パリピ令嬢の楽しい婚約破棄
※陽気で明るい人はなぜ陽気で明るいのだろう? と考えた結果のお話です。よろしくお願いします。
「マリア・フラガリア・アナナッサ! お前との婚約を破棄し、新たにこの心が清らかなヒロイーネ・シトラスとの婚約を結ぼう!」
「婚約破棄入りましたわー!」
キリッとした顔をして、この国の王太子アルフレッド・ソル・イグニスが婚約破棄を宣言した。
名前を呼ばれた公爵令嬢のマリアは満面の笑顔で、他の皆を振り返る。
それを合図に、パンパンッと軽快なクラッカーのような音が風魔法で鳴らされ、地魔法で花びらが舞う。
アナナッサ家しか栽培できない宝石苺のジュースの栓が次々に開けられた。
使用人によって、ただちにグラスに移され夜会に集まる者達に配られる。
宝石苺は食べると体の若さが保たれる、と話題の貴重な果物だ。
それが、贅沢にもジュースになって出てくるとあって、王子とヒロイーネ男爵令嬢以外は笑顔だった。
マリアが侍女からマイクの魔道具を渡され、ウッキウキで話始める。
「えー、マイクテスマイクテス。私は婚約破棄されただの公爵令嬢に。アルフレッド様とヒロイーネさんは本日から新しい門出を迎える事となりました。私もお二人が学園で徐々に仲が深まっていく所を拝見しておりましたが、アルフレッド様の強く一本気な所に奥ゆかしく寄り添えるヒロイーネさんは誠にお似合いだと思われます」
マリアがいったん言葉を切って、ジュースのグラスを掲げる。
「それでは皆の幸せと、アルフレッド様とヒロイーネさんのご婚約を祝しまして乾杯!」
「「「乾杯!」」」
貴族にしては陽気すぎる乾杯の音頭が広間に響いた。
特別に招いた音楽家による陽気な音楽の演奏が始まる……。
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花の16歳公爵令嬢マリア・フラガリア・アナナッサは陽気な性格だった。
楽しいことが大好きで、貴族らしく夜会やお茶会、ちょっとしたパーティーが大好きだった。
筆頭公爵家であるアナナッサ家全体がそんな性格だった。
誰かと盛り上がって楽しく食事をしたり、イベントを催すのが大好きで、人懐っこく明るい。
いつもニコニコと機嫌よく笑っているマリアに、
「体を鍛えていらっしゃると伺いましたわ。今度、わが領地の湖でボート遊び大会をしますの。お越しいただけると嬉しいです。参加賞として宝石苺のワインをお配りしておりますわ。ああ、ボート遊びといってもこちらで魔導士を手配して、始まる前皆様にバリア魔法をかけますので安全ですのよ」
とか、
「音楽が好きとお伺いしたのですが、今度、各地で有名な音楽家を招いて『音楽の夕べ』を開きますの。よろしかったらいかがでしょうか? 今話題の隣国のピアニスト、ムジカ氏も来ますのよ。あら、お好きですの? 良かったわ。こちらプログラムですわ」
という風に誘われると、皆ウッキウキでアナナッサ家に集ってしまう。
そんなこんなで、公爵家らしからぬ陽気さを持ったアナナッサ家は、このイグニス王国の貴族の全体と王家に好かれていた。
周辺国の要人もアナナッサ家を下手したらイグニス王家に対するよりも好意を持っているものが多い。アナナッサ家は主に外交系の仕事を務めているだけはある。
そんな皆に好かれるマリア・フラガリア・アナナッサだったが、容姿の方も色白で純金のようにキラキラとした髪に親しみを覚える濃い紫の瞳の美人、おおよそ欠点は見つからない。
無理やり欠点を探すとすれば、陽気な家の恵まれた環境に生まれて、時々天然な言動をすることがあるというところだろうか。
それも残念な事に、自分の生まれた時からの婚約者のアルフレッドに対してが多かった。
そう、誰にも好かれるマリアは大変残念な事に、婚約者からは好かれなかったのである。
悪い意味で貴族的で権威を重んじるアルフレッドは、陽気で砕けたところのあるマリアが合わなかったのだ。
だけれど、そこはなぜか貴族的な思考でマリアは気にしなかった。
底抜けに明るく、
「だって政略結婚ですしね」
と周りの人に告げていた。
もちろん、政略結婚といっても婚約者であるから、前述の「ボート大会」「音楽の夕べ」等イベントの招待状はアナナッサ家からアルフレッドに送られてはいたのだが………アルフレッドは1回も参加しなかった。
そうこうしている内に、13歳から18歳まで貴族なら誰しもが入るイグニス王立中央学園へ入る年齢がやってきた。
マリアより二つほど年上のアルフレッドはマリアより先に学園に入った。
アルフレッドはなんとそこで自分の運命の恋を見つけたのだ。
「王太子様、さすがですー! 王太子様という立場にありながら、このヒロイーネのような者にも優しく声をかけてくださるなんてっ……」
