クラス一の美少女と俺が入籍していることを、誰も知らない
「ねえねえ千枝、これから私たちとカラオケ行かない?」
「あっ、ズルい! 千枝は私たちとパンケーキ食べに行くって約束してたんだから!」
「あはは、じゃあみんなでパンケーキ食べてからカラオケ行こうよ!」
とある放課後。
今日も千枝はたくさんの女子たちから取り囲まれている。
やれやれ、相変わらずの人気者だな、千枝は。
まあ、千枝は読モをやってるくらい、可愛くてスタイルもいいし、ちょっと抜けてるところはあるけどコミュ力も高いから、さもありなんといったところだが。
「なあなあ和真、お前と千枝ちゃんて幼馴染なんだろ!?」
「ひょっとして二人は付き合ってたりすんのか!?」
「え?」
今度は俺のほうが、ムサい男子たちから群がられる(まったく嬉しくはないが)。
「……いや、確かに俺たちは幼馴染だけど、付き合ってはいないよ」
「おお、マジか!」
「つまり俺たちにもワンチャンあるってことか~~!!」
嘘はついていない。
実際俺と千枝は、付き合ってはいないのだ。
さてと、俺は千枝と違って何も用事はないし、帰るか。
俺は鞄を手に取り、席を立つ。
その時ふと、千枝と目が合った。
「ふふ」
「……!」
千枝は俺にだけ見えるように、小さくフリフリと手を振ってくる。
俺はそれにこっそりと手を上げて応え、教室を後にした。
家に帰って部屋でしばらくゴロゴロしていると、玄関のほうから「ただいまー!」という元気な声が響いてきた。
おっ、思ったより早く帰ってきたな。
俺は部屋を出て、その声の主を出迎える。
「おかえり、随分早かったな。友達とカラオケ行くって言ってなかったか?」
「うん、行ってきたよ!」
そこにいたのは、他ならぬ千枝その人だった。
「でも、愛しの旦那様に早く会いたかったから、私だけ途中で帰らせてもらっちゃった。――チュッ」
「っ!?」
不意に千枝が、俺の頬にキスしてきた。
こ、こいつ……!
「あらあら今日もお安くないわねお二人さん。千枝ちゃん、夕飯は唐揚げだから、着替えてらっしゃい」
「母さん!?」
母さんがニヤニヤしながら台所から顔を覗かせる。
クッ、その生暖かい目線をやめろ!
「わーい、唐揚げ大好きー! お義母さんありがとー!」
「あらあら、千枝ちゃんは本当に甘えん坊さんねー」
母さんにギュッと抱きつく千枝。
――そう、俺と千枝は付き合ってはいないが、入籍はしているのだ。
俺と千枝は、所謂『両片想い』というやつだった。
それがつい先月、ひょんなことからやっと両想いだということが判明した。
それで気持ちがあまりにも昂ってしまった俺たちは、その場ですぐ「結婚しようッ!」ということに。
俺も千枝も先日18歳の誕生日を迎え、結婚できる年齢になったことも後押ししたかもしれない。
お互いの両親にそのことを報告すると、どちらの親も即快諾。
まあ、俺たちは家も隣同士で、昔から家族ぐるみの付き合いをしてきたから、俺の親にとっても千枝は実の娘みたいなものだったのだろう。
そんなわけで俺と千枝は、交際期間ゼロ日で夫婦になるという偉業を成し遂げたのであった。
ただ、そのことがクラスメイトにバレたらややこしくなるのは目に見えているので、俺たちが入籍していることは、学校では秘密にしている。
「ねえねえ千枝」
「約束してた通り、今日は私たちに付き合ってね」
「うん、いいよー」
翌日の放課後。
やれやれ、今日も千枝は引っ張りダコだな。
「あ、私ちょっとオシッコしてくるねー」
「う、うん!?」
コラッ!
女の子がオシッコとか言うんじゃありませんッ!
……まったく、これだから千枝は。
「いやー、でもこれで一安心だね」
「千枝を連れてくることが、合コンの条件だったもんね」
――!?
千枝が教室から出て行った途端、千枝の友達二人がそんなことを呟いた。
ご、合コンだとおおおおおおお!?!?
「よ、よし……」
ファミレスの窓に映る俺を見て、確信する。
この格好なら、誰も俺だとは気付くまい。
このためにわざわざ金髪のカツラとサングラスと、チャラいアロハシャツを急いで買ったんだからな。
ファミレスの中を覗くと、千枝と友達二人が、楽しそうに談笑しているのが見えた。
よし、まだ合コンの相手は来てないみたいだな。
……クソッ、いくら俺たちが入籍してるのは公言してないからって、ひとの嫁を勝手に合コンに連れていくなんて!
流石にそれは見過ごせないぞ!
何とかして、この合コンを阻止しなくては……!
「なあトモハル、そのヨシオってやつはまだ来ねーのか?」
「うーん、急いで向かってるらしいんだけどよ。何せ頭数要員で俺のダチに紹介してもらったやつだから、俺も会ったことねーんだよ」
「んだよ! せっかくあの千枝ちゃんとの合コンだってのによー!」
――!
