんな彼女の目の前に立ちはだかる一人の人物が。


「これでわかりましたでしょう? カルヴァン殿下にはあなたなんかより、ワタクシの方がふさわしいのだということが」

「……あんた……」

「わたくしにはステファニーという名前があるのですわ。まあ、わたくしがあなたに好かれていないことも知っていますから、そういう呼び方しかされないのでしょうけども」

「……あたしも、あなたのことは好きじゃないわよ。何かといえばあたしに突っかかってくるんだからね」


 可奈がまだ英雄と呼ばれるようになる前、正確には王城でカルヴァンに出会うようになってからの話。

 元々可奈にはそんなつもりはなかったのだが、彼女がカルヴァンに注目されているのが気に食わなかったらしいこの金髪をツインテールにした、キツい目つきの令嬢。

 名前をステファニーという彼女が何かと可奈に突っかかってくるようになったのだ。

 自分がカルヴァンと親しくしているのが気に食わないんだろうな、とすぐに察した可奈もステファニーから距離を置くようにしていたのだが、カルヴァンが可奈を何かと気に掛けるものだからステファニーも当然絡んでくるようになっていた。


「ふんっ、でもこれであなたの顔を見なくて済むようになりましたわ。せめてもの英雄様への餞別として、あなたにはわたくしが以前使っていた別荘を差し上げますようにカルヴァン殿下に進言しておりますの。ですからわたくしに感謝してひれ伏すのですわ!!」

「はっ?」


 いや待て待て、そんな話は聞いていないんだけど……と呆然とする可奈に対して、ステファニーはふふんと顎を上げて腕を組み、可奈を見下ろす。

 別荘とは一体? どういう風の吹き回しなのだろうか?

 唖然としながらもとりあえず無視して王城を出るべく再び歩き出そうとした可奈だが、そんな彼女の前に現れた人物が一人。


「話は聞いた。邸宅まで私が送っていこう」

「ブローマン副長……」

「シグリッド様!?」


 淡い色の金髪でガタイが良い、武装しているこれまた顔の良い男はシグリッド・ブローマン。

 可奈が旅に出た時についてきてくれたパーティーメンバーの一人であり、元々はこうして王国騎士団の副騎士団長を務めている男だ。


「カルヴァン殿下はあのようなお方だ。どうか気を悪くされないでほしい」

「別に気にしてないですよ。そもそもあたしが殿下と婚約するっていつの間にかすごい話になっていましたけど、あたしは別に殿下のことが好きじゃなかったですもん」


 これは可奈の本音だった。

 確かにカルヴァンはいい男なのだが、自分としてはタイプではないので婚約の意思はない。

 周りが勝手にそう言っているだけで、自分としては元の世界に帰れるかどうかが重要なので、婚約破棄がどうのこうのと言われても心底どうでも良かった。

 そしてカルヴァンと新しく婚約することになったのはステファニーなのだが、興味のないことなので可奈にはやっぱりどうでも良かった。


「今後は地道に元の世界に帰るための方法を探しますよ」

「そうは言うが……何かアテがあるのか?」

「ありませんけど、これから徐々に見つけていければいいなって思います」


 別に婚約破棄されようがどうだっていい。

 しかし可奈とシグリッドに完全に無視されている令嬢が、ここで話に割って入る。


「シグリッド様、その女の言うことを信用するのですか?」

「君は……ああ、殿下の新しい婚約者のステファニー殿だったか。何か用か?」

「用か、ではありませんわ!! カルヴァン殿下とその女が婚約されていたのは事実でしょう?」


 しかし、ステファニーの言葉に対するシグリッドの表情は冷ややかなものだった。


「確かにそれはそうだ。だが、私はそのような話を陛下から聞いたことは一度もない。カルヴァン殿下が一人で色々な所に触れ回っておられていたのは知っているが」

「し、しかし殿下がその女との婚約破棄を宣言されたのも事実ですわ。わたくしもその場にいましたもの!!」


 必死に食い下がるステファニーだが、冷静な副騎士団長は動揺を見せない。


「なら、最初からなかったことになったのと一緒だから良かったではないか。それに君がカルヴァン殿下に好意を持っていたということも私は聞いたことがあるから、奇麗に話が丸く収まるだろう」

