第四十四話 人智を超えた存在
化け物がこちらに走ってくるのを俺は、ゆっくりと見届ける。
世界の時間を進みは変わっていない。だが、体感の時間の進みはとてつもなく遅い。
俺は、足にほんの少しだけ力を込めて前進する。
すると、一瞬にして俺は化け物の前に移動した。魔神具と使っているときそれは、マスターの特典のときのような身体能力向上の比べものにならないぐらい身体能力が向上する。
それがさっきの瞬間移動のような移動だ。
俺自身、未知の領域と言ってもいいぐらいなので少し慣れが必要───なのだが、そんな時間はないのでぶっつけ本番だ。
全身の時の勢いそのままで俺は、しゃがみ化け物の下をくぐり抜ける。
化け物が俺の事を認識するころには、もう俺は奴の視界の中にはいない。
俺と奴では絶対に越えられない壁があるのだ。
例えこれが奴の第一段階だったとしても、魔神具の力を用いれば第二、もしく第三段階までも吹っ飛ばせる。
俺がこの状態を保っている間、俺の体からは恐ろしいほどの気配が常に漏れ出している。
一般人ですらどこからか視線を感じる程の気だ。ニーカさん辺りならしっかりと俺のこの漏れ出す気配を捉えているだろう。
なので、早々に決着を付けさせてもらう。
みなが期待するような、白熱した戦いは残念ながらお預けだ。
頭脳戦でもしたいものだが、時間がないので『技』をたたき込んで終わらせてしまおう。
人間相手ならまだしも、化け物相手だと心理なんかもよく分からないしな。
「独り言のようで悲しいが、一気に決めさせてもらう」
俺は、大きく空気を吸い込む。
肺全体に、この体全体に酸素が行き渡るように。
「一式────」
その一歩目は人間の動体視力で捉えられるものではない。
あっという間に俺は化け物に近づく。
急流から小さな宝石を見つけるように、俺を捉える事は容易ではない。
それほどまでに、俺は速さを手に入れているのだ。
二歩目は音を置き去りにする。
俺が着地した所から、ガサッ、と音がしたときには俺はそこには存在しない。もうとっくに姿を消している。
三歩目、それは光の速さを超え。
もう俺の姿をこの世界に映し出すことすら叶わない。
俺の出す音も、その姿も化け物には見ることも感じることもできない。
奴は俺の姿を認識できるその瞬間は───
「─────電迅骸!!!!」
目の前でカタナを構えた俺の姿である。
いや、それすら奴には見えていないかもしれない。
だとするのなら、彼は───己が倒れたことを感じるのだろう。
頭・喉・みぞおちに激痛を覚え、覚えたと同時に空を見上げている。
この『技』の前には、そんなことしか感じることしかできない。
雲一つないあかね色に染まった快晴をその視界に一瞬、刹那の間収めて。
それは───絶命する。
バタリと大きな音を立てて、化け物はその場で倒れ伏した。
力なく、弱々しく、その場で俺によって殺されたのだ。
この世から、この化け物は消えた。
魔神具であるゼンが使うのことの出来る、一つ目の『技』。
その名も『一式・電迅骸』
人体の急所と言える場所を光りすら越える速さで三度突き、敵を絶命させる。
「久しぶりに使ったが、やっぱり気分が良いな」
敵をあっという間に屠れるからだろうか。
『技』の使用後はとても気分が良い。この快感を越えるものは、簡単には巡り会えないだろう。
「この技を誰が考案したのかは分からないが、きっとこれの使い手は強者だったのだろう。この技を使っている猛者と一度戦ってみたいものだ」
しかし、お話の最後にしては激しさに欠けるだろうか。
魔神具の初陣としては問題ない力を見せつけてくれたと思うが、人間、圧倒的なものが好きで、派手なものが好きな生き物だ。どうしてもこれだと味気なさのようなものを感じてしまうだろう。
まあ、だから何かするわけでもないがな。
期待するだけ無駄である。
「そろそろ、魔神具の方も解除しなければ。いつまでもこの世の恐怖を全て詰め込んだような気配は人体に毒になってきてしまう」
俺の人体ではなく、この気配浴びた人の人体だ。
強すぎるものは体に毒だ。
「祖の力に永遠なる感謝を伝えると共に、この力を──ええい、面倒くさい。解除!!!」
