ファンタジーにおける謎料理はヤバい
目が覚めてすぐ、俺は迷宮都市の胃袋を支える中央市場に来ていた。元々はただの乗り合い馬車の停留所だったのだが、馬車の客目当ての露店が勝手に開業し、更に馬車による輸送の利便性に目を付けた卸売業が支店を建て、いつしか広場全体が雑然とした建物群に埋め尽くされる事になったらしい。ちなみに停留所は近場に移設されたそうな。
この中央市場は主にダンジョンで産出される食料系ドロップや採取物を扱っており、食堂の仕入れはもちろん、一般家庭の主婦なども買い出しに来ており、その混雑ぶりはもはやどこぞの同人誌即売会を彷彿させるレベルである。
「……素人の来て良い場所じゃねぇ……」
うん、露店冷やかすノリで色々見て回るつもりだったけど心が折れそうです。と言うかどこにどんな店があるか把握してないとまともに買い物も出来んわ。
「おう、にいちゃん初めてか? 今は一番混んでる時間帯だからな。もう2時間ばかりしたら食いもん屋の連中が店に戻って多少空くからそれからにした方がいいぞ? どうせ店の位置もわからねぇんだろう?」
呆然と立ち尽くす俺を見かねたのか、近くにいたおっさんがアドバイスをくれた。なるほど、なら適当な店で時間を潰すか。近場にあったそこそこ人の出入している食堂の入口をくぐる。
「っらっしゃいませー」
店の中はかなり賑わっていた。辺りにはなにやら食欲をそそる香りが立ち込めており、客は決まって丼のような器に入った黒い汁物を注文しているようだ。空いているカウンター席に付くとメイドっぽいエプロン姿の小柄な女の子が注文を取りにやってくる。
「いらっしゃいませ、ご注文は……ってシンさん?」
「んあ? エミリア?」
……女の子じゃなくて男の娘だったでござる。
注文した謎の黒い汁物はスープパスタだったようだ。ただし中身はショートパスタ、螺旋状のスピラーレ(カールマカロニ)のようなものが入っていた。スープは色に反しホワイトシチューのような味わいでなかなか美味い。原料は謎だが。……いや料理名が「ゲルゲンゲ」で原材料が「ゲルンの体液」と「ボニェルの卵」とか言われてもわからんわ! 体液と言うフレーズにそこはかとなく嫌な予感がして詳しく聞かなかったのも原因だが。
「ゲルンってのは体長50cmくらいある真っ黒な幼虫で……」
「やめて解説しないでお願いしますエミリアさん」
ちなみにボニェルとは食用の巨大ナメクジの事だった。ショートパスタだと思ってたのが卵だったらしい。解説しないでって言ったのに……いや美味しかったけど! 美味しかったんだけど! ちなみにゲルンは「深き緑の森」の朽木の中から採取、ボニェルは「毒蟲集う沼地」に生息していて沼地の水草に卵を産み付けているらしい。結構な量が取れるのでそこそこ安く提供できるとか……
「まあ位階20以下の冒険者には取りやすい食材だけどあんまり需要がないんですよね」
「……だろうね……」
エミリアがここにいたのは冒険者業だけでは生計が成り立たない為のバイトもあるが、マイナー食材を買い取ってくれる店とのコネ繋ぎの一環らしい。マイナーなだけに競争相手が居らず大量に採取出来るので、買い取ってくれる相手さえいればそこそこの収入になるようだ。ちなみにヴァイスの紹介だそうだ。あいつ商家の出身だけあって色々コネ作って顔を広げる癖があるらしい。
バイトは一番忙しい時間だけのヘルプで、ピークタイムを過ぎた今は私服に戻って俺の隣で賄いのゲルゲンゲを食べている。うぇっ。
「そういえばシンさんは何か買い物ですか?」
「あ、ああ。なんか手軽な携行食がないかと思って軽い気持ちできたんだけどあの混雑でな……」
「あー、慣れてないと無理ですよね。良かったら案内しましょうか?」
「お、まじで?」
「はい、シンさんには借りがありますし。ちなみにボクのオススメ携行食は干しボニェル……」
「ヤメテ!」
自分が卸してる食材の売り込みヤメーや。
そんな訳で俺は今、エミリアと二人で市場を歩いている。一見、美少女とデートしているように見えるが、残念ながら中身は男である。……残念ながらっ!(血涙)