甲高い声が王太子にかけられる。
運命の恋の相手は、分かりやすく王太子であるアルフレッドをヨイショしてくれる同級生ヒロイーネ・シトラスだった。
ここで、アルフレッドはマリアと円満に婚約解消すれば良かったのだろう。
だが、アルフレッドは独自の傲慢さで、
『愛人ぐらい持つのが男の甲斐性ってものだ』
と、考えてマリアとは婚約者の状態でヒロイーネと親しく付き合い始めてしまった。
しかし、マリアはアルフレッドが誰と付き合おうが一向に構わないようであった。
むしろマリアより周りの取り巻き達が怒って、不敬を覚悟で王家に直訴するものさえいた。
王家もマリアの希望があるなら検討するようなそぶりも見せたが、肝心のマリアはというと、
「私のために無理はなさらないでくださいませ。私は皆さんが好きなのですわ」
と、変わらずにニコニコしていて、
「政略結婚というのは殿方が愛人を持つこともあると聞いております。ああ、ヒロイーネ男爵令嬢様とは仲良くできるかしら?」
とまで言う始末だった。
そんな無邪気で明るいマリアの様子に、周りも毒気を抜かれて微笑んでしまうのだった。
しかし、ヒロイーネ男爵令嬢は身分不相応にも王妃の座を狙う野心家であった為、マリアがいくら楽しそうなイベントやお茶会に誘っても参加しないのだった。
そして、そんなじれったい状況のまま時は過ぎて、2年年上の王太子アルフレッドとヒロイーネ男爵令嬢の卒業の頃合いとなった。
その頃には、すでにヒロイーネ男爵令嬢は次期王妃気取りでアルフレッドの腕に手を絡ませ、堂々と学園を歩くようになっていた。
噂ではヒロイーネ男爵令嬢は王妃の座をアルフレッドにねだったとの事である。
また、大事な愛娘の婚約者の卒業を祝って、アナナッサ家主催で学園の広間にて夜会が開催されることになったのだが、噂では、アルフレッドは婚約者でも何でもないヒロイーネにドレスとアクセサリーを贈ったとの事だった。
そんな中のある日、珍しくマリアが居ない学園サロンでのお茶会ではとうとう……、
「私、マリア様をそこまで蔑ろにする王太子様や王家が許せない!」
マリアの取り巻きの一人で、マリアと音楽の趣味が合う侯爵令嬢の一人がそう叫んだ。
音楽のイベントではマリアとともに、呼ぶ音楽家の選定などにも参加するほどである。
侯爵令嬢は、何度も音楽の催しを開きイグニス王国の文化の発展に貢献するマリアを尊敬し、親愛を抱いていた。
実は王家に直訴したのはこの侯爵令嬢だった。
「体がごつく勉強もそこまで得意でない俺をボート遊びに呼び、他の令嬢との縁を結んでくださったのにっ。そんなにも思いやりがあり美しい方を何故!」
筋骨隆々とした伯爵令息が、悔しそうに顔を歪める。
昔は自分に自信がなく女っ気もなかったが、マリア主催の催しもので縁があり好みの可愛い子爵令嬢と婚約できたのである。
嫡男ではないが、実家の伯爵家から余っている爵位を貰う予定だ。
また、学園在学中からその身体能力を生かして中央騎士団への入団も内々だが決まっていた。
「僭越ながら申し上げます。あの憎き王太子はよりにもよってアナナッサ家主催の卒業パーティーにて婚約破棄をマリア様に申し入れるとの情報を掴んでおります」
男爵令息が鬼のような形相でお茶会のメンバーに告げた。
アナナッサ家で栽培された宝石苺をワインに加工させてもらっている商人上がりの貴族だ。
元々平民だったこともあり、貴族の世界はいまだによく分からないこともある。
でも、アナナッサ家には恩がありその恩をないがしろにしてはいけない事を理解していた。
それだけに、アナナッサ家をひいてはマリアを馬鹿にしているような王太子、そしてその状況を放置している王家が許せなかった。
この三人を筆頭にその日のマリアのいないお茶会は罵詈雑言で盛り上がっていた。
王太子への怨みが膨れ上がり……そして………。
……卒業パーティーでの夜会は、王太子とヒロイーネを祝福する声で溢れていた。
夜会に招かれたピアニストのムジカ氏の陽気な演奏がそんな雰囲気を更に盛り上げる。
マリアも含めた貴族令嬢たちが、ヒロイーネを祝福するために周りに集まり、王太子との距離があいたがヒロイーネは元々権力を得てちやほやされるのが好きなため気にしなかった。
一方、王太子アルフレッドは貴族男性に囲まれ、マリアと婚約破棄しヒロイーネと結婚した事を英断だともてはやされて気を良くしていた。
アルフレッドが飲んだのはジュースのはずなのに気持ちがふわふわして楽しい気分だった。
そこに侯爵令嬢の一人が王太子に近づいて、学園の池のほとりに誘った。
貴族男性達にさすがは魅力的な王太子様、と送り出され……、
「恐れながら一夜の思い出に、王太子様に私の秘めた思いを聞いていただきたいのです」