白い光に視界を包まれ、俺はとっさにまぶたを閉じる。
眩しいな。神々しい光とか、燦々と輝くとかではなく、ただただ眩しい。
「私復活!!!」
ゼンが、右手を大きく空に掲げて登場する。
先ほどまで真面目だった空気が一気に緩んだ。
いきなりギャグパートに戻ってきたな。
あまりの差に、晴れだったはずの天気が雨になってしまいそうだ。ポタポタと。
「いや~、久しぶりに力を使えて私も楽しかったわ。全身の硬くなった筋肉が一気に柔らかくなったっているのかしら、ガチガチだったものが柔らかくなったわ!」
「……うれしそうで何よりだよ」
満面の笑みで、ゼンは高々とそう言った。
全身から嬉しいという感情があふれ出ている。会話をしなくても雰囲気から、何か良いことがあったと言うことが伝わってくる。
それほどまでに、ゼンは嬉しいのだろう。
「そういえば、あの無残な死体は─────!」
俺は、そう言いながらゼンに剥けていた視線を死体へと移す。
しかし、そこに死体などなかった。
「なっ!」
俺は、急いで死体があったであろう場所に走り出す。
もう、どこに死体があったのかすら俺には分からない。そこには、血の一滴すらなかった。まるで、最初からそこには何もなく、何も起きなかったかのように跡形もなく死体の痕跡は消えていた。
俺やゼンすら感じ取れなかった第三者の介入か?
一体いつ───なんてことを言ったって、誰にも分かるわけがない。だって現場にいた誰もその事に気づいていないのだから。
「これはやられたわね。ここまで完璧に姿すら見せずに掃除までこなすなんて……」
「ああ、魔神具の存在すらばれた可能性だって──」
掃除と言った部分に少し引っかかるが、この死体を処理した対象のほうが気になる。
ここには騎士団員すら簡単には入れない。黒マントのような隠密に特化した部隊がまだ残っていたのだろうか?
「何年主婦をやったらここまで行くのかしら」
「そっちじゃねえよ!!!」
「───ッ!確かに、主夫って可能性もあるわ。今時男性でも家事はするものね」
「だから、そっちの話は誰もしてねえよ!!!!!」
ゼンの素っ頓狂な妄言に、俺はツッコまずにはいられない。
どうしたら、主婦だの主夫の話になるんだよ。真面目に考えろ、真面目に。
まだ、真面目にお話を続ける時間だ。
ゼンによって変わった軌道を元に戻さなければ。
おまけに、俺の殺した黒マントもしっかりと姿形を消している。
おそらくこの二人をかたづけたものと同じ奴がやったのだろう。
「これを人間じゃないものがやった可能性はないの?」
「人間以外って何がやるんだよ。犬とか猫か?」
人間のできる事ではないとは思うのだが、人間以外なら何がやるんだって言う話だ。
ここまで器用に事をこなせる者を俺は人間以外に知らない。
「うーん。まあ、そうよね……」
きれいに片付けられているので、予想すら立てられない。
少しでも証拠を残してくれていたら良かったのだが、残念ながら全てない。
「なぜ死体がないのかの説明がとても面倒になりそうだが、帰るか」
「そうね、ここにいたって何も分からないし、いつまでも警戒態勢を引かせているわけにもいかないわ」
そう言って、ゼンは歩きだす。
変わらない、いつも通りの自己中なゼンだ。もっと周囲の人に気を使ってほしいものだ。
化け物を倒しても新たに問題が生まれ始める。
いや、最初からあった問題ですら解決していないな。どこまでも中途半端でしかない。
最初から、最後まで解決に向かわない。
それこそ真っ暗な洞窟のように光はなく、音すら響くことはなく、時折さらに暗くなる程度。
解決したくても、問題が増えてそちらを優先するしかない。
俺が、逃げているのかもしれない。だが、これでいいのだろう。
だって───
─────勇者はまだこの世界にいないんだから。
「サクラダのつぶやき」
『最近クッキーを焼き始めました。毎秒約二千万枚焼いてます』
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それではまた次のお話で会いましょう。