「あ、この魚の燻製はそのまま食べられるから便利ですよ。隣のやつはカチカチですがいいスープが取れるんですよ」
ドライフルーツに干し肉、燻製魚にピクルスやオイル漬けなんかを買い漁る。収納+6だから7m×7m×7mでかなり容量には余裕があるから色々ストック出来る。
「あ! シンさんシンさん! これどうですか!?」
そう言ってエミリアが差し出すのは1cm×10cmほどの薄茶色の乾物。一つを自分でパクリと咥えてモグモグと噛り始める。ふむ? 食感はスルメ、ただ独特のあの生臭さは無く、噛む程に強い旨味を感じる。なんだこれ、味は干し貝柱が近いような……
「美味いなこれ、何だ?」
「干しボニェル(真顔)」
ぶふぉっ! 思わず口の中にあったそれを吹き出す。
「ああっ! 食べ物を粗末にしたら駄目ですよっ!」
「そう言う問題じゃねぇっ!」
なんちゅうもんを食わせてくれたんや……なんちゅうもんを……
美味しいのに、だとか食わず嫌いは駄目とかブーブー文句を言うエミリアを無視して買い物を終わらせる。まあ一応まともな店も案内してくれたから礼は必要だろう。ちょっと普段なら入らないようなお高そうな喫茶店に入ってお茶とケーキを注文する。……ケーキ1つ2000セルとか高くね?
「ふぉぉぉっ! い、いいんですかこれ」
目を輝かせるエミリア。なお遠慮するようなセリフを吐いているが、既にがっちり皿を抱え込んで離す気は無い模様。
「あー、稼いでるから気にすんな。最近上級入るようになったからな」
まあ上級ダンジョンのドロップはまだ換金したことないけどな!
ふと反応がないのに気付いてエミリアに目を向けると、口をあんぐりと開けて固まっている。
「え? 上級? この間まで2次職でしたよね?」
「あ、最近3次職になったぞ」
「ええー……」
何か引かれた気がする。解せぬ。
『……いや、冒険者曆一ヶ月で3次職になって上級ダンジョン入ってる奴を見たら大抵はドン引きするからね』
……そう言う意見もあるかもしれませんね。
「ボクこの間やっと位階20になったばかりなのに……」
「ん? なら変身で女体化出来るようになったのか? なら例の方法試せるんじゃないか?」
ヴァイスが協力すれば完全性転換が可能な例のアレである。
「……+無しの変身だと持続10分しかありませんし、そもそもボクの身体がまだ大人になってないから、変身しても妊娠出来ないらしくて……」
あー、まだ精○しとらんのね。俺もだが。
「例のあの職業までは遠いし、そもそも位階あげるにしてもソロだとキツイし、かといってヴァイスさんとは位階が離れてるから日常的にパーティーは組めませんし」
「ん? 魔法使い系でソロってキツくね? 他の奴と一緒に潜らんの?」
その言葉にエミリアは明らかに挙動不審になって目をキョロキョロさせる。
「……えーと、その、ボクの場合、高確率で襲われると言うか……」
「あっ(察し)」
そりゃそうだ。こいつの容姿ならそうなるわ。
「効率が悪いのは分かっています。成長するのを待った方が確実なのも理解しています。でも……でもじっと待っているだけじゃ居られないんです……無駄だとしても少しでも前に歩いて行きたいんです」
……ふむ……前に焼肉した時に酔っ払ったこいつから生い立ちは軽く聞いている。せっかく道が拓けたのに足止めさせられたら辛い……というか焦るのも仕方ない。
……いやまてよ?
「ならパワーレベリングしてみるか?」
「ふぇ?」
もしファンタジー世界の人間が日本に転移したら
納豆
「腐っとるやないか!」
ホヤ
「きもっ! え、これ食い物? ショゴスの親戚じゃなくて?」
白魚の踊り食い
「生きたまま食うとかマ!?」
イナゴ、ザザムシ、ハチノコ、蚕の蛹
「……これを食えと? 正気か?」
フグ
「え、即死毒のある魚? マジで食うの?」
フグの卵巣の糠漬け
「え、即死毒のある部位? 毒の抜ける原理は不明? 誰が最初に食ったのそれ!?」
結論
「この世界の食文化ヤバい……」
自分の知らない食文化って受け入れ難いよねって話。




