【1】青空キャンディー[1]
ごめんなぁ、ーーー
おばあちゃん、もう少し頑張れると思ったんやけど…
おばあちゃんもーーーのお母さん達がおる、お空に行かないかん
でもな、ーーーが一人にならんように頼んであるけんね
優しくてええ人やから
きっとーーーの事、大事にしてくれる
…謝らんとって、うちは幸せやったよ
アンタもこれから先も幸せになりなさい
「…そんな日、来ないよ
おばあちゃん」
おばあちゃんが死んだ
電車に揺られ、
目まぐるしく流れる景色に思い出を探してみた
赤い屋根に丸い窓が二つあるあの家は
ついこの間まで私達が住んでいた
今では、【売家です!】と書かれた看板がすぐ横に並べられている…
それを見て、私は不安に塗り潰される
帰る家もない
後戻りも出来ない
優しかったおばあちゃんも…
私を引き取ってくれる人がいる
そこに行ってお世話になってもらいなさい…
身寄りがなくなる私への配慮だと理解していても
心があの家に取り残されてる
二人の生活が好きだった
優しい貴方が好きだった
それなのに…
「どうして、いつも置いていっちゃうの?」
神様はいつだって私を愛してくれなかった
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電車に乗っておよそ2時間半、
県を超え、駅を降りると目の前には白い砂浜と青い海が広がる
神無町[かんなまち]、おばあちゃんが昔住んでいた町
「綺麗…」
ポツリと独り言を言ってすぐにハッとして口元を手で覆った
誰もいなかったもののちょっと恥ずかしい…
「いいでしょ?」
少年の声がした
「え?」
私は
すぐさま声の元へ振り返った
すると日が差し込んで輝くふわふわの金髪に深く碧い瞳を持つ
…よく漫画に出てくる王子様のような少年が私のすぐ後ろに立っていた
「海」
「は、はい…」
…もうなんなの!?急に話しかけてきたら心臓に悪いじゃない!!
と悪態を吐きたいところだけど、このビジュアル
さらに美しい海をバックにされてはなんだか敵う気がしない
金髪碧眼は話を続ける
「観光の人?」
「いえ、今日からこの町に住むことになって…」
「ふーん
…にしては、女の子なのにずいぶん荷物が少ないね」
確かに、私の手持ちはこのキャリーケースひとつだけ
あれこれ持って行くと次住まわせてくれる人に迷惑かと思い持ってこれなかった…
てか、どうして見ず知らずの他人にそんな詮索されなきゃいけないの!?
「…貴方は外国の方?」
…なんて言える勇気はないので話題を切り替えよう
「うん」
「日本語、お上手ですね?」
「うーん…、ハーフ、だから??」
「あ、半分日本人なんですか?」
「…まあ、そんなとこかな?」
よし…
「そうなんですね、じゃあ、私はこれで…」
1秒でも早くこの人から離れなきゃ…!
「待って」
なんで、私も律儀に足を止めてしまうのか?
「…何か?」
「きっと君は、ここも好きになれるよ」
波の音の方が大きいのに、確かに彼の声は私に届いた
「そうですか、ね?
でもそんなの住んでみなくちゃ分かんないじゃないですか?」
これは皮肉ではなく、本当の事
誰も何も分からない
他人の保証なんか何の価値もない
だって、そうでしょ?
両親が死んでしまった時だって
父は既に結婚前に親に勘当されていたらしく
母の親族しか宛にできなかったのに
手を差し伸べてくれたのはおばあちゃんだけ
おばあちゃんだけが、私の希望だった
それさえも奪っていった神様なんか…
「これは願いのようなものだけど…」
「君は愛されてるよ、今でも」
私の中で何かが崩れる音がした
「…アンタなんかに!」
私の何が分かるのよ!?とソイツに叫んでやろうとしたけど無駄だった
さっきまであった彼の姿はまるで霧が晴れたように消えていたから
「…夢?」
立ったまま眠るなんて器用な事、私には不可能だ
それに証拠もある
砂浜には、ちゃんと二人分の足跡が残っていた
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…ついに来てしまった
さっき不思議な体験をした海を出て、おばあちゃんが残してくれた地図を頼りに
とうとう私がこれから住むであろう家に到着してしまった…
なかなか特徴的な見た目をしていた
日本でお目にかからないであろう南欧風の家で
四角い形に白い漆喰の壁、それに青い扉…
なんでだろう?
ものすごくデジャヴを感じるのは気のせい?
ああでも…そんな事より、
…うう、胃がキリキリする
でも、こんな目立つ家に立ちっぱなしは他の人の目線も気になる…
…ええい!!こうなったらやけくそだ!
とやっと決心していざ、チャイムを鳴らそうとした
「…あれ?」
けど、私は異変に気がつく…
「この家、チャイムがない…!」
来て早々、出鼻を挫かれてしまった
「どうしよう…」
ノックする?
そもそも今この家に誰かいるの?
…そうだ
ちらっと扉を開けて家の中を覗いて誰もいなかったら
夜までどこかで時間を潰そう
それでも姿が見えなかったら
また電車に乗って引き換えそう
うん、それがいい
気づかれない方が私にとって都合が良い
別にこの家に誰かがいてもいなくてもどっちでもいいの
だって…
貴方のいないこの現実を私は飲み込んでいないのだから