第四十二話 後悔を知りすぎた男
やばい。やばいやばいやばいやばいやばいやばい──ばやい。
アーテーの撤退よりも先に化け物に襲われてしまった。完全に油断しすぎた。
状況的には、リンカが遠くの突き当たりまで吹き飛んだ。
そして、飛んでいったリンカの元にシャーミーが走っている。ダルクと新人はそこに立っていて、呆気に取られて何もできていない。
ゼンは、すぐさまばれないように剣を創造して戦闘準備を整えている。
今ここに必要なのは力ではなく、場を支配する指揮官が必要だ。
「チッ、ボルダン、ゼンは化け物の足止め!シャーミー──の方は指示を聞かなそうだから俺と新人で行く!任せたぞ!!!」
「「了解!!」」
ゼンとボルダンは、そう言って化け物との戦闘を開始する。
化け物が咆哮を上げて二人に意識を向けたのを確認して、俺は新人を連れてリンカの所まで走る。
新人も、俺に負けないように重い鎧を着ている中なかなかの速度で走る。
重量を考えれば、軽く数十キロはあるあれを着てあそこまで走るとは素晴らしいな。
俺は視線を新人からリンカの方へと移すと、シャーミーがすでに到着しておりリンカを揺すっていた。
怪我人はあまり揺すってほしくないが、かなり焦っているようだからしょうがないな。
「シャーミー!容体は!」
「い、意識がありません。それに頭からの血もすごくて……」
見たら分かるがありがたい。
こちらの時間を稼ぐためにゼンに向こうを任せたが、判断ミスだったようだ。
怪我の治療をするならゼンがいた方が良い。
ここまで怪我が大きいと、応急処置では精々延命になるぐらいだろう。
それに……
「─────ッ!」
空気を切り裂くような音と共に、一本の矢が飛んでくる。
俺は、それをカタナで切り落とす。
「別の敵もいやがる。化け物と別の奴と考えていいだろう。しかし、邪魔だな……」
「アインさん……どうしましょう?」
シャーミーが不安そうな目をして、俺に聞いてくる。
戦力が足りない。あの二人のどちらかをこちらに持ってくることはできないし、俺がここを離れてあの別の部隊を駆逐するほどここは安全ではない。
あのような部隊がまだもう一つあったら、俺がいない間にここの全員が殺されて終わりだ。
「僕を暗殺しに来たのでしょうか……」
「いや、なんとも言えないが。お前は貴族だ、一人死ぬだけで価値がある」
顔も知らぬアーテー部隊の団員も彼らに殺されたのだろう。
むごい殺され方をしていたが、いくら何でも化け物にしては手際が良すぎるからな。
別の部隊がいる事は分かっていたが……。
黒いマントを着た集団が出てくる、手にはしっかりと剣が握られている。
「毒だな……この状況なら即効性の」
「ど、毒ですか?僕もさすがに毒持ちに近寄りたくないですよ」
お前のその鎧は毒を通すのか、と問いただしたくなるがそんなこと言っている暇はない。
速やかにコイツらを潰さなくてはいけない。
しかし、リンカたちの方も警戒をしておきたい。
一、二……七人か。
「新人、一人ならどうだ───ってか一人ぐらい抑えてみせろ」
「え?」
「行くぞ!」
俺は、そう言ってカタナを握って走り出す。
七人は厳しいが、六人ならそこまで手こずらない。それぐらいの人数、軽くあしらはなくてやっていけないからな。
「が、頑張ってみます!」
俺の後ろに続いて、新人も走り出す。
剣術に問題なかったので、一人ぐらいなら優勢を保って戦えるだろう。
「さあ、できるだけ簡単に死んでくれ─────ッ」
まず一人目、自分に自信があるのか前に出てきた奴を飛び越え後頭部を蹴る。
そして、ぐるりと空中で一回転してその後ろにいた奴の顔を斬る。
悶絶して顔を下げた瞬間、後ろ首にカタナを刺す。確実に血管を狙って。
刃を横に向けて刺した瞬間、横になぎ払いカタナをすぐに使える状態に戻す。
着地をして、すぐに移動。
どうしても高く飛ぶと着地してから少し硬直時間があるので、勢いを下ではなく前に向けることによってすぐに移動を可能にした。
そして、前方にいた一人の腹にカタナを突き刺す。
できるだけ臓器に損傷を与えるために、しっかりと狙って。
「フハハ、近寄りすぎたな」
しかし、黒マントの一人は俺にカタナを手で掴む。
このカタナはゼンが作った物だ。少し触れただけでもスパッと斬る。それを握るとは……忠誠心からくるものか?
