訪れる危機と尊厳を賭けた戦い
本日も2話更新。1話目。
いきなりで申し訳ありませんが、キリがいいので本日更新分を持って暫く……暫くだよね? お休みとさせていただきます。詳しくは昨日初めて書いた活動報告にて。
「見つけたぁ。こんなところに泊まってたんだねぇ」
背後にいたのは見覚えのある男だった。
金色の髪に碧の瞳、気品を感じさせる整った容姿は物語の王子様を容易く連想させるだろう。服や装備品も極一般的なものなのだが、コーディネートと着こなしの結果か何処か品が良く高級感を感じさせる。
だが今の男を見て「王子様」という感想を持つ者はいないだろう。
口元は欲にまみれた笑みで歪み、荒い息遣いは飢えた獣のようだ。目は興奮で血走っており、俺の姿を捉えて離さない。
ギルド裏で遭遇した変態無駄イケメンだった。
「やあ久しぶりぃ、いやはじめましてかなぁ? こうして話すのは初めてだよねぇ。前にギルドの裏の井戸で会ったんだけど覚えてるぅ?」
なんかふらふらしてるし、話し方がねちっこい。ヤバいお薬でもキメてるんだろうか。話ながらカチャカチャと鎧の留め具を外して……何故腰鎧から? いやなんとなく分かるけど分かりたくない。
安全地帯の出口を確認しつつジリジリと後退るが、奴も腰鎧を外しながら同じだけ距離を詰める。外した鎧を乱暴に投げ捨てると、奴の股間は膨らみ既に臨戦態勢だった。泣きそう。なんで俺、ダンジョンで魔物相手じゃなくて変態相手にピンチ迎えてるんですかねぇ! ちくしょう、俺なんか前世で悪いことしたっけ? こんな運命、俺は認めない……ん? 運命? まさか……(誤解よーっ!!)
「ああ、自己紹介もまだだったねぇ。僕はヴァイス、15歳になるんだぁ。冒険者になって3年くらいかなぁ」
なんか口元から涎が垂れ始めた。だが奴はそれを気にすることなく話を続ける。どう見ても正気じゃない。よし逃げよう。
「ねぇ、なんで返事してくれないんだいぃ? 君の声を聞かせてよぉ。どうして何も喋らないんだいぃ? どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして」
ヒェッ。
なんか頭掻きむしりながらヘッドバンキングし始めたんですけどーっ!
あまりのヤバさに咄嗟にバックダッシュ、安全地帯出口の門の隙間に体を滑り込ませて門を閉じ……
ガシッ!
「ははははは、何処に行こうっていうんだい?」
速い! こいつ俺より敏捷値が高い! ならまともに逃げるのは不可能。腰に固定してある小袋から黒い玉を取り出し僅かな精神値を注ぎ込むと、目を閉じて地面に叩き付ける。瞬間、閉じた瞼の裏からでも分かる程の閃光が足元から発生する。
「っ! 目がぁぁあっ! 目がぁぁぁぁあっ!」
なんでさっきからちょくちょくセリフが某大佐なのこいつ!
奴の目を潰した隙に「隠密」、足音を忍ばせこそこそとその場を離れる。「隠密」は便利な技能だが、足音を立てたり声を上げると判定値にペナルティーを食らって発見され安くなる。ゴブリン程度の感覚値ならどうとでもなるが、奴は恐らく格上、気を付けるのにこしたことはない。
「ううっ、何処に行ったぁ」
位階が高いせいか直ぐに視力が回復した奴は、キョロキョロと辺りを見回し……何故か四つん這いになって地面に顔を近付ける。
「くんくん、彼の香りがする」
……(゜д゜)?
「くんくん、こっちに続いてる」
そして四つん這いで地面の匂いを嗅ぎながら、正確に俺の通った場所をトレースして近付いて来る。
まってどんな嗅覚してんのこの変態。せめて人間っぽい行動してくれませんか。もう変態に襲われる恐怖だけじゃなくパニックホラーで謎のクリーチャーに襲われる恐怖まで感じてるよ!
カツッ。
考え事をしていたのが悪かったのか、うっかり小石を蹴飛ばしてしまう。固まる俺。顔を上げる変態。目と目が合う。
ニチャァァァ。
「みーつけたぁ♡」
ヒィィィッ! やっぱりホラーじゃないですかやだー!
