第一話 事実確認は大事だ!
母さんの所に戻ると、テーブルにパンとスープが置かれていた。スープからは、白い湯気が出ており、とても温かそうでおいしそうだ。
「いただきます」
このぱっと見質素に見える食事は、この国では結構一般的だ。
ほとんどの人が、こんな感じの朝食を食べて働きに出る。こんな食事で力が出るのか謎だが、まあこんな食事しか平民には用意できない。
「アイン、今日の夕食は楽しみにしてね。腕によりをかけて作るから」
「うん、楽しみ」
11歳と言うことでそれっぽくしておく。
別に11歳っぽくしなければいけないわけではないのだが、この状況を楽しんでおこう。
それでも、母さんの食事は久しぶりだ。何年も食べていなかった懐かしの料理。
少し考え深いものがある。
次々と口の中へと駆け込み、懐かしい味に舌鼓する。
決しておいしいわけではない。いや、おいしくはあるのだが、元々の素材は至って一般的だ。
でも、そんな食事でさえ、俺にとってはとてもおいしく感じられてしまう。
あたかも高級料理かのように思えてしまう。
「ごちそうさま。それと……」
「ん?どうしたの?」
「……ありがとう」
俺は、ボソリと小さい声でそう言った。
耳を澄ませていたら、やっと聞こえる程度の声量で。
「え?えぇ!?もう一回言って!」
「もう嫌だよ。じゃあね」
食器を置いて、二階へとそそくさと逃げる。
慣れないことをするもんじゃないな。今までの感謝を伝えなきゃと思ったのだが。
「もぅ~、恥ずかしがり屋なんだから!」
母さんが何か言っている気がするが、無視だ、無視。
いちいち耳に入れていたら俺が茹で蛸になってしまう。
部屋に入り、ベッドで横になる。全身から力が抜けるのを感じる。
ちょうど時間ができた(無理矢理作ったとも言える)ので、現状把握をしておこう。記憶に異常があるかもしれない。
あったら分からないだろと言うもっともな意見が飛んできそうだが、もしかしたら欠如しているかもしれないのでしてしまおう。
母親は『フィネル・イーノス』で、父親は『カルガ・イーノス』がいた。
兄弟はいなくて、一人っ子だ。
そして、父さんは死んでいる。
確か、俺が9歳の時に亡くなったはずだ。
父さんは、森で狩人をしていて、肉を売って稼いでいた。中々の腕前で俺も何回か、教えて貰った。まあ、1・2回程度だが。
此処らには、大きな牧場などがないので、父さんの肉屋もかなり繁盛していた。
しかし、ある日父さんが帰ってこなかった。
2・3日経っても帰ってこなかったので、母さんが近くの街に捜索を頼みに行ったのを覚えている。
連れてきたのは、確か3人の兵士と4人の傭兵だったはずだ。父さんの肉屋の常連で、快く依頼を受けてくれた。
そんな父さんの人脈のおかげでに探してくれる人は簡単にみつかった。
そして、父さんも簡単にみつかった。一日もかからず、半日で見つかるほどの距離にいたそうだ。
そう彼らは俺たちに言った。
─────血に染まった衣類を手に持って。
そのとき、恐ろしいほど巨大な熊がいたらしい。捜索を快く承諾してくれた彼らだって、日々鍛錬をしている人たちだ。
そんな彼らが、ボロボロで帰って来た。それが、どれだけ強いかはよく分かる。
しかし、そいつは死んでいない。重傷は与えたらしいが、討伐はできていないと言っていた。
傭兵の一人が言うには、きっと死んでいるらしいが、あまり信用していない。
そこからずっと、母さんと一緒に暮らしている。
この辺りの記憶に問題は、なさそうだ。
改変されていたら分からないが、欠落はしていない。
そして、その俺たちが暮らしているのが少し大きい程度の街『クリーク』だ。
特筆すべきところは特にないが、あるとしたら領主が民に対してそれなり優しいことぐらいだ。少し離れた所にもっと優しい街もあるとかないとか。
商人は違う税が発生するが、多くの旅人などが集まるので自然と商人も集まってくる。
一応ここの領主は、帝国と共和国の国境が近いため辺境伯の爵位を貰っているのだが、人前に滅多に姿を見せない。なぜ見せないのかは、俺たち一般人知らない。
色々な噂は飛び交っているが所詮噂に過ぎない。あいにく、前世の俺でもあまり関与していなかったので噂しか知らないのだ。それに結構すぐに病死と言うことで死んでしまったしな。
ちなみに、息子が二人と娘が一人いるそうだ。親の噂に負けて、話にすら上がらない可哀想な三人たちだったりする。
俺たちは、そんな街の外れに住んでいる。
この街から北西には、ここら一帯を統べる『王国』の王都『ザバーク』がある。
ザバークは、こことは正反対で緑豊かでとても華やかな街だ。
俺も長い期間いたことがあったので、行きつけの店なんかもあった。また、行ってみたいものだ。
そして、そこには、この国の騎士たちが基本的には在駐している。兵士も多く配置されているが、兵士の比ではないぐらい騎士は強い。
騎士には、序列が付いていて、序列第一位は国を一つ潰せると言われるほどだ。
前世では、憧れていた。あの強さに、あの技量に、あの才能に──しかし、現実はそこまで優しくなく、俺には剣の才能が……なかった。
具体的に言えば、この国の剣を使いこなせなかった。どれだけ練習しても手に馴染まなかった。
どちらかと言えば、あのイカレ野郎が作り上げた『カタナ』の方が、手に馴染んだ。
だが、それを使って騎士になろうとは思わない。
もう、貴族とはできるだけ関わらないようにしたい。