その時だった。
ファミレスの隣にあるコンビニの駐車場に、俺と同じくいかにもチャラい格好をした二人の男が、イライラしながら辺りを見回していた。
こ、こいつらが合コンの相手か……!
しかも今の会話の雰囲気的に、もう一人のヨシオってやつとは面識がないっぽいな。
……よし。
「よ、よお! お待たせ、俺がヨシオだよ」
「おお、やっと来たか! 遅ーよ! もし千枝ちゃんが痺れを切らして帰ったら、どうしてくれんだよ!」
「まあまあダイスケ、こっちも無理言って付き合ってもらってんだから、そうカッカすんなよ。――こっちのデカいのがダイスケで、俺がトモハルだ。今日はよろしくな、ヨシオ」
「こ、こちらこそ」
本音を言えば、いかにもNTRモノの漫画に出てきそうなお前らなんかと誰がよろしくするかと言いたいところだが、ここはグッと我慢だ。
「よっしゃあ! いくぞオメーら! いざ本能寺!」
「『いざ鎌倉』と『敵は本能寺にあり』が交ざってるぞダイスケ」
さてはこいつバカだな?
「やあやあお待たせ」
「もう、遅いよー。女の子を待たせるとか、有り得なくなーい?」
「あれ?」
突如現れた三人の男に、千枝は無数のハテナマークを浮かべた。
まあ、千枝は合コンだって知らされてなかったんだから、そりゃビックリするよな。
「ひ、ひやあぁぁ~! あ、あの千枝ちゃんが、目の前にいぃぃ~!」
「おいダイスケ!? 気を確かに持て!」
ダイスケ!?
千枝に会った途端、ダイスケが憧れのアイドルを前にした女の子みたいに骨抜きになってしまった。
こいつそんなに千枝のことが好きだったのか……。
ダイスケからしたら、むしろ俺のほうがNTRモノの漫画に出てくる間男ポジなんだろうな。
だがダイスケには悪いが、絶対に千枝は誰にも渡さんぞ。
「あ、あはは」
が、千枝は持ち前の人の好さを発揮し、俺たちに対しても朗らかな笑みを浮かべている。
こいつこれが合コンだってことわかってんのか?
まあ、幸い千枝にも俺の変装はバレてないみたいだし、このまま何事もなく終わればいいが。
「よーし、じゃあそろそろ王様ゲームやろーぜー」
「おっ、いいねー」
――!
宴もたけなわとなったところで、トモハルがそんなことを提案してきた。
デタ!!
合コンの常套句、王様ゲーム!!
王様ゲームとは名ばかりで、実際は性欲を持て余した思春期男女が、合法的に不純異性交遊するためのツールとして用いられている、極めて低俗なゲームッ!!
さては「一番の人が、王様とアヘ顔ダブルピースする」みたいな命令を下すつもりなんだろう!?
それだけは絶対に阻止しなければ……!
「よっしゃ、みんな一人一本クジ引いてー」
「ほーい」
三本の割り箸を割って六本の棒を作ったトモハルは、その先端に数字を書いてクジを作った。
よし、何としても俺が王様になってやる!
少なくとも、ダイスケだけは王様にさせちゃダメだ!
間違いねぇ……断言できる。
この世で一番王様になっちゃいけねぇのは、ダイスケ……お前だ。
「いよっしゃあああああ!!!! 俺が王様だぜぇ!!!!」
っ!!?
が、無情にも、王様を引き当てたのはダイスケであった。
最悪だ……。
よりによって「王様」が……最悪の奴の手に渡っちまった……。
ダイスケ、どうか……どうかアヘ顔ダブルピースだけは勘弁してくれ……!
「へへへ、じゃあいくぜ。……一番が王様に――」
――くっ!
「ポ、ポテトをあーんして食べさせてあげる」
……は?
ダイスケが頬を赤らめながら、気恥ずかしそうにそう呟いた。
この時俺は確信した。
――こいつ童貞だッ!!
そんなゴリゴリのNTR漫画の間男みたいなナリしといて、まさかの童貞だったとは。
一気にダイスケへの好感度が上がったぞ。
「さあさあ、一番は誰なんだよッ!」
「私は三番だったよ」
「私は五番」
「私は二ばーん」
女性陣が次々に自分のクジをオープンにする。
おっと、とりあえず千枝が一番じゃなかったことは僥倖だな。
「お、俺は四番だったよ」
俺も自分のクジをオープンする。
と、いうことは――。
「あーあ、一番は俺だよ、俺」
「ハァッ!? トモハルテメェ、空気読めやッ!」
うわぁ。
まさかムサい男同士のあーんを見せつけられることになるとは。
いともたやすく行われるえげつない行為とはこのこと。
「まあまあ、ルールはルールだから、さっさと終わらせようぜ。ほい、あーん」
「くっ、あ、あーん」
ダイスケはトモハルから差し出されたポテトを、プルプルと震えながらも口の中に収めた。
俺たちは何を見せられてるんだ……。
「はわぁ。何だか男の子同士がイチャイチャしてるのを見ると、凄くドキドキしちゃうね」
「「「えっ」」」
千枝が頬に両手を添えながら、恍惚とした表情でそう呟いた。
千枝!?!?!?