鼻の下を伸ばしたアルフレッドは、池のほとりで侯爵令嬢に向き合った。
「マリア様を蔑ろにするクズがっ!! 死ねっ!」
侯爵令嬢にあるまじき言葉と共に池に突き落とされた。
アルフレッドは何が起こったのか分からなかった。
だが、浅い池の為、アルフレッドはずぶ濡れになりながらも立ちあがろうとした。
何故か体に力が入らない。
「ぐぎゃっ!!」
アルフレッドは腰に衝撃を受けて再度池に倒れ込む。
見ると、ごつい伯爵令息が長い木の棒で、アルフレッドを強く突っついたのであった。
「お前らっ……!!」
大きな声をあげるが、誰も近づいてくる気配はない。
いや、いつの間にか侯爵令嬢以外は貴族の令息達や警備兵に囲まれていた。
驚くほど静かだった。
ムジカ氏の陽気なピアノ演奏と、令嬢達が喋りあう声が遠くから聞こえるだけで、池の周りはアルフレッド以外静寂に包まれていた。
「早く死ねっ」
男爵令息が王子の胸に向かって大きな石を投げる。
「うぐっ……お前らこんな事をしてタダでは済まされんぞ! 俺は王太子だ!」
目を吊り上げて怒鳴るアルフレッドに、
「あなたはジュースと間違えて酒を飲んで池に落ちたのよ。貴族全員が口裏を合わせるから……死ねっ」
と侯爵令嬢が更に石を投げた。
それを皮切りにアルフレッドは頭以外をめった打ちにされて……池に沈んだ。
ヒロイーネ男爵令嬢は次の日、イグニス王国の大きな川に浮かんでいるのが発見された。
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王太子アルフレッドは宝石苺のワインをジュースと間違えて飲んで、池に落ちた。
それが公式の発表だった。
王と王妃は、様々な者に死因を調べさせたが、誰に聞いても『夜会の途中から王太子の姿が見えなくなった』と答えられる。
警備兵は、王太子が死んだ事に気づかなかったとして全員総辞職を申し出た。が、それでは警備が立ち行かない。
結局、王太子は今までも女と会う時などに警備を振り切ったり、女と2人きりにするように命令する事があったので……そういう事になった。
「貴族全員に嫌われる王太子は……居ても仕方がない」
「マリア嬢が嫌がっていなかったからそこまでの事態だとは……」
王と王妃は様々な後悔をしていた。が、もう遅かった。
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王太子が死んでからの事の進みは早かった。
王太子以外の他の王族は、今回起きた事態の構造がよく分かっていた。
今回の騒動の中心であるアナナッサ家以外が立太子しても、多分また貴族全員が結託して殺されるだけなのだ。
イグニス王国の王家の乗っ取りであり政権交代である。
しかもアナナッサ家も事の中心のマリアも自覚はないし何の計画も実行していなかった。
だから、反逆罪でとらえることもできなかった。
王位継承権のある王族や公爵の辞退が相次ぎ、ついには何代目か前に王女が降嫁したアナナッサ家のマリアまで、王位継承権がまわってくる。
マリアは当然ながら辞退しようとしたが無理だった。
ここまでの流れはスムーズだった。
皆から好意を抱かれているものが、あるべき地位に押し上げられたのである。
アナナッサ家が王族となり、今までの王族は公爵家へと降格した。
今までの王族は今や王族となったアナナッサ家を支える側になる。
マリアはやがて女王となり、正室に隣国の公爵家の3男でもありピアニストのムジカ氏が迎えられる。
側室にはマリアを偏愛して嫁にいかず王太子を池に突き落とした侯爵令嬢、宝石苺のワイン産業に貢献した男爵令息等が迎えられた。
マリアの後宮には国内外から総勢十数名が集まった。
それぞれが有能な者たちであり、またマリアを愛していた。
「私のために無理はなさらないでくださいませ。私は皆さんが好きなのですわ」
マリアはそう言いながら全員を平等に愛し、有能な皆に助けられながらイグニス王国を発展させた。
そうして、魔法を駆使しながらも後宮全員と一人以上子を作り、マリアが王になった最大のメリットがやってきた。
マリアの先天的に周りから好かれる性質を受け継いだ子供たちが成長し、国内や周辺国に散らばる。
それはやがてその周りを惹きつける血でもって国内外を征服していくのであった。
陽気で明るい人は、皆から大変好かれているから陽気で明るくいられるのではないのかと思いました(小並感)。
最初は陽気で明るい令嬢がその持ち前の明るさで婚約破棄をいい感じに切り抜ける話を書こう、と思ったのですが妙な話になりました。
でも投稿します。
読んでくださってありがとうございます。
よろしかったら、いいねや評価をして下さると読んでくださった人がいるんだなぁ、という気持ちになれるのでお願いします。