四つん這いのまま高速で移動する変態に、足止め用の蜘蛛の巣爆弾を投げつけるが、片手であっさり弾かれる。いや爆発しないように柔らかく軌道を反らしたのか。こいつ器用値も高いのか! 逃げようとするが何故か金縛りにあったかのように足が動かない。その隙に距離を詰められて足を掴まれ、引き倒されてそのまま上にのし掛かられる。筋力値で劣る俺はそれを跳ね返す事は出来ない。
「ハアハア、やっとこうなれたねぇ♡」
イヤァァァァッ! あと使えそうなのは轟音弾ぐらい。だが耳栓もなくこの距離で使えば自爆は必至。詰んだか。いや、無抵抗でヤられるぐらいなら自爆覚悟でやってやんよ! 小袋から轟音弾を取り出して変態の顔面に投げつけながら精神値を注ぎ……あれ、精神値が通らない? 手からリリースされたそれを見ると、黒い円筒の轟音弾ではなくなにやら液体の入ったガラス瓶。
間違えたぁぁぁっ!
変態はそれを額で受け、同時に俺の腕を両手で掴んで押さえつける。ガラス瓶はあっさり割れ、中身の液体が奴の髪を濡らすが……それだけだった。
「ふふふ、もう抵抗は終わりかい? じゃあ……シよっか」
変態は頭を振って髪についた水気を飛ばすと俺に顔を……
『ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!!』
突如辺りに響きわたる絶叫。思わずキョトンとして顔を見合せ、二人揃って声のした方へ顔を向ける。
そこにはのたうち回るピンク色の髪をした半透明な少女の姿があった。フリル多めのドレス姿。小柄で童顔だが幼児体型ではなく、特に胸は体格に反して大きい。しかしかなりの美少女と言っていいその顔の半分は、まるで強酸でも掛けられたかのように焼け爛れて今なお煙をあげている。いやどっから出て来たこの幽霊女。
ふと気が付くと変態の拘束が緩んでいたので、尻餅をついたまま後退って逃げって痛! さっきのガラスの破片で手を切った。ん? これポーション瓶だけど中身ポーションじゃないな……そんなのあったっけ……! 露店で神官系冒険者が売ってた聖水か! あーだから幽霊女がダメージ受けてんのか。
「あのさ、ちょっといいかな」
何故か今まで呆然としていた変態が再起動していた。ヤバい……って、あれ? なんかさっきまでの狂気じみた雰囲気が霧散してない?
「僕……何で君のこと襲ってたのかな?」
「……は?」
顔を見合せ、お互いに首を傾げる。どゆこと? ふと視線が揃って幽霊女に向かう。
『ぐうぅぅぅっ!! 滅びはせん、滅びはせんぞぉっ! 私は私のベストカップルが男同士で愛し合うところを見るまで滅びるわけにはいかんのだぁっ!』
……………………
………………
…………
……
「「てめぇが元凶かぁぁぁっ!!」」
なんて恐ろしい悪霊なんだ! 恐怖と怒りに任せ、脅威を排除するべく剣を振るう。だが実体を持たない幽霊の体は剣をすり抜ける。くそっ、聖水もっと買っとくべきだった。
『危なっ! ちょっといきなり剣を向けるないでよ。あ、でも私幽霊だから物理無効だったぎゃぁぁぁっ!』
だが変態……いやまともになったから変態じゃないな。ヴァイスの振るった剣はあっさり悪霊女の腕を切り飛ばす。
「うわそれ[非実体に有効]の効果付いてるんですか。お高い奴だ」
「みたいだね、今日初めて知ったよ」
「いや知らずに使ってたの!?」
「冒険者になる時に両親から餞別にもらったんだよ」
『痛い痛い痛い痛い痛いやめてぇっ!』
今まで操られていた鬱憤を晴らすかのようにザックザックと悪霊女を切り裂くヴァイス。実にいい笑顔である。
そして10分後、悪霊女は欠片も残さず消滅するのだった。
「攻撃能力なかったくせに意外としぶとかったですね」
「ああ、たぶん位階は高くても精神操作特化でそれ以外はカスだったとかじゃないかな」
やたら爽やかな笑顔のヴァイス、さっきまでの狂気の消えたその姿は正に王子様と言っても過言ではない。
突然、俺達二人の体から光の粒子が立ち昇る。位階上昇だ。ステータスの確認のため二人で安全地帯に戻ることにする。
「はぁっ!? 位階が3上がってる!?」
最初に確認したヴァイスが悲鳴のような声を上げる。位階が32から35になったらしい。あの悪霊女どんたけヤバい奴だったの!