「……シグリッド様は、その方とはどういうご関係ですの?」

「はっ?」


 なぜか突拍子もない質問をするステファニーに対し、シグリッドはここで本気で驚きを隠せなくなってしまう。

 しかし、すぐに表情をクールなものに戻した彼は胸を張ってこう言った。


「……私の大切な人だ」

「え?」

「ええっ?」


 今度は可奈とステファニーが驚きを隠せない。

 だがシグリッドはそんな二人の様子を気にかける様子を見せず、可奈の手を引っ張って「行くぞ」と言い残して歩き出した。

 残されたステファニーが一人立ち尽くしたまま、両方の拳をブルブルと振るわせていたことには気が付かないままで。



 ◇



「あの、副長……」

「何だ?」

「その、さっきの「私の大切な人だ」っていうのは……?」


 もしかしてそういう意味でステファニーに宣言したのか? と内心で驚きを隠せないままの可奈だが、シグリッドは否定も肯定もしない。


「……まあ、そこは君の想像に任せるとしよう」

「あ、はぁ……」


 どうにもこの副騎士団長は考えの読めない所がある。

 しかし、可奈にはそれよりもどうにかしなければならないことがあった。


「うっ……!?」

「どうした? ……また例の発作か!?」

「えっ、あ、うう……」


 突然胸を抑えて苦しみ出す可奈。

 世界中を冒険していた時にも何度かこの発作が出たことがあったのだが、胸が締め付けられるような痛みのこの発作には共通していることがあった。


「やっぱり王都にいるとダメみたいだな……城にいた時は定期的に来ていたか?」

「は、はい……でもいつもは時間が経てば良くなるんで、今回も……」


 恋する乙女の胸の高鳴りなどとはまったくもって違う部類のこの痛みは、今でもこうして可奈を苦しめる要因である。

 なぜか王都にいる時……正確には王城にいる時に発作が起きるので、旅をしていた時も用事がない時は王都には近寄らないようにしていた。

 何かしらの原因があることは確かなのだが、一緒に旅をしていた魔術師や傭兵などの仲間たちも、それから王城の医者たちも原因が全くわからないのでお手上げであった。


「あー……少し良くなりました。何なんですかねこれ……」

「とりあえず馬車に乗って早く邸宅に行こう。これ以上悪化する可能性もある」

「そうですね……」


 考えてみれば、婚約破棄されたのは王城に近づかない理由ができたので逆に良いことだったのかもしれない。

 そう考える可奈はシグリッドとともにカルヴァンが用意してくれた邸宅に着いたのだが、そこはとても彼女が住めるような場所ではなかったのである。


「うう……ぐっ!?」

「お、おい大丈夫か!?」

「あっ……いやダメです……ここに来る前からどんどん悪化して……ううっ!?」


 シグリッドは直感的に、可奈をこの屋敷に近づけてはいけないと判断した。

 見た目は綺麗でしっかり手入れもされており、確かにすぐにでも住める大豪邸なのだが、可奈がこんなにも苦しがっているということはきっと何かがあるに違いない。

 そう考えたシグリッドは馬車の御者に行き先を変えてもらうことにして、そこで再び様子を見ることにした。


「……落ち着いたか?」

「はい、何とか……でもあの屋敷には住めそうにないですね」

「そうだな……」


 辿り着いたのはシグリッドの屋敷。王城からはやや離れているので、ここに来ると発作が徐々に収まってきた。

 今まで一過性の症状で済んでいたはずの今回の発作だったが、今回は異常なほどに長く続いている。

 考えられるのはカルヴァンが用意してくれた邸宅に向かっていたことなのだが、可奈いわくその屋敷はステファニーが用意してくれたものだという。

 それと胸の発作の何が関係があるのだろうか?

 シグリッドは、自分の屋敷の一角にある客間のベッドに可奈を寝かせて様子を見つつ原因を探ることにしたのだが、これがとんでもない事実を判明させることになろうとはこの時点で誰も知る由もなかった。


「……ステファニー殿が?」

「ええ。最近大量に色々な薬品を発注していたらしいんですよ。ステファニー様いわく、薬を作るのに使うから……とのことでしたけど、あんなに大量に作ってどうするんでしょうね?」


 そのステファニーに関する情報を集めていたシグリッドは、ステファニーが何やらキナ臭い行動をしていることが部下の証言で判明した。

 ステファニーはカルヴァンと結婚して城に住むことになる上に、別荘を可奈にあげるという形で英雄に恩を売ることで、自分の立場を良くしようとでも考えているのだろうか?

 そして調べを進めていく内に、その昔ステファニーに言い寄られたことがあるのをシグリッドも思い出した。


(嫉妬深くてワガママで、おまけに一度狙ったものはどんな手を使ってでも手に入れるって噂の令嬢だったからな……)


 だからこそ、言い寄られた時に「私はすでに婚約者がいるのだ」と噓をついて追い返したのはまだまだ記憶に新しく感じる。

 王国の副騎士団長であり、前の騎士団長が倒れた今、自分が次期騎士団長にと推薦されている。もしかしたらステファニーは自分そのものではなく、次期騎士団長である自分の妻になるという地位が欲しかったのではないかと考えていたシグリッド。

 だが、恐ろしい計画がそのシグリッドが振った令嬢の手によって進行していた。



 ◇



 それは可奈がシグリッドの屋敷のベッドで横になり、久しぶりにスマートフォンを起動させていた所から始まる。


(この世界での冒険は終わった……後は地球に帰るだけだけど、どうやったら帰る方法が見つかるのかしら?)


