第十六話 贈与の強奪
精神的に疲れた俺は、ゼンを野に放してからベッドで横になり熟睡していた。
精神的な疲れとは、肉体的な疲れよりも早く重いものだ。
肉体というものは明確に疲れが取れたと思う感覚もあるし、何か怪我でもしていないかぎり軽くなるという分かりやすい効果が現れる。
が、精神はそうとはいかない。何か思うところがあれば寝ようが、何をしようがずっとつきまとい、ずっと疲労感を与える。
何か病気のせいでという事もなく、治療法があると言うこともない。
精々時間が唯一の治療法として確立しているぐらいだろう(それも有効とはいえない)。
そんな時間に身を任せ、精神の疲労を癒やしていると。
「いつまで寝てんのよ」
と、外から帰ってきた(という設定)のゼンが戻ってきた。
その右手にはしれっと串焼きが握られていた。
「クリークの街の串焼き屋さんがこっちに来てくれたわ。だから記念に買ったの」
コイツの場合記念だろうが、何だろうが買うだろうからテキトーな理由付けだろう。
大義名分という奴だ。
「再び串焼きブームの到来よ!!!」
どうでもいい、心底どうでも良い情報をゼンは教えてくれた。
それを俺に伝えて何を期待しているのだろうか。金をやる気もないし、代わりに買ってやるつもりもない。
「だから、買ってきてあげたわ」
「は?」
「何?」
「も、もう一回、もう一回言ってくれ」
「再び串焼きブームの到来よ?」
どうしてそっちになるんだよ。
間違えて聞きたい言葉より後のセリフを言う事はあるかもしれないが、意図的に前に言った言葉を言っただろ。
何をどうしたらそっちを言うんだよ。
「買ってきてあげたわ、のところ?アンタの働きをねぎらっただけよ。今日は頑張っていたと私が感じたからね」
一体コイツにどんな変化があったのだろうか。
何をどうしたら、コイツが急に優しさを見せる展開になるんだ!?
実はこの小説大事な部分省いてるんじゃないの!?
すごく大切な場面が少し前に俺とゼンの間であったんじゃないの!?
「大事な事を言わないのは前からそうだけど、少なくともアナタと私の間に出来事はなかったわ」
どうやら何もなかったらしい。
いや、だとしたらゼンの急な態度の急変の理由が付かないぞ。いくらゼンの株を
上げたからって無理なキャラ変は好まれないぞ。
「違うわよ!はあ、真剣に考えて買ってきてあげたのに……」
ゼンは、そうため息吐きながら串焼きを頬張ろうとする。
その瞳の奥にかすかに光を感じた。例えるなら、待望の品を手に入れた商人のような喜びを感じさせる光を。
「悪かった。ありがたくいただくよ」
「いやよ、私が食べるわ」
「俺のために買ってきたんじゃねえのかよ!!!」
俺は、そう言いながら立ち上がりゼンの右手を掴む。
力強く、溢れんばかりの力でゼンの右手を停止させる。絶対にコイツに食べさせはしないという、頑なな意志の元、俺はその右手を止めたのだ。
「アナタ動けないんじゃないの!?」
「それは精神が弱いからだッ!気持ちさえ動かせば、俺はいくらでも動くことができるッ!!!」
「『ッ』を使うんじゃないわよ!!!」
と、串焼きを丁寧に守りながらその串焼きを巡る大戦争が始まった。
右翼こと右腕と、左翼こと左手が俺は使えるが対するゼンは右手で串焼きを握っているため敵右翼はないに等しく、左翼のみしか機能していない。
戦力的には圧倒的優位、左手を止めさえすればあとは残った手で無抵抗なゼンから無理矢理串焼きを奪うだけだ。
「その串焼き貰うぞ!」
「渡すもんですか!」
互いに上半身を動かして攻撃をよけ、時に拳をつかって攻撃を繰り出す。
俺だってゼンの一撃を食らってはひとたまりもない。
しかも、コイツの場合遠慮という言葉を頭の辞書から引き裂いているので、左手が顔目がけて飛んでくる。
そんなの相手が子供であろうと溜まったもんじゃない。
痛いの一言で済まされない場合すらあるというか、コイツの場合顔の骨が砕けてもおかしくない。
ドタバタと取っ組み合いをしていると、
「おい!どうしたんだ!」
という聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえる。
その声が大きくなるのと同時に、バタバタと力強い足音が聞こえてくる。
「おい、人が来たぞ。さっさと話せ」
「そうね……、確かに……」
?
いや、ダメだ。
これはダメな奴だ。
最初は何を言ってるんだと思ったが、俺の本能は危険だと訴えかけてきた。
が、時既に遅し。
俺は、ゼンに捕まっていた。
「なッ、貴様!何するつもりだ!!!」
「ふふ、腹いせよ───キャーーーー!!!襲われる!!!」
「ッッッッッッ!!!!!!」
コイツやりやがった!
よりにもよって男女の部屋で襲われると叫びやがった。俺を殺す気か!社会的に!
俺は必死に離れようとするが、ゼンは左手一本で俺の動きを止めて見せた。
右手は口に向かっており、この状況で串焼きを食べようとしているらしい。なめくさってやがる。
そんな行動が、まだゼンの本気の半分にも満たないことに俺はその後身に染みて感じることになる。
ゼンは、優しさとはかけ離れた鬼畜で構成された存在だったのだ。
「まだまだ行くわよ」
ゼンは、串焼きを一瞬にして口に入れ、胃に流し込みながらそう言った。
串焼きの串を投げ捨て、ゼンは俺の手を掴みながらこういった。
「覚悟はいいか?」
「オレはできてない!!!」
そう、俺が大きな声で返事をした瞬間。
ゼンは、体を支えていた下半身を床から離し後ろへと倒れていった。
ゼンががっちりと掴まれている俺は一緒に倒れるのだが、ゼンは床に背中が着く直前に掴んでいた手を離す。
俺は、とっさに危ないと思って床に手をつくのだが……。
「どうした……ん……」
すると、あら不思議。
先ほどのゼンの叫び声も相まって、俺はゼンを押し倒している(ように見える)のだ!!!
うん。
最悪だね。
「えっと……」
運悪くこの現場に来たのは最近半分話が進んだのに全くと言っていい程出番がなかったガフィールだ。
久しぶりの出番だというのに悲しい場面を目撃させてしまった。
空気が凍っている。
ガフィールも対応に困ってあたふたとしている。
「ああ、まあ、その……」
あたふたとしているガフィールを俺たちは、じっと見ている。
何か良いことを言えるよな、という圧力をかけているのだ。
「そうだ!女の子の嫌がることはやっただめだぞ……」
「……」
「…………」
「「純情な乙女か!!!」」
俺とゼンの意見が残念ながら重なった瞬間だ。
実にどうでもいい意見の一致だった。
その後、ガフィールの誤解を解くのにしばらく時間がかかったのだが、それはまた別の機会にでも語れたらと思う。
取りあえず、誤解を解いた後は寝た。眠かったからな。
だから。
寝た。
ベッドで体を横にして意識が無意識になくなるのを待った。
ゆっくりと意識が───。
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それではまた次のお話で会いましょう