そして俺のステータス。
名前:シン 性別:オス 年齢:12
位階:20 天職:盗賊※ 恩恵:幸運
筋力:30 体力:10 敏捷:70 器用:70
知力:10 精神:10 感覚:70 幸運:50(+20)
技能:隠密+1、索敵、盗む+1、解錠、罠
称号:兎の天敵、運命神の加護
※お知らせ※
天職を二次職へ昇華可能です。
第二の天職を獲得可能です。
経験値がオーバーフローしました。天職を二次職に昇華させるまで、これ以上の位階上昇処理は一時停止します。
おうふ。メインで削ってたのはヴァイスだったのに俺もっすか。えーと二次職で選べるのは斥候、墓荒し、掏児、山賊、暗殺者、影使い、トリックスター、博徒、乞食……名前のイメージ酷すぎじゃね?
頭に流れ込むジョブの性能に目を白黒させていると、ヴァイスが申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「じゃあ僕はこの辺で失礼させてもらうよ……なんというか迷惑を掛けてしまって、本当にすまない」
最初の印象からはかけ離れた、まるで叱られたワンコのようにションボリとするその姿に思わず笑ってしまう。
「あの悪霊女が元凶だったんでしょう? 俺はギリギリ被害受けてないから気にしないで下さい」
「……そうだね。君は被害を受けていないね」
「……他に被害者が?」
「……調教して下僕にしちゃったのが6人程……」
「ヤバい。下手すると俺もそうなってたのか……」
「いや、なんか変なこだわりがあったらしくて、地下室に鎖で繋いで永遠に監禁調教する予定だった……」
「ヒェッ」
恐ろし過ぎる。あの悪霊女が滅んだことに心から安堵している自分がいる。
「すまない……本当にすまない……」
「あ、いや、本当に気にしないで下さい。貴方が自分の意思でやっていたわけではないのは理解しています。とはいえ貴方が気にしてしまうのも分かります。ありきたりの言葉かもしれませんが過去の行いを考えた上で、どういう未来を創るかが重要だと思いますよ」
まあこの人は悪くないわな。むしろいい人過ぎて気にしてしまっている。だから俺はどっかのラノベかなんかで出て来たと思われるテキトーな言葉で慰め、微笑んで気にしていないことを示す。さすがに被害者よりの人間を追い詰める気はないからな。
「(トゥンク)あ、ああ、ありがとう。考えてみるよ」
泣きそうになって目を潤ませたヴァイスは、慌てて顔を背け、そのまま無言になって背を向けて立ち去る。あの程度の気遣いで泣きそうになるとは、だいぶ心が弱ってるな。大丈夫かなあいつ。
しかし今回は危なかった。それなりに鍛えたつもりだったが、俺の力は何一つ役に立たなかった。無事だったのは只の運としか言いようがない。
もしあの時間違えて聖水を投げなかったら?
もしヴァイスが幽霊に通用する剣を持っていなかったら?
偶然、偶々、幸運。何か一つ足りなければどうなっていたのか分から……偶然?
ふと胸元から運命神のタリスマンを引っ張りだす。その裏面には運命神の聖句が刻まれている。
「これから起こる事は全て偶然。起こった事は全て必然。その流れを人は運命と呼ぶ」
口にすると何かがストンと胸に落ちた気がした。
「……助けてくれたのかね。もしそうならありがとう」
なんとなく、タリスマンに軽くキスをするとまた服の中にしまう。
さて、邪魔が入って遅くなったが食事の準備をしよう。たとえ今日何が起きても明日は来る。明日に備えてしっかり休まないとな。
元王太子君のセリフがちょくちょく某大佐なのはヒドインちゃんの毒電波とシンクロした結果です。あと盆休み中に金曜○ードショーで○ピュタやってたのが原因。
本編はここで一区切り。
今日はもう1話、神視点で見た今回の事件の掲示板回を更新。
運命神ちゃんのターン!