「チッ」
他の二人が、毒付きの剣を俺に向かって振ってくる。
計画的な行動だった?最初から彼は、俺の事を命に代えても止める気だったのだろうか。
俺は、少し奥に押してカタナから手を放す。
ゼンのカタナが腹に突き刺さったせいか、すぐに倒れていった。
俺は腰を落として、二人の剣を避ける。
そして、バックステップで黒マント二人の後ろを取る。
それは良いが、俺がコイツらを倒す方法がない。
武器がないため、有効的な攻撃ができない。武術でもできれば良かったのだが、できたところで俺の体では普通に受け止められるのであまり攻撃としては意味を成さない。
そうだな……。
俺は、黒マントの首の辺りを掴み後ろに引く。すると、二人の顔が丁度俺の横腹辺りにくる。
そこを─────
「フンッ!」
俺は、肘で顔を叩く。
肘は十分な凶器になる。全力で叩けば、それは鈍器と同じか少しとがっているのでそれ以上の殺傷能力を持つのだ。
これで、三人ほど確実にやった。
あの腹に俺のカタナが刺さった奴を倒さなくては俺の武器がない。
俺は押し倒した黒マントの所まで行き、顔をしっかりと踏んでから剣を抜く。
もうカタナを掴んでいた手に力が入っておらず、手が添えられているようなものだった。
「あとは……」
周囲に視線を移すと、新人が敵と激闘の最中だった。
俺の予想通り、戦闘自体に支障があるようなことはなく、それなりの実力者を要求される暗殺者相手でも拮抗状態に持ち込めていた。
だとすると、新人で一人、俺の目の前にいる奴で二人、三人目はどこだ?
「キャーー!!!」
女性の甲高い叫び声が聞こえる。
そういえば、鹿もこんな声で鳴いていたきがする───って、そんな事考えてる暇はない。
悲鳴のした方を見ると、いなかった残りの一人がシャーミーに剣を向けて走っていた。
さすがに遠すぎる。俺よりも近い新人でさえ走って奴を倒すのは難しい位置にいる。
いや、遠すぎるというのは嘘だな。
昔の俺なら遠すぎた距離だが。今の俺なら難なく行けるだろう。しかし、この距離を飛んで怪しまれないわけがない。
俺なら彼女を救える。しかし、それは己を犠牲にして得ることのできる対価だ。
己を犠牲にしてまでも彼女を救う意味があるの───ダメだ。
今の彼女は誰の指揮権下にいる。
彼女は俺の指揮下にいるのだ。自分の部隊にいる隊員を守れなくて、何が化け物を倒すだ。その程度俺じゃなくてもできる、それ以上をこなしてこそゼンのマスターとして胸を張れるのだ。
都合の良い解釈かもしれない。
自己中心的かもしれない。
だが、人間なんてそんなものだ。
これ以上犠牲者を出すわけにはいかない。ニーカさんにも申し訳ない。
「……しょうがない」
俺は、地面を蹴る。
全力ではない。しかし、先ほどまでの力と量は段違いだ。
今までは親戚の子供と遊んでいる程度の力だった(分かりにくい)が、今回は同級生と喧嘩をするぐらいの力だ。
もっと良い例えができないのかと問いただしたくなるが、少しの慈悲をやってほしい。
一瞬にして俺と黒マントの距離は縮まった。
俺は勢いそのまま右手で拳をつくって黒マントを殴り飛ばす。
人間が己の力で出せる速度を超えた状態で殴ったのだ。
痛いという感覚では表現しきれないほどの激痛が彼を襲っただろう。骨に罅ぐらいなら確実に入った。
「……え?アインさん……?」
「シャーミー、俺のこの姿を見たんだ───お前もただで帰れると思うなよ」
「わ、分かりました!!!」
何が分かったのか俺にはよく分からないが、取りあえずいいだろう。
「新人!俺の攻撃に当たらないように避けることだけ考えろ!!!当たったら死ぬからな!!」
口早にそう言って、きびすを返すように元いたところへと飛ぶ。
少しでも隙を見せようものなら、新人は次の瞬間には死ぬと想定しての行動。自然と足に力が入る。
道中、おいていった俺の敵をカタナの切れ味に物を言わせて一撃で葬り去り、さらに加速する。
カタナを鞘に納め、俺は派手に回転しながら新人が相手にしている敵の上へ飛び。
頭上からかかと落としを入れて倒す。
地面に放射線状の日々が入る。
蝶のように舞い、蜂のように刺す──というよりも豹のように舞い、ゴリラのように潰すとかの方が合いだな。
しょうもないことを考えながら、俺は進行方向を化け物に向ける。
今の一瞬でリンカの容体を見たところ血はもう流れていないようだった。
少ししたら意識を戻すだろう。人間の治癒能力を遙かに超越している傷の塞がり方だとおもうが、こんなことをできるのはアイツしかいないだろう。
「新人!ボルダンを連れてくるから絶対に撤退しろ。絶対だ!!!」
俺は、殺気を込めて新人にそう伝える。
これ以上はもう彼らを守り抜くことは難しい。速やかに化け物を倒すには俺とゼンだけの空間を作る必要がある。もう邪魔者はいらないのだ。
返答がくるよりも先に俺は、地面をかち割りながら化け物へと飛躍するのだった。
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それではまた次のお話で会いましょう。




