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烏と鳥と鶏



 夜明けに目を覚ますとカラスが鳴いている。普通こういうのは鶏の役目だろうに。窓を開けるとハトの鳴き声が聞こえる。鳥の鳴き声は個性が出ていて面白い。


 ベランダには昨晩降った雨のせいで、ハンガーから濡れた衣類をつたって水たまりを作っている。雨が上がったあとの晴れは眩し過ぎて嫌いだ。普段ならベランダに出て、日光浴がてらスマホでネットを見る。だが今日はやめた。


 冷蔵庫から卵を二個出した。卵は完全栄養食と言われるほど、バランスよく栄養を摂れるらしい。卵を割って口に落とした。フライパンで焼くのが面倒だった。流石に生では美味しくない。


 昨晩焼いた鶏肉を出した。何の味付けもしていないのに、これは中々うまい。胸肉だから安いし、ワンブロックをフライパンに入れれば終わるから手軽で好きだ。大体200円くらいだろうか。食べ終わった皿は流しに入れておく。水に浸して置くと、帰る頃には油が浮く。洗いやすくなる。


 冷蔵庫からバナナを取って、一本もぎ取った。皮を剥いて食べた。バナナは夜の睡眠に良い作用をもたらしてくれるらしい。皮は捨てるので、洗い物がかさまないのもポイントだ。


 これで洗い物は皿一枚と、フォーク一本になる。鶏肉はフォークで食べているが、あまりにだるい時は爪楊枝で食べている。


 着替えて準備した。もう八時になる。歩いて五分のところにスーパーがある。俺はそこで働いていた。朝から晩までのフルタイムだった。それなりに稼がせてもらっている。


 朝の客をレジで片付けいたら、いつの間にか昼になった。休憩をしてまた働く。一番の繁忙時間である夕方になった。大きなカゴを持つ客が増えていく。


 夜九時ごろから客は減った。半額シールが二重張りされていく。肉のコーナーは半分以下となっている。セールのときだったら、もうほとんどなくなっていただろう。


 十二時になった。ようやく一日が終わった。いつも通り疲れた。精算はバイトに任せて、俺は肉のコーナーへ向かった。


 鶏肉を取った。523円の胸肉だった。今日は高い。

 卵とバナナも取ってレジに向かった。自分でバーコードを読み取り、カードを差し込んでスマホに通知が入った。アプリと連携しているから、毎回こうなる。


 バイトの吉田が話しかけてきた。吉田は大学2年らしかった。身長は170くらいで、目線は向こうが高い。柔和なやつでパートのおばちゃんに好まれている。


「先輩。毎回同じのですね」


 吉田はおばちゃんだけではなく、大学でもモテていそうだ。顔はそこそこだが、他の性格などで人気になっていそうな雰囲気。隠れ良物件とか言われてそうだな。


「そうだね」


「飽きないんですか」


「? うーん。まあ」


「んじゃあ今度メシ行きましょうよ」


「え?」


「先輩の奢りで」


「嫌だよ……」


 俺は苦笑して、吉田は笑った。メシの話は冗談だろう。こういう冗談を本気にしたら「え、ガチだったんですか」なんて笑われるに決まっている。


 先輩の奢りで、という発言は言い換えれば「この話冗談ですからね」だ。こういうコミュニケーションを見抜けない人は損をする。俺も最近分かってきた。ただ分かるような分からないような。


「え、吉田さんとご飯いくの?」


 津山さんは日曜の夜勤をしているパートのおばちゃんだ。どうやらこちらの会話を聞きつけたらしい。吉田くんを可愛がっている人で、普段から優しいが俺との扱いに差がある。


「ええ。まあ」


 無理しなくていいぞ吉田。吉田は答えたが、唇の端が上手に笑えていない。津山さんは会話にこぎつけたのが嬉しいようで、口角は頬の肉を持ち上げていく。


「いやいや行かないっすよ津山さん。俺とメシなんて、鶏肉と卵とバナナだけになっちゃいますよ」


 吉田は安心したようで唇の筋肉が緩和させた。白い前歯が二本がちらりと見える。津山さんは笑って、俺をからかった。


「も〜う。いっつも同じの食べてるの? ほんと気を遣いなさい。アレルギーになっちゃうかも」


「先輩は鶏肉と卵とバナナ以外アレルギーですよ。ですよね?」


「そんなわけないだろ」


 二人は笑った。津山さんの頬肉は眉から落ち窪んだ肉とぶつかって、大きな溝のような皺を作った。吉田は笑っていたが、先ほどの笑顔のリアクションと顔が変わっていない。こいつは1か0だ。津山さんは5から0までのリアクションを取る。