ま、まさかお前……、そっちの素養が……!?
……長年一緒にいるのに、まだまだ千枝に対して知らないことってたくさんあるんだな。
「ま、まあいい! 次いこうぜ次ッ!!」
ダイスケが鼻息荒くクジを掻き集める。
さて、ダイスケは無害なのがわかったのでいいとして、まだトモハルは未知数だ。
なるべくトモハルにだけは王様を渡したくないが。
俺は天に祈りながら、おもむろにクジを引く。
が、無情にも俺はまた四番であった。
クソッ、二回続けて四番とは、何と縁起の悪い……。
「あっ、今度は私が王様だったよー」
――!
千枝!
よし、千枝が王様なら一安心だ。
……いや、でも待てよ。
たまに千枝は、明々後日の方向にブッ飛んだ発言をすることがあるからな。
大丈夫だよな?
大丈夫だよな千枝?
これはフリじゃないぞ?
ちゃんと無難に、当たり障りのない命令にするんだぞ、千枝?
「じゃあねー、四番が王様を、お持ち帰りする」
「「「っ!?!?」」」
えーーー!?!?!?
お、お持ち帰りだとおおおおおお!?!?!?
「そ、そんなあああああ!!!!」
ダイスケが頭を抱えながら、発狂する。
「四番は誰ー?」
が、千枝はどこ吹く風で、チラリと俺のほうを見てきた。
ま、まさかこいつ……!
「あー、四番は俺だよ」
「じゃあ私のことをお持ち帰りしてね。王様の言うことは絶対だから。さっ、行こ」
「あ、うん」
「私たちの分のお金はここに置いとくねー」
ポカンとしてる他のメンバーをよそに、千枝に手を引かれてファミレスを後にする俺。
去り際に、ダイスケの断末魔の叫びが俺の背中を震わせた。
「なあ千枝、お前いつから俺に気付いてた?」
その帰り道。
恋人繋ぎで並んで歩きながら、俺は千枝に尋ねた。
「あはは、そんなの最初からに決まってるじゃん。私の愛しの旦那様なんだから、見た瞬間に和真だって気付いたよ」
「マジかよ……」
じゃあ、俺のこの変装はまったくの無意味だったってことか……。
「でも、俺のクジが四番だったのは、どうしてわかったんだ?」
あの時千枝は、明らかに俺が四番だと確信してあの命令を出した。
だが、俺は自分のクジの番号の部分は隠していたし、千枝にわかるはずはないと思うんだが……。
「あはは、それも簡単だよ。割り箸の割れ方って、まったく同じじゃないでしょ?」
「――!」
「だから一回目の王様ゲームで、みんなの番号と箸の割れ方を把握しておいただけだよ」
「な、なるほど」
言われてみれば単純なトリックだが、果たして俺に同じことができるかと聞かれたら、正直自信はない。
まったく、普段は抜けてるくせに、変なところで洞察力が高いんだよな、千枝は。
「ん? どうしたの和真? 私の顔に何かついてる?」
「……いや、何でもないよ」
「んふふ、大好きだよ、和真!」
「ちょっ!? 人前であんまくっつくなよ!?」
やれやれ、これからも俺は、こうやってこいつに振り回されて生きてくことになるんだろうな。
「さてと、明日も学校だし、そろそろ寝ますか」
「ああ、そうだな」
そしてその夜。
今日も狭いシングルベッドで、肌を寄せ合って並んで横になる俺たち。
元々俺の一人部屋だったところに、今は二人で生活しているので、何かと窮屈なのだ。
俺が大人になって自分で給料を稼ぐようになったら、リフォームしてもう少し広い部屋にしたいものだ。
「……ねえ、和真」
「ん?」
その時だった。
千枝が宝石みたいな綺麗な瞳を潤ませながら、俺の手をギュッと握ってきた。
ち、千枝……?
「私たちって、もう夫婦なんだよね?」
「え? あ、ああ、そうだけど」
「……だったら、もう子作りしてもいいってことだよね?」
「っ!!?」
こ、子作り!?!?
「ダ、ダメだよ! 俺たちはまだお互い学生なんだから! ……そういうのは、大人になってから、だろ?」
「えー、でも、お義母さんはいつでも孫の顔を見せてねって言ってたよ」
「はぁっ!?」
な、何を考えてんだあの親はッ!
「……だから、ね? いいでしょ、和真」
「――!」
いつもとは真逆の、妖艶な笑みを浮かべながら顔を寄せてくる千枝。
――ぬ、ぬわああああああああああん!!!!
お読みいただきありがとうございました。
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