二つ名
ところで皆さん、釣りをしていてクサフグしか釣れなかった事ってあります? おのれクサフグ絶対許さん。(#゜Д゜)
ギルドで「剣術」のスクロールと「短剣術」のスクロール2つを交換し外に出る。ちなみに奥義書の交換もやってたけど、「絶・○狼抜刀牙」は交換不可だった。テイマー系は戦闘職だが牧場での需要が多く、ダンジョンに潜って従魔を成長させる人はあまりいないらしい。そのため要求ステータスの高いアーツはお呼びじゃないそうだ。
スクロールを使って街中をぶらつく。……「索敵」に反応。路地に入って視線を切り「隠密」、高い敏捷に任せて跳躍し建物の屋根の縁に手をかけ、懸垂の要領で体を持ち上げる。そこで路地を観察していると3人の男が駆け込んでくる。
「ちっ、居ねえぞ」
「くそっ、可愛かったんだがな」
「ちっこいから締まりも良さそうだったな」
……やれやれ、いつものか。さっきうっかりフードが捲れたのが原因だな。
『……慣れたわね……』
そりゃギルド行くと7割強の確率で変態に尾行されるからな。もう変態にケツ狙われた程度じゃ動揺せんわ。もはや街中だろうとダンジョンだろうと尾行を撒く手順は無意識レベルで行えますよ。ついでに言えば対変態用の煙玉と閃光弾は手放せません。もはや生活必需品ですよ。
……へへっ、なんで俺こんなことに慣れてんだろうね。何故か目から水が出てきやがったぜ。
『……頑張れ……』
神様の声が何時になく優しくて辛いです。
そういや煙玉と閃光弾の在庫補充もしとかなきゃいけないんだった。本当は剣を受け取る時に買おうと思ってたけどトンデモ武器の登場で忘れてたんだよな。
というわけで北ギルドから西ギルド近くの職人区画へ。フードは深めに被っておきますかね。
「ちわーっす」
「あ、砥石マスターさんいらっしゃい」
「まってなにそのあだ名!?」
いきなり挨拶がてらにぶっ込んできたお弟子さん__ケインって名前らしい__に慌てて問い質す。……まあ予想はついてたけど鍛治ギルドで付けられたあだ名だそうだ。たった10日で不足していた砥石の需要を満たした俺の行動はもはや伝説だとか。
「ギルドマスターは気が向いたらまたやってくれって言ってたそうですよ。それにしてもその歳で二つ名がつくとか凄いですねぇ」
「いやついて嬉しい二つ名じゃないからね!?」
そんなふうにわちゃわちゃ騒いでいると、奥からスミス親方とヘイグさんが出て来た。……ポーションで治療したのかもう顔の腫れが治ってるなヘイグさん。
「お? 砥石マスターじゃねぇか。剣のメンテにゃ早いっつーかそれメンテ必要ねぇよな?」
「親方までその呼び方ですか……今日は買い忘れた煙玉と閃光弾の補充ですよ」
ガックリと項垂れる俺に、親方は笑いながら悪い悪いと詫びる。そんな時にヘイグさんが一言。
「二つ名って言えば、シンに別のが冒険者からつけられてるらしいぞ。確か……「逃水」だったかな?」
「なにそれ格好良い」
ヤバい、格好良い二つ名とかテンションめっちゃ上がるな! 「我が名は「逃水」のシン!」とか名乗りたい。くっ、静まれ……静まれ俺の厨二心!
「……なんでもケツを狙って尾行した奴らがことごとく見失い、「まるで逃げ水を追っているようだ」と評したのが由来だとか。あと「幻の様に美しい後輩」とのダブルミーニングらしいぞ」
『ぶふぉっ!』
俺は崩れ落ちた。
あの後、俺は煙玉と閃光弾を補充すると宛も無くふらふらと町をさまよっていた。
『…………………(もはや声にならない笑いの思念)』
……笑い過ぎですよ神様。(好感度DOWN)
『ごめっ、ぶふっ、つぼっ、入ったっ』
畜生! あいつら俺のケツを狙うだけじゃ飽きたらず、変な由来の二つ名つけやがって! 名前自体は格好良いのが腹が立つ! 絶対に許さねぇ!