 繋がらないインターネットブラウザ、旅の日記代わりのメモ帳、色々と世界各地の写真を撮ったカメラアプリ。

 壁を見つめるような体勢で旅のことを思い出しながら指でスコスコとスマートフォンをいじっていた可奈だったが、ふと何かの気配を感じて身体が反応する。


「……っ!?」

「ふんっ!!」


 膨れ上がる殺気、煌めく凶刃の輝き、可奈の素早い体捌き。

 何が起こったのか素早く判断した可奈は、とっさに今までいじっていたスマートフォンのカメラを突然の襲撃者に向けて写真をパチリ。


「うあっ!?」


 暗闇で光る眩いフラッシュ、思わず怯んで侵入者が後ろにクラッシュ、可奈はすぐさま侵入者に向かってダッシュ。

 体勢を立て直して再び突き出される侵入者のナイフを回避し、右手首を両手で掴んでダッシュの勢いそのままに床を蹴り、空中で身体を上下に反転させつつ左の膝を侵入者の顔面目掛けて叩き込んでやる。

 そして手を離してやれば、侵入者は暗闇に目が慣れていないのか後ろのサイドボードごと花瓶を巻き込みながら派手に床に倒れ込んだ。


「何だ、どうした!?」

「副長!! あたし、襲われた!」

「何だって!?」


 つけられる部屋の明かり、見える部屋の散らかり、床に倒れる人は覆面を被っていて誰だかさっぱり。

 これでは襲ったのが可奈で襲われたのが襲撃者の方ではないのか……と思いつつ、シグリッドが警戒しながら覆面を取ってみれば、その下から現れた顔に可奈が見覚えがあった。


「あっ、あれ!?」

「この人……カルヴァンの婚約者のステファニーじゃないのよ!!」


 まさかの襲撃者の正体にシグリッドが驚きを隠せない。

 だがそれ以上に驚きを隠せないのは、そんな第一王子の婚約者に命を狙われた可奈だった。


「えっ、ちょっと待ってくださいよ。何であたしが命を狙われなければならないんですか? それっておかしいですよ」

「確かにな。そもそも君がこうなったのは、この令嬢と殿下が婚約することになったから殿下が君と婚約破棄をして、その代わりに郊外に邸宅を用意してもらったからだろう」


 これはきっと何かがある。

 可奈のアクロバティックな膝蹴りによって気絶している婚約者が、どうしてこのような暴挙に出たのか。

 どうにかしてこの襲撃者から話を聞き出すべく、シグリッドはまず婚約者を縛り上げて椅子に縛りつけた。

 さらに桶で大量の水を勢い良くかけて気絶状態から回復させたのだが、意識を取り戻したステファニーが開口一番、驚きを隠さない口調でこう言い放ったのだ。


「な……何であなた、死んでないのよ!?」

「はっ?」

「何であそこの家に住まないのかってことよ!! ここにいるのがそもそもおかしいじゃない!!」


 全くもって話が掴めない可奈とシグリッド。

 金髪をツインテールにした、キツい目つきの令嬢はそんな二人に対して自分の置かれている状況を忘れてギャンギャン吠える。

 普段のどこか人を見下したような話し方とは程遠いものである。


「あそこの家はせっかく私と殿下が用意したのに!! どうしてあなたがこのシグリッド様の自宅にいるのかって聞いているのよ!!」

「……あそこの家に近づいたら気分が悪くなった。だからあたしは副長に連れてきてもらって、一時的にここを拠点にすることにしたのよ」


 近づくだけで体調を崩すような家には住めないでしょ、とステファニーに可奈が言うのだが、シグリッドはステファニーの必死さに疑問を持った。


「貴様、なぜそこまで可奈をあの家に住まわせたがる?」

「そ、それは……決まってるじゃないですか。殿下から頂いた豪華な邸宅ですわ。その家に住まずに別の場所に住むなんて、殿下の顔に泥を塗るのと同じですわよ!?」

「なら、どうしてさっき「死んでないんだ」って言ったんだ? あそこの家には可奈を死なせるために住まわせたがったのか?」

「えっ……あっ、あれ?」


 もうステファニーの言っていることが支離滅裂になりかけている。

 というかもう、なっている。


「どうやら貴様はとんでもないことを企てているようだな。これはしっかり調べなければならないだろう」

「いや、あの、違うんですよ!!」

「違わないだろう。そもそも貴様はナイフを持って可奈を襲ったし、証拠の写真とやらも残っているから言い逃れはできんぞ」

「それに今の発言は全て録音したわよ」


 ガックリとうなだれるステファニー。

 すると彼女はとんでもないことを言い出した。


「どうしてよ……どうしてシグリッド様はわたくしじゃなくてあなたを選んだんですの?」

「はっ?」