 津山さんはひとしきり笑ったあと、手提げのバッグをまさぐった。吉田はそれを見ている。俺は時計を見て、十二時十五分だと知った。


「そいえばね。私パン教室通ってて、二人にも食べてほしいの」


「え! マジですか!」


 と吉田。津山さんは笑顔になる。


「嬉しいです」


「これ。食パン一つあるんだよね。二人にあげる」


 津山さんは食パンを一斤、俺たちに渡した。家にある包丁で、鶏肉以外を切るのは久しぶりになるな、と思った。


「え、これ貰っていいんですか」


「うわあ嬉しい」


「喜んでもらえて、私も嬉しい」


 俺はバッグに入らないから、そのまま掴むようにして持ち帰ることにした。吉田は大学帰りによく通っているので、通学用のカバンだろう。あの大きさなら入るだろうな、と思った。


「お〜い。そろそろタイムカード切って帰れ〜。うちの経営に優しくしろ〜」


 店長がこちらに声をかけた。俺は一番に帰ることにした。


「お疲れ様です」


「お疲れです」


 と吉田。


「お疲れ様」


 と津山さん。


 自動ドアが開く。店外に出た。歩いて五分。家に着く。エレベーターに乗って三十秒。四階に着く。一番角から三番目。鍵をポケットから出して403号室のドアを開ける。鶏肉をフライパンで焼く。肉の焼ける音と匂い。


 今日も疲れた。ベッドに転ぶ前にシャワーを浴びないといけない。俺は浴室に向かった。シャワーを浴びてタオルで体をふく。浴槽を使ったのは何年前だっけ。 


 シャワーを浴びて出ると、いい感じに肉が焼ける。母から火での調理中は目を離すなと教えられたが、もう何年前かも定かじゃない。


 眠りたくなる体を動かした。冷蔵庫に手を入れる。二つ卵を割って口に落とした。フライパンで焼くのが面倒だった。流石に生では美味しくない。


 肉が焼けたらフライパンごと冷蔵庫に入れる。歯磨きをした俺はベッドに横になる。すぐに眠りにつく。意識が切れた。




 夜明けに目を覚ますとカラスが鳴いている。普通こういうのは鶏の役目だろうに。窓を開けるとハトの鳴き声が聞こえる。鳥の鳴き声は個性が出ていて面白い。


 スマホを持ってベランダに出た。適当にTwitterを巡回してみる。何もない。俺はネットニュースの方も巡回した。やはり何もない。俺は部屋に戻ることにした。


 冷蔵庫に手を入れる。二つ卵を割って口に落とした。フライパンで焼くのが面倒だった。流石に生では美味しくない。パンを食べる必要があった。肉は一旦お預けして、昨日津山さんから貰ったパンを食べることにした。


 一斤あったが、切るのが面倒だったのでそのまま齧ることにした。パンの耳を砕き、中のふわふわの生地を食べた。美味しいと感じた。そのまま五分くらい食べた。食パンはあまり減っていなかった。バナナを食べようとした。だがお腹がいっぱいだった。


 着替えて準備した。もう八時になる。歩いて五分のところにスーパーがある。俺はそこで働いていた。朝から晩までのフルタイムだった。それなりに稼がせてもらっている。


 その日は何事もなく終わった。昨日と同じようにした。




 夜明けに目を覚ますとカラスが鳴いている。普通こういうのは鶏の役目だろうに。窓を開けるとハトの鳴き声が聞こえる。鳥の鳴き声は個性が出ていて面白い。


 パンを食べる必要があった。俺はパンを齧った。十分食べた。食パンはあまり減っていなかった。


 その日は何事もなく終わった。昨日と同じようにした。



 次の日も何事もなく終わった。次の次の日も何事もなく終わった。一週間後も。一ヶ月後も。そして今日もようやく終わった。




 パンを食べる必要があった。俺はスーパーを休んだ。パンを食べた。朝から夜まで時間が経過していた。冷蔵庫には賞味期限が切れた卵と、焼いた鶏肉があった。ゴミ袋に入れて明日捨てようと思った。


 眠りから覚めた俺は着替えて、ゴミ袋を持って部屋から出た。ゴミ捨て場に袋を投げて、スーパーに向かった。スーパーで仕事を終わらせて早々に帰宅する。


 ゴミ捨て場は荒らされていた。カラスによってゴミ袋は無惨に破かれている。卵は割られて、中身だけ食べられたらしい。さすが頭がいいなカラス。


 破かれた黄身がアスファルトに染み込んでいる。肉は残骸となって、そこらじゅうに散らばっていた。バッグの中にある鶏肉と卵は要冷蔵なので、こんなところで油を食っている場合じゃなかった。


 エレベーターに乗って三十秒。四階に着く。一番角から三番目。鍵をポケットから出して403号室のドアを開ける。鶏肉をフライパンで焼く。肉の焼ける音と匂い。俺はパン美味しかったな、と感じた。


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