良いことが、全くないと言っても過言ではない。
そして、そのイカレ野郎を呼んだ忌まわしい『帝国』が、東には存在する。
我々を攻めてきた国だ。
帝国は、国土の三割が不毛の大地だ。文字通りの土地で、草木は枯れ、川は干からびている。
他の土地も資源が豊富とは言えない土地が多く、不毛とまでは行かないが貧しい土地の多い国だ。
反対に王国は、国土は狭いが資源に溢れていた。野菜や果物がよく育ち、肉、魚も良く捕れた。
しかし、一番とれているのは金属類だ。
金・銅がよくとれ、その次に銀が良くとれる。なぜか、鉄はあまりとれない。
まあ、それらを貿易で売りさばき繁栄した国が、この王国だ。
帝国は資源がない分、効率と高い技術力を求めた結果、世界一の科学力を手に入れた。
その過程で、彼らは異世界人召喚の儀式を発見した。科学と全く関係のないものだが、どういった経緯で入手したのかは明らかにはされていない。
過去に一度王国も帝国もない時召喚したときは、異世界人がかなりの常識人で問題は特に起きなかった。
王国の元となった国にも、かなり親切に接してくれたらしい。かなり古い文献だったので少し正確性に欠けるが、それしか情報がなかったのだ。
しかし、今回の異世界人は違った。
帝国に異世界の技術や科学を流し、国を牛耳った。
目的のためなら犠牲を厭わず、人体実験などは彼の中では常識の範囲内だったのだ。
そして、帝国では新たな武装が開発され、その武力を使い攻めてきた。
国にない、資源・豊かな土地・金を求めて。
謎の技術に王国は、為す術なく敗走を繰り返した。
この戦争で、俺は愛しい人と母さんを亡くした。他にも俺の周りの多くの仲間たちが死んでいった。このときから、俺は壊れたんだと思う。
いや、もっと前からだろうか。
王都防衛まで押し込まれた我々は、大反攻作戦『カオス』が───ん?なんだそれ。
違う、反攻作戦の名称は『ネフティス』だ。
その反攻作戦はやる前から結果は分かっていたが、誰も最後まで諦めようとしなかった。
そして、その結果は俺の記憶を思い出せば明らかだ。
─────大失敗
おそらく王都も落とされ、国は無くなってしまっただろう。
もう何もないあの国に、未練は無いのだが、今のこの国は違う。彼らが生きている。
まだ、幸せを謳歌できる可能性が残っている。
だったら、俺が戦う理由は、それで十分だ。
二度と、あんな後悔をしないために……。
そんな事があって、俺は11歳の頃に戻ってきた。
戻ってこれたとも言えよう。戻ってきてしまったでもおかしくはない。
謎の声の主にせいで─────
「アイン、ナール君よ~」
「ナール……な、ナールだって!?」
そういえば……誕生日の日には、毎年、親友のナールが来てくれていた。
いや、誕生日の日じゃなくてもナールが毎日来てくれていた。他にやることがないらしいので、ほぼ毎日俺の家に来て遊んでいた。
ナール。
正式には『ナール・ターリジアン』という名前だ。
ちなみに、貴族だと二つの名前の真ん中にもう一つ名前が入る。
爵位を表すものなんだが、今関係ないのでまたいつか話そう。
話を戻して、ナールは俺が騎士になろうと思った、きっかけの人物だ。
彼のおかげで、俺の生半可な夢は、俺が将来ならなくてはいけないものだと決意できた。
そして、俺が一番に最初に失った人物でもある。
ナールによって俺の背中は押された。
もうあれになろうとは思えないが。
一階に降りた俺は、玄関まで行きナールと再会する。
再会すると言っても、ナールはそんな気は全くないだろう。俺が急に泣き出しても困ると思うので、感動の再会にはならない。
所詮、俺からの一方的な感情の押しつけに過ぎない。
「ナール、今日は来てくれて──」
なので、少しでも平常心でナールと会おうと思ったのだが……。
「アイン!聞いてくれ!」
俺の挨拶を完全に無視して話を始めた。俺が平常心を装っているのに、当の本人は俺のそんな様子さえも気付いてくれない。
未来と過去の存在の心の違いとでも言えば良いだろうか。わずかでも疎外感を覚えてしまう。
でも、これがいつも通りのナールといえばその通りだ。
いつまでも純粋で、自分勝手なナールだ。
くせ毛(おそらく寝癖も含む)で爆破した茶髪に、今にも走り出しそうな雰囲気を醸し出している。
危ないことがあったら、考えるより突っ込む派の人間だ。
良く言えば、元気な男の子。言わなければ、元気すぎて困る問題児だ。
「な、何が──」
「森でさ!すごくきれいな蝶を見たんだ!」
俺の声は遮られる。俺の話を最後まで聞くつもりはないらしい。
まあ、いつものナールだ。
「でさでさ、その蝶がさ、すごくて」
話が、勝手に進んでいく。
そういえば、こいつの話はなんとなくでは聞き取れなかったことを思い出す。
最初から聞いていないと、何の話か分からなくなる。なんなら、最初から聞いていても理解できない事も、たまにあったりする(そのときは諦める)。
「待ってくれ、ナール。その話は部屋でしよう、な?」
「え。しょうがないな、たくさん話してやるよ」
何か勘違いしているようだが、大丈夫だろう。
嬉しそうな顔をしながらナールは家に上がる。
俺は、ナールを部屋に連れて行き、蝶についての詳しく話を聞き出すのだった。
ここまで見ていただきありがとうございました。
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それではまた次のお話で会いましょう。