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理解した。あれはもう空っぽな器に過ぎないのだと。

「あ……ああ……」

わかっている。あれは神様の分身。いくらでも造り出せる替えの効くもの。

……本当に?

たとえそうだとしても、自分の身と引き換えに命を救ってくれた相手を、ただの消耗品扱いなんか出来るわけなかった。

「……クソッタレが……」

誰が? 邪神か? いや、油断した挙げ句に判断ミスった俺がだ。血が滲む程唇を噛みしめ、邪神を睨み付ける。

──あ゛……あ゛あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!!!!!!!──

邪神もまた嘆き、狂乱していた。巨人の右目部分から蛇のように上半身を伸ばし、両手で俺の落とした色を失ったタリスマンを握りしめ、慟哭していた。

そういえばこいつは神様に執着していたんだったな。だからミタマちゃんの消滅にショックを受けている……あるいはミタマちゃんと神様の区別がついていないのか。……まあどうでもいい。落とし前は着けないとな。

慟哭する邪神に歩み寄り、その背に蒼牙を突き立てる。邪神はそれに反応することなく、タリスマンを手に嘆き悲しむだけ。

……好都合だ。

アーツを起動。精神値をひたすらチャージ。全てを注ぎ込み、さらにチャージ中にポーションで増幅された自然回復分も追加でブチ込む。

「……エクスプローシブスティンガー!」

10秒以上のチャージタイムを経て、60以上の精神値を注ぎ込まれた、消費量に威力が比例するアーツが発動する。

そして起きる大爆発。

うん、この技、敵に突き刺してからチャージするから10秒以上とか普通やらないよね。使い手本人が吹っ飛ぶ威力の爆発になったわ。当然、俺は巨人の上から落下する。……残念ながら俺は当然立体機動装置なんぞ持っていないので、そのまま墜落するしかない。軽業技能習得しとくべきだったかなぁ……

「フォーリングコントロール!」

その声と同時に、落下速度がフワリと落ちる。そのままフワフワと枯葉のようにゆっくり落ちて、無事に地面に着地する。

「よう、大丈夫か坊主。活躍は見てたぜ、ナイスガッツ!」

そういってサムズアップしたのは、魔法使い風装備の見知らぬおっさん。ああ、俺一人で戦ってた訳じゃないしこんな風にフォローしてくれる人もいるのね。見ればこちらに駆け寄ってくるヴァイスとエミリアの姿が……おい、なんか服装乱れてませんかエミリアさん? 戦闘中にナニやってたんですかねぇ?

嘆息しつつ邪神の方に目をやれば、何やら巨人の全身が連鎖するように爆発し、消滅していっている。……あの技あそこまでチャージするとあんな風になるのか……

遂に巨人は体を維持出来ずに崩れ落ちる。そして一際大きな爆発。後には何も……

いや、残っていた。

人間大の触手の塊。その表面には例の女の顔の面が張り付いている。ただその面には無数の罅が走っており、今にも粉々に崩れ落ちそうだ。

「おっ、もう瀕死っぽいぞ?」

「よっしゃ、止め刺そうぜ!」

それを見て武器を構えワラワラと寄ってくる冒険者達。……? あれ? 邪神は人間じゃ削りきれない程タフなんじゃなかったっけ?

ボロボロと崩れ落ちる女の面……そしてその内側から徐々に現れるのは巨人の左目にあった醜悪な老婆の……顔が、ニチャリと邪悪に歪んだ。

「逃げろ!!!!」

同時に襲い掛かるかつてない第六感の危険信号に、叫びつつ後ろに飛び退く。

──%$<○;※ww~'□,/^"§№ww!!──

意味不明の、だが嘲笑うような調子の叫びを老婆の面があげた。刹那、触手が爆発的に増殖した。その量と勢いはまるで津波のようで、たちまち近くにいた冒険者達を飲み込み、そして俺も……