「わたくしは元々シグリッド様が好きだったんですわ!! なのにポッとでのあなたがどうしてシグリッド様の大切な人なんですのよ!?」


 ステファニーが凄いことを言い出して、思わず目の前がグニャッと歪む可奈。

 そして可奈とは対照的に、シグリッドは必死なステファニーに冷ややかに自分の感想をぶつける。


「……そういうところが嫌いなんだ。まさか英雄を殺せば私が貴様のものになるとでも? 冗談は顔だけにしてくれ」

「なっ……」

「さぁ、後は騎士団で詳しく話を聞かせてもらおうか」


 絶句するステファニーを王城へと連れて行ったシグリッドは、副騎士団長という自分の立場を活かしてすぐに動き始める。

 その結果、ステファニーが襲撃に来る前からとんでもないことが計画されていたことがわかった。


「えっ、元々あたしが婚約破棄されるずっと前から、ステファニーとカルヴァン殿下は付き合っていたんですか?」

「そうだ。そもそもカルヴァン殿下は君のことを良く思っていなかったようだ」


 カルヴァンもステファニーとグルだった。

 カルヴァンは、世界各地を旅している可奈が徐々に英雄としてまつりあげられていたのが気に食わなかったらしいのだ。

 そこで彼はステファニーと共謀し、可奈が王城に立ち寄る度に可奈の食事だけに体調不良を引き起こさせる薬を混ぜて、少しずつ可奈を弱らせていた。


「カルヴァン殿下は基本的にあたしたちの味方だと思ってました。困ったことがあればいつでも何でも言ってくれって、協力することを惜しまない方でしたから……」

「私も君と同じ考えだった。それに殿下は私の主君でもあるから、まさか主君がその婚約者と組んでそんなことをしているとは夢にも思っていなかった」


 今回は、今まで城に住んでいた可奈の毎日の食事に少しずつ薬を混ぜていただけに留まらず、ステファニーとカルヴァンが用意したあの家にも秘密があったのだという。

 改装というカルヴァンの命によって用意された壁や床に、可奈の体調不良を引き起こす特殊な配合の薬品を混ぜたり塗り込んだりしておき、それによって可奈がさらに体調を崩すように仕向けたのだという。


(私の部下が言っていた、ステファニーが大量に薬品を買い込んでいたっていうのはそのためだったのか……)


 その薬品を摂取し続けると最終的に死に至るというものだともわかり、ステファニーが襲撃してきた時の発言と格好をスマートフォンで記録していたことによって、カルヴァンとステファニーの陰謀が全て曝け出されることとなったのはいうまでもなかった。

 もちろん、可奈が元々住むはずだった邸宅は取り壊された上に今回の事件を仕組んだカルヴァンと婚約者のステファニーの二人は国外追放となり、国内には二度と戻って来られなくなった。



 ◇



 そしてまさかの、この国の第一王子に命を狙われていた可奈はというと……。


「あ、おかえりなさい。……どうでした、あの話?」

「決まった。私は来月から団長になる」

「おめでとうございます!!」


 シグリッドの屋敷で待っていた可奈に、その屋敷の主人は自分の昇格決定を報告した。

 可奈は騎士団長になったシグリッドの屋敷に一緒に住むこととなる。


「私に交際を断られたステファニーは、そのことも根に持っていたようだ。だがもう彼女がこの国に現れることはない」


 だから、とシグリッドは可奈に続ける。


「今までの旅路だけではなく、これからも私と一緒に居てくれないだろうか」

「え……え?」

「これは私の本音だ。君にはずいぶんと旅路の中で助けられた。それから今回も助けてくれただろう」

「助けた……って、あたしは別に何もしてないわよ?」


 キョトンとする可奈だが、シグリッドは首を横に振った。


「助けてくれただろう。この国の第一王子という、英雄に対して反逆を企てた人間に仕えていた私を」


 もしあのまま何も気づかなければ、今ごろ可奈は殺害されていた上に第一王子という身分を活かしたカルヴァンの圧力によって、事件の真相は闇の中だったに違いない。

 つまり可奈はこの国を一度ならず、二度までも救ったということになるのだった。


「だから、今度は私が可奈を護る番だ」

「……副長……!!」

「もう私は団長だ。……それに、これからは名前で呼んでくれないか。そして敬語も無しだ」

「……わかったわ、シグリッド」


 この胸の高鳴りはきっと、今までのものとは違うものだろう。

 いや、そうに決まっている。

 なぜなら、今の自分はこの世界で一番大切な人の腕の中にいるのだから。



 完

お読みいただきありがとうございました。

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