ふらふらと西ギルド近くの繁華街を彷徨き、適当な屋台で串焼き肉を買って腹を満たす。……ふむ。頃合いを見計らって路地に足を踏み入れる。暫く歩くと行き止まりになっており、引き返す為に振り返ると5人の男が立ち塞がっていた。
もちろん気付いていた。なにせわざと袋小路に入って誘き寄せたんだからな。顔出ししてギルド近くを彷徨いていれば俺を狙う変態どもが釣れるのは予想出来る。ククク、俺に変な由来の二つ名を付けた事、地獄で後悔するがいいわ! 後、逃げずに戦えば二つ名変わるかも。
『うわー、めっちゃ根に持ってるー』
笑いたくなる気持ちを抑え、顔には怯えているような表情を浮かべて相手を観察しつつ会話を試みる。
「……あ、あなた達! ぼ、僕になんの用ですか!」
『ぶふぉっ! 誰この子ww』
神様うるさい。
ふむ、見た感じ強そうじゃないな。感覚値上がって索敵技能でなんとなく強さが分かるようになったんだが、それによると格下……たぶんほとんど位階20以下の転職前だな、一人二人2次職が混ざってるかな? ただそれなりに荒事はこなしてる感じはするな。
「へへへっ、しらばっくれても意味ねーぞ」
「そーそー、こっちはちゃーんと裏取ってあるんだぜ」
……ん?
「稼いでんだろぉ? 鍛治ギルドの奴が話してたぜぇ」
「ちょっとばかし俺らにもお裾分けしてくれよぉ」
……………………………………………
そっちかーっ!
『そーいえば、こーゆーの警戒して北ギルドに拠点移したんだったねww 忘れてたw』
くそっ、釣れたのは外道だったか。このクサフグどもめどうしてくれよう。本当なら変態どもをフルボッコにして溜飲を下げるつもりだったのに。俺はこの怒りを何処にぶつければいいんだ!
一気に間合いを詰めて、怒りを込めた鳩尾を抉るようなボディブローをチンピラAに叩き込む。
『めっちゃこいつらにぶつけてるじゃん!』
崩れ落ちるチンピラAに視線が集まったところで「隠密」。この状態では完全に見失う事はないが、ステータス差があれば視認し難くなるらしい。そのまま地面を滑るように体幹を揺らさずに移動、隣にいたチンピラBの足を刈り、転倒させつつ手で襟を掴んで引き摺り倒し地面に叩き付けると、次はその背後にいたチンピラCに狙いを定める。
「んなっ! このガキっ!」
「気を付けろ! ガキのクセに意外とやるぞ!」
ああ、ガキ相手だと甘く見てたのか。こりゃ俺が中級に入ってるのも知らんな。いや知ってたらこの程度の奴らは喧嘩売ってこないか。
チンピラCはこちらを警戒してはいるが、体勢は逃げ腰で体重が後ろに掛かっており、左右への咄嗟の回避は出来そうにない。というわけで高い敏捷値を生かして跳躍、真空飛び膝蹴りを顔面に叩き込む。鼻血を吹き出し倒れるチンピラC、ヤバい、前の世界だと予備動作も隙も大きくて実戦ではまず決まらない大技があっさり決まる。予備動作も隙も敏捷値高けりゃカバー出来るんですよ? まあ敏捷値が同じくらいある相手には通用しないだろうが。
残るはチンピラDのみ。え、5人いたはず? 奴ならチンピラBやったあたりでヤバいと判断したのか逃げていったよ? 中々の状況判断力だ。
「畜生! よくもジャック達を! だが俺とアニキはそう簡単には……アニキ?」
【悲報】リーダーが真っ先に逃亡してた件。
なおチンピラDさんはストレス解消を兼ね、デンプシーロールでボコボコにしました。
余談だが、その後逃げたチンピラリーダーは手下をボコボコにした俺について調べ、由来まではわからないが俺が二つ名持ちであることを知る。その結果「逃水」の二つ名はチンピラを通じて迷宮都市に広まり、由来も知らない人間が適当に補完したのか「敵対した相手は触れる事すら出来無いから逃げ水と呼ばれている」というまともなモノになって伝わっていったのだが、それを俺が知るのは随分後になってからだった。
書いてから気付いた。アスファルト舗装ない異世界で果たして逃げ水って発生するんだろうか……よし! ダンジョン素材で似たような物があってそれで道路舗装してる事にしようそうしようはい正式設定。