《良くやった、人の子達よ》

天から光が落ちた。

それは洪水となって辺りを包み、その場に居た者達は視力を奪われる。そして暫し、視力を取り戻した人々は、其処に一人の人物を目撃した。

いや、それは人ではなかった。圧倒的な存在感、人が決して勝てないと思わせる格の違いを感じさせるそれは、紛れもない神の降臨であった。

金髪の美丈夫、壮年にも若者にも見える不思議な容貌だ。身長は2m近いだろうか、筋肉質ではあるがマッチョというより鍛え上げられた肉体はむしろ細く感じられ、どこか研ぎ澄ました刃物のような印象を受ける。海のような深い蒼色の瞳は叡智を湛えており、肉体から受ける印象とは真逆の、どこか穏やかな落ち着いた雰囲気を感じさせる。金糸で刺繍が施された白い衣の上に白銀の軽鎧を纏っており、黒地に黄金の装飾がされた豪奢な槍を手にしている。……で、その槍の先には例の老婆の面が張り付いた人の頭大の触手の玉が串刺しにされている。

《……色欲の邪神よ、もはや知性なき災厄よ。汝の在るべき場所は此処に在らず。疾くこの地より去るがいい》

そう神が言っただけで、老婆の面と触手の玉は塵となって跡形もなく消え失せた。あまりにも呆気ない邪神の最後だった。……思わず「今までの苦労なんだったの?」とか言いたくなるなこれ。

《否》

否定の言葉に思わずビクッと震える。

《人の子よ、汝らが邪神を傷付け、その力を削ったからこその勝利よ。そうでなければ我らは世界を守る為、この迷宮都市もろとも邪神を滅ぼしていただろう》

ナチュラルに心読まれた!? 辺りを見回すと俺と同じような顔をしてる奴らが結構な数いるので、皆似たような事を思っていたようだ。

《故に汝らはその偉業の対価を受け取る資格がある。さあ、受け取るがいい》

瞬間、一斉に立ち昇る光の粒子。この場に居た冒険者全員が位階上昇したのだ。

「って、位階が上がっただと!?」

「嘘でしょ!?」

騒いでるのは危険生物アルベルトとその周りの人間……あいつカンストしてなかったっけ?

《特別だ、此処にいる全員のレベルキャップを引き上げておいた。汝らは位階105まで成長出来るだろう》

それは……凄いけどたぶん大半の連中には関係ないよな。何せカンストする冒険者はほんの一握りしかいないからなぁ。

《では私はこれで……む?》

神は何かに気付いたように眉を寄せ、地面から何かを拾い上げると……ふっ、と笑みをこぼす。

《落とし物だ、小さな勇者よ》

軽く投げ渡されたそれは、光を失った鈍色のタリスマン。いつの間にか千切れた筈の紐が修復されているが、手にしても頭の中に声が響く事は無い。

《ではさらばだ諸君》

神が光に包まれ天に登って行く。普段信心深いとは思えない冒険者達が膝を折って祈りを捧げる。……一応俺もやっとこ。

『聞こえるかね、小さな勇者よ』

ふあっ!? 何かさっきの神様の声が脳内に届いてるんですけど!

『君には伝えて置きたい事がある。君がミタマちゃんと呼ぶ運命神の分御霊だった存在は滅んでいない』

……!! ……ん? 分御霊だった(・・・)

『……ククク、よもや分御霊に「名付け」するなど前代未聞もいいところだ。それで君とパスの繋がった彼女は、神力を失った後、君から僅かながらも力の供給を受け存在を繋いだ。もっとも神力を失った彼女はもはや分御霊とは言えない……言うなれば運命属性の精霊か。一晩も経てば目を覚ますだろう』

……そうですか、ありがとうございます。

『気にするな、私が何かをしたわけではない。……ああ、分御霊で無くなったのならタリスマンには宿れないな。今回の褒美に専用の器を用意しておこう。では君の娘(・・・)と仲良くな』

は? …………なに言ってるの